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第二十四話 父と娘

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 もう何度もリュカ様と食事に出かけているけれど、毎回違うものが出てくるからびっくりする。こんな田舎領地だし、行っているお店はいつも同じはずなのに……毎回食材の仕入れをさせているのかと思うと、ちょっと申し訳ない気持ちもある。

(でも美味しかった~~~。また食べたいな……)

 満腹で家に帰った私はリュカ様と別れてお風呂を浴び、暖炉の前のゆりかご椅子に座る。ルネさんが貸してくれた『流動的マナ粒子と世界録の情報的関連性』の本は大変に興味深い。この世界に満ちているマナの一粒一粒が『世界録オド』の情報収集端末ではないかという論文だ。

 そもそも世界録オド自体が肉眼で確認されていない論理的存在。
 世界の情報を集めて蓄積しているというなら、過去の現象の再現しか出来ないこともうなずける。
 なんでこれが準禁書指定されてるんだろう……すっごく面白いのに。

 興味深くて、本を読み終えた時には深夜を回っていた。
 満足の吐息を漏らして本を閉じると、目の前にルネさんが居た。

「ルネさ……ルネ? 何か用ですか? 声をかけてくれたらよかったのに」
「一時間前から居ましたよ……」
「あれ?」

 まったく気付かなかった。
 昔から読書を始めると周りが見えなくなるから……

「ライラ様。夜更かしはほどほどにしてください」
「ルネに借りたこれが面白かったんですよ……よければ感想戦しませんか?」
「それはぜひとも……明日にお願いします」
「明日ですか」
「はい。先約がありますので」
「先約」
「俺だ」
「ひゃう……ってなんだお父さんか」

 後ろから肩を掴まれたからびっくりした。
 最近クマが取れ始めたお父さんはにっこり笑う。

「ここ最近、父子の時間を取れていなかったんだ。ちょっと話でもしようじゃないか」
「話……まぁいいけど」

 いつの間にかルネさんが居なくなっていた。
 空気読めすぎるでしょ、あの人。
 そんなに気を遣うような話なのかな?

「どっこいせ」

 お父さんがおじさん臭い感じで向かい側のソファに座る。
 私もゆりかご椅子からそっちに移動した。
 パチ、と暖炉の火花が爆ぜる音が大きく響いた。

「どうだ、最近は」
「うん? うん……まぁ、仕事も減ったし、だいぶ楽になったよ」

 リュカ様のおかげだけど。

「お父さんは? なんだか元気に見えるけど」
「そう見えるか」
「そうとしか見えないよ」
「まぁ……あれだ、部署替えがあってな。室長になった」
「え、昇進じゃん! おめでとう!」
「ありがとう」

 お父さんは照れ臭そうに鼻をかく。

「まぁ……あれだ」
「お父さんそればっかじゃん」
「照れ臭いんだよ。察しろ」
「それで?」

 からかい混じりに訊くと、お父さんは私に向き直った。

「これもそれも、ライラのおかげだ。今まで、苦労を掛けた」
「……やめてよ。お互い様でしょ」

 お父さんが叙爵を受けたのは権力に逆らえなかったこともあるけど私のためだ。
 私が居なかったらお父さんは要らない苦労を背負う必要はなかったわけで、私が子爵領の仕事を手伝うのもある意味当然と言える。もちろん、伯爵家とのいざこざとか子爵令嬢として虐められたりとか、大変なことはいっぱいあったけどさ……

「今はすごく楽になってるし……リュカ様のおかげで」
「そうだな」

 お父さんはしみじみ頷いた。

「あの方のおかげだ。ありがたい」
「……うん」

 リュカ様が居なかったら私たちはどうなっていたか分からない。
 もちろん国外逃亡して生き延びていた可能性もあるけれど……
 国外でうまく生きられるかは分からないもんね。仕事が見つからない可能性もあるし。

 慣れ親しんだここで仕事量を減らし、暮らしの助けをしてくれたリュカ様には感謝しかない。

「ライラ、正直に答えてくれ」
「ん?」

 不意にだった。
 お父さんが珍しく真剣な顔で言った。

「お前はリュカ王子のことをどう思ってるんだ?」
「どうって」
「好きかどうかってことだ」
「ぴっ!?」

 あまりに直球な言葉に思わず飛び上がってしまう。
 お父さんから恋バナを振られるなんて!
 エドワードの時は絶対になかったのに、どうしたんだろう。

「もう何言ってるの、お父さん。私なんか……」
「子爵令嬢だとかそんなのどうでもいい。好きかどうか聞いている」
「……」

 お父さんがこんな風に真剣なのはいつぶりだろう。
 子爵になるって言われた時以来かもしれない。
 私はそっぽ向いた。

「……そんなの、分かんないよ」

 恋愛への仄かな憧れはあったけど、恋愛感情というものが良く分からない。
 私にとって男性というのは父だけで、僅かにあった憧れはエドワードが粉々に砕いてしまった。

 リュカ様は私の事を好きって言ってくれるけれど……
 それだって本当かどうかは分からない。

 結局、王子としての道楽で傍に居る可能性は拭えない。
 心に根差した貴族への不信感はそう簡単に拭えやしない。
 
 そもそも恋愛ってなんだろう?
 一緒にごはんを食べて、読書して、感想を語って。
 それは友達でも出来るのではないかと思う。

「でも……」

 ちょっと思い出すと、すぐに顔が熱くなってしまう。

 あの人がしてくれた、たくさんのこと。
 見返りを求めずにお父さんを助けてくれた優しいところ。
 態度こそ軽く見えるけど、本当に真剣に私を想ってるのが伝わってくる。

「ひ、人としては……」

 うぅ。なんでお父さんにこんなこと。

「良い人……だと思う」

 彼は言葉こそ軽いけれど、その行動で救われてきたのも事実だから。
 もしも実態が王子の道楽だったとしても、助けてもらったから。
 好きとか軽々しく言えないけれど、心根はいい人なのだろう。

 ……ていうか。なんでお父さんにこんなこと話さないといけないの。

 やっぱり恥ずかしい。
 今まで真面目な話をすることなんて数えるほどしかなかったのに。
 多少の抗議を込めてじと目を送ると、お父さんは「ふ」と頷いた。

「そうだな。父さんもそう思う」
「……もう、何なの」
「もし、リュカ様と本気で付き合いたいと思うなら」

 お父さんは言った。

「父さんは応援するからな。権力に逆らってでも」
「そんな度胸あるの?」
「何を言う。高嶺の花のお母さんを射止めたのは父さんなんだぞ」
「まぁ確かにお母さんは綺麗だったよね」
「お前もどんどん似てきているぞ」
「ふふ、お世辞はやめてよ。綺麗になってたら婚約破棄なんてされてないよ」
「……」

 なにせブサイクって面と向かって言われましたからね。
 陰気な女とか魔法オタクとか、散々なこと言われましたとも。
 ……まぁだからこそ、リュカ様に綺麗って言われた時は嬉しかったけどさ。

「……俺の罪は重そうだな」
「何の話?」
「お前の将来の話だ」
「将来とか全然想像つかないや……どうなるんだろ」
「案外、リュカ様と結婚してたりしてな」
「だからないって」
「嫌なのか?」

 虚を突かれた私は目を逸らした。

「………………嫌、じゃない」
「そうか」

 お父さんはなぜか嬉しそうに笑った。

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