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第二十一話 君のため
しおりを挟む「なんで……」
「月の宮の者達に通報を受けてな」
月の宮の者達は火の宮が来た瞬間に通報したようだ。
イシュタリア帝国独特の──伝書鷹だったか。
便利なものだと感心しつつも、シェラが聞いたのは別のことだった。
「違う。なんで助けたの」
「助けを求めに俺の家に走ったのではないのか?」
「それは……そうだけど」
違う。そうじゃない。
自分が聞きたいのはそんなありきたりで分かり切ったことじゃない。
その、シェラの内心を見透かすかのごとく、蒼い瞳が細められた。
「お前は俺の大切な人だからな」
「…………へ?」
どき、と心臓が高鳴ってしまう。
自分にそんなつもりはないのに、向けられる気持ちはまっすぐで──
「家族を守るのは当たり前だろう」
「…………あぁ、そっちね」
別に、分かっていたことだけど。
むしろこいつにそんなことを期待したことは一厘もないけれど。
シェラ以外の誰であっても、リヒムは同じことをするのだろう。
「さて」
「リヒム・クルアーン閣下」
リヒムが向き直った視線を追うと、クゥエルは顔を歪めていた。
火の宮で散々好き放題していた彼も将軍の威光にはたじろぐらしい。
「今なら軽い拷問で済ませてやる。疾く去ね。火の宮の最高料理官」
「そういうわけには、いかないんですよ」
クゥエルはシェラを指差した。
「そいつはウチの道具だ。返しちゃあ貰えませんかね」
「断る。シェラは道具ではない。俺が身元引受人になったからな」
「は? そんな手続き来てませんけど」
「……なに?」
そこで初めて、リヒムが表情を変えた。
考え込むように顎に手を当てた彼は「そうか」と苦々しそうに頷く。
「だからあいつは……ハッ、まんまとしてやられたわけか」
「……?」
「おい、最高料理官。貴様の罪は三つある」
リヒムは指を三つ立てる。
「まず一つ、崇高なる皇帝の庭で騒ぎを起こしたこと。二つ、この公爵を相手に対等に口を聞けると思っていること。三つ、これが最も重い罪だが」
リヒムは見たことがないほど冷たい目をした。
隣にいるシェラですら怖いと思ってしまうほど温度のない目。
「ここにいるシェラを道具扱いし、虐げたことだ」
「そ、それの何が悪いってんですか。そいつは戸籍もないし、そもそもイシュタリアの人間じゃ」
「だから?」
リヒムは微塵も揺るがない。
「出身など関係ない。シェラはシェラだ」
「……っ」
「俺の権限で貴様をクビに──」
「で、出来るわけがない!」
クゥエルはおのれの胸に手を当てて言葉をかぶせた。
「この宮廷にどれだけの奴隷がいると思っている!? ほぼ八割、俺の実家が斡旋した者達だ! 俺を切るなら切ってみたらいいですよ、将軍。その瞬間、宮廷は実家との繋がりが切れて人手不足に陥る! 絶対にだ!」
「ほぉ」
「分かりました? 俺はそれくらいの影響力を持ってるんですよ。分かったらそいつを、」
「で、それがどうした?」
「は?」
クゥエルは目を瞬いた。
「いや、だから」
「奴隷商人などいくらでもいる」
「え」
イシュタリア帝国の奴隷は立派な労働階級の一つだ。
衣食住が保証され、朝昼晩の三食がつき、賃金すら支給される。
むしろ食うに困って進んで奴隷になる人間もいるほどで、クゥエルの実家よりも健全な奴隷商売をしている商人はいくらでもいる。それこそリヒムの養父である元公爵に頼ればすぐに分かるだろう。
「無論、お前の代わりもな」
「ぁ、ゃ、その」
「だが、シェラの代わりはどこにもいない」
リヒムはシェラの頭をがしがしと乱暴に撫でた。
拳を握って俯く彼女の顔は見えないが、リヒムは満足そうだ。
「たかが奴隷商人とシェラの身柄。どちらを選ぶのかは自明の理」
「お、俺」
「今すぐ斬り捨てたいところだが、ここは皇帝の庭。沙汰を待て」
「ま、待ってください、俺はッ!」
「聞こえなかったか」
リヒムはどすの聞いた声で、
「さっさと失せろと言ったのだ。今すぐ斬り捨てられたいか、この下郎ッ!!」
「ひいいいいいいいいいいいいい!」
クゥエルは情けない悲鳴を上げて逃げ去っていった。
そのまま消えるかと思ったが、曲がり角に差し掛かった瞬間、誰かに引き込まれる。細い女性の手だった。おそらくサキーナあたりだろう。
「やれやれ。大丈夫か?」
「……」
「シェラ?」
シェラはリヒムの裾をぎゅっと掴んでいた。
手の震えを気取られないように声を押し殺しながら、彼女はささやく。
「た、助けてくれて……その……がと」
「なに?」
「だから、……り……と……って」
「よく聞こえんのだが」
「……っ、な、なんでもないってば! ばか! あほ!」
「シェラ!?」
自分を呼ぶリヒムを置き去りにシェラは彼の邸宅へ駈け込んだ。
どうやらすぐ近くまで来ていたようである。
近くにいたルゥルゥが「おかえりなさい」と迎えてくれるが。
「……どうしました? まだ仕事中ですよね」
「……」
「体調でも悪いのですか」
「なんで」
「顔、真っ赤ですよ」
「~~~~~~~~~っ、ね、寝る!」
シェラは自分の部屋に滑り込み、勢いよく扉を閉めた。
ずるずると、その場に座り込んだシェラは両手を口元に当てる。
ぱたぱたと手で仰ぐけど、熱くなった頬は冷めてくれなかった。
「あんなの、反則だわ……」
断じて絆されたわけではない。
姉を殺したことを許したわけではないけれど。
『敵国とはいえ、閣下は兵士じゃない奴に手をかけるような男じゃない』
『きっと何か、事情があったんだろうよ』
ガルファンの言葉が、頭を離れなかった。
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