宮廷料理官は溺れるほど愛される~落ちこぼれ料理令嬢は敵国に売られて大嫌いな公爵に引き取られました~

山夜みい

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第二十二話 愚か者の末路

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 火の宮の食聖官室。
 皇帝の口に入る料理を検討する神聖な場でクゥエルは土下座していた。

「これは一体どういうことだ」

 目の前には腕を組んで彼を見下ろす火の宮の食聖官がいる。
 頭を下げたクゥエルに上司の顔は見えないが、その怒気はクゥエルを怯えさせるのに十分なものだった。

「お、俺には何のことか分かりません」

 彼が怒られているのはシェラの一件──ではない。
 それよりも前、以前にクゥエルが出した鹿肉料理の件だ。

「とぼけるなッ! 貴様が処理した料理を口にした大宰相ギムト・コンスルが倒れたのだぞ!」
「……っ」
「心当たりはあるんだろうな?」

 大宰相の他に毒見役も一緒に倒れている。
 すぐに効果を発揮するような毒でなければ毒見役も意味はない。
 ましてや栄えある火の宮の料理による食中毒が原因であるとは誰も思わないだろう。

「も、申し訳ありません。俺には何のことだか」

 クゥエルに出来るのは全力でしらを切り通すことだけだった。
 無論、心当たりならある。
 廃棄用の鹿肉を使ったことは記憶に新しい。

(だ、大丈夫だ。バレないはずだ。俺は上手くやった……!)

 ──大体、ゴミから食材を持ち出したくらいで大袈裟なのだ。
 ──一度火を通したんだし、多少腐っていても問題ないではないか。

 人としてのモラルをかなぐり捨て保身に走る男は開き直っている。

「そもそも、俺は料理していません」
「なに?」
「すべてはシェラがやりました。あ、シェラってのは脱走した娘のことです」
「……ほう」

 食聖官の目がぎらりと光る。
 その眼光に怯みながらも、クゥエルは舌を回した。

「文句があるならあいつに言ってくださいよ。俺に言われても分かりませんって」
「……なるほど。やはりお前なのだな」
「は?」

 吊り橋の上で足を踏み外したような感覚。
 なにか致命的な間違いを犯していると気づいた時には遅かった。

「先ほど、リヒム・クルアーン閣下から連絡が入った」
「……っ!」
「そちらから引き取った娘が手違いにより通達されていなかった、と。その経緯と状況説明の連絡だ。そこには娘が脱走した日時と月の宮で働き始めた日時がある。おかしいな? 娘が脱走した日時は貴様が料理した日時の前だ」
「……ぁっ!!」」

 クゥエルは致命的な失態を悟った。
 彼は気付かなかった。
 

 シェラが脱走してから今日で三日目になる。
 クゥエルが鹿肉料理を出したのが一日目の晩で、宰相が料理を口にしたのもこの日だろう。彼が腹痛を訴えたのが二日目として、医者を呼んで食あたりだと診断されたが二日目か、今日。

 食聖官はこの三日間に食べた料理に関わる者全員に詰問していたのだ。
 高圧的な態度で真実を引き出し、発言に齟齬がある者を見極めるために──。

「ぁ、や、ま、待ってください。俺は」
「そもそも私は貴様の料理官としての腕を疑っている」
「……っ」
「日頃の態度もそうだし、先ほど私に対して物言いした時もそうだ。それが上司に取る態度か? 百歩譲って私に生意気な口をきいたとしても、自分の部下のせいにするとは何事だ。部下の責任は上司の責任だろう。恥を知れぇ!!」
「ひ、ひぃいい!」

 悲鳴を上げたクゥエルの両脇を兵士が固める。

「ま、待ってください、せめて実家に話しを」
「あぁ、貴様の実家から連絡があったぞ」

 食聖官は冷たく言い放った。

「クゥエルという者は貴様の実家に居ないそうだ」
「ぁ」
「連れていけ」
「な、なんで、俺が、こんなことにいいいいいいいいいいい!」

 最後まで反省することなく、クゥエルは連行された。
 その後、彼の姿を見た者は誰もいない。

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