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第十九話 父の苦悩(後編)

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 ローマンの父はとある貴族に仕える魔法師だった。
 父と母とローマン、三人で慎ましく暮らしていたが、ある時、父が貴族に不正の片棒を担がれるように言われてしまう。父は迷った末に拒否した。そしてあろうことか、貴族の罪を告発するために三人で王都へ行こうとした。その途中、馬車が崖から転落して父は死んだ。

 表向きは馬車が転落した故の事故死となっているが、実際は違う。
 馬車の付近に森の中へ続いている足跡が見つかったからだ。
 ローマンはそれを主張して殺人事件として扱うように言ったが、なぜか途中で不自然に捜査が打ち切られて『事故死』で片づけられてしまった。

 父を殺された母は絶望し、幼い息子を残して自殺した。
 家に来た貴族がげらげらと笑っていたのを覚えている。

 貴族は母親殺しの罪人として無実のローマンを捕らえ、荒野に追放した。
 行き倒れたところを師匠が拾わなけれていなければ、今頃ローマンは死んでいるだろう。
 幸いにも、冤罪は法的な効力を持たず、ローマンの経歴に傷はつかなかったが……

「教えてください、殿下」

 ローマンは権力の象徴である王家の次男を見た。

「権力に及び腰になることの、何が悪いんですか」

 貴族にこびへつらわなければ守りたい者も守れない。
 身分の違いを弁え、逆らってはならないのだ。
 そうでなければ、本当に大切なものまで失ってしまうから──

「私を臆病者だと誹る者もいるでしょう。頼りない父だと思われるかもしれません。しかし、何の後ろ盾も持たない子爵が娘を守るには、他にどうすればいいのですか?」

「教えてください、殿下」

「私は、どうすればよかったのですか……」

 権力に逆らえばライラを無理やり攫われてしまったかもしれない。
 権力に逆らわなくてもライラは伯爵令息に傷つけられ、消えない心の傷を負ってしまった。

 どうすれば娘を守れたのだろう。
 どうすれば二人一緒に幸せになれたのだろう。

 妻が遺してくれた、たった一人の家族を。
 一体、どうすれば守ってあげられたのだろうか……。

「僕はあなたが間違っていたとは思わない」
「え?」

 リュカは平然と言った。

「娘を守ろうとしたことの何が悪いんだい? 悪いのは、君の──君たちの善意を利用して悪事を働く奴だけだ。あなたも、ライラも、何一つ悪いことはしていない」
「それは……」
「ただひたむきに生きて来ただけ。だからこそ、助けたいと思うのだろうね」
「それは、どういう……?」

 ピリピリピリ!
 その時だ。机の上の通信機が呼び出し音を立てた。
 リュカを見る。どうぞと促され、ローマンは通信機を起動した。

 半透明の男──ベルゼアが浮かび上がるなり言った。

『ローマン、納品は中止だ』
「──は?」
『だから中止だ。これ以上無駄な仕事をするな』
「どういう……先ほどまでは明日に納品と」
『えぇ、知るか! 急に先方から計画の差し止めが来たのだ! とにかく中止だ!』
「それでは、次の仕事は──」
『中止に決まってるだろう! 私は私の邪魔をする馬鹿を調べる。それまで待機するように!』

 ぶつん、とベルゼアの姿が消える。
 呆然としていたローマンはゆっくりと振り返った。

「……殿下、もしかしてあなたが?」
「さぁ? なんのことかな。僕は何もしてないけど」

 リュカは肩をすくめて微笑んだ。

「幸運だったね。休暇が貰えてよかったじゃないか。ライラと過ごしてあげたら?」
「……」

 幸運? 
 嘘だ。そんな奇跡があるわけがない。
 間違いなく王子が何かしら手を打ってくれたのだ。

「このお礼は何か……あ、もしやライラとの橋渡しをお望みで?」
「いいや。僕は何も求めない」

 リュカは踵を返した。

「惚れた女性の家族を助けたいと思うのは当然だろう?」
「……っ」
「僕は僕の出来ることをした。それだけだよ」
「──お待ちを」

 ローマンは振り返ったリュカとまっすぐに向かい合う。

「あなたは……ライラのことを、愛してらっしゃるのですか?」

 リュカは微笑んだ。
 沈黙が彼の答えだった。

「いつか挨拶に行くから、その時はよろしく」
(──敵わないな)

 貴族としても男しても何もかも彼のほうが上手だ。
 頼りない父親ごとき、『氷焔の微笑』の前では手のひらで踊る道化に等しい。

「では、その時を楽しみにしておきます」
「うん」
「殿下。ライラは……」

 ローマンは言いかけ、やめた。

「いえ」

 首を横に振り、胸に手を当てて頭を下げる。

「大事な一人娘です。無力な父に代わり、どうか」
「もちろん」

 リュカは頷いた。

「世界で一番大切にするよ。彼女も、彼女の家族もね」

 隣の部屋ですべてを聞いていた一人の少女は、膝に頭を埋めて涙を隠した。

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