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弐章「継続は力なり」

玖「遺跡発見!」

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 さらに一週間後。
 伊能たち一行は、再び『白い蛇』内の森にいた。
 準備を整え、森に入ってから早三日。
 既に五〇キロと、前回を大幅に上回った地点まで進んでいる。

 道中、不思議と魔物と遭遇しなかった。
 が、野生動物とは何度も遭遇した。
 たかが野生動物、と侮ってはいけない。
 非力な老人に過ぎない伊能や、怖くて虫も殺せないカスパールにとっては、ウサギや山猫ですら脅威になる。
 ましてや、

 ――プギィイーーーーッ!

「「ぎゃぁ~~~~ッ!」」

 相手が怒り狂ったイノシシともなれば、一方的に追い回される展開となる。
 伊能とカスパールが必死の形相で逃げ回っていると、

 ――プギャッ!

 イノシシが額から矢を生やし、どさりと倒れた。

「なっさけねぇ男どもだなぁ!」

 クロスボウを得意げに掲げながら、カッツェが微笑む。

「今夜はしし鍋だぜ」

「さすがはカッツェ大明神!」

「か、かかか神様メシア様カッツェ様」

 男二人がカッツェを崇め奉っていると、

「ごめんなさァい」

 バルムンクがやってきた。

「出遅れちゃったわね」

「いいんだよ、オヤジ。たまには俺様も活躍しねぇと」

「そういうなら、イノーちゃんたちがピンチになる前に助けてあげなさいよ」

「っていうかコイツらだって、イノシシくらいは倒せるようになるべきだと俺様は思うぜ」

「そういうアナタだって、クマは倒せないでしょう?」

「……クマを輪切りにできるのは、世界広しと言えどもオヤジだけだ」

(仲の良い父娘じゃのぅ)

 伊能はニコニコしながら、バルムンクとカッツェのやり取りを眺める。

「カッツェも非常に頼りになりますが、バルムンク殿はもう、別次元の強さですからのぅ。やはり、異能なのですかな? 【怪力】のような」

「うふふ」

 バルムンクが微笑む。

「ヒ・ミ・ツ。戦闘系の異能とだけ、ネ♥ ちょうど食料も手に入ったし、今日はここで野営にする?」

「まだちょっと測量し足りないのですが。もうちょっとだけ歩きませんかな?」

「ダーメ。この子」

 バルムンクがイノシシを指差し、

「――を引っ張っていくような、ムダな体力を使っている余裕なんて、アタシたちにはないんだから」

「う、ううう……せめて最後に、高所からの【測量】だけでもさせてくだされ!」

「ホント、測量のこととなると子供みたいになるんだから」

 と言いつつ、伊能を負ぶって木に登ってくれるバルムンク。

「むうううんっ、【測量】ッ!」

 木の上で、伊能は進行方向、地平線の向こうを睨みつけながら、力の限り異能を解放した。
 視界に映る土地すべてが白い光に包まれる。

「を? をををっ!?」

「何か見つけたの、イノーちゃん?」

 木から降りながら、バルムンク。

「古代遺跡のようなものを見つけましたのですじゃ! 数キロ先です!」

 二度に渡る『白い蛇』内の測量探検で鍛えに鍛え抜かれた伊能の異能【測量】は今や、朧げながらではあるものの、地平線の向こう側まで測量できるようになっていた。

「えっ!? それはすごいわね! 遺跡からは非常に希少価値の高い異能具が見つかることも多いと聞くし、きっとリリンちゃん閣下が大喜びしてくれるわよ。というか、その遺跡が『楽園』というヤツなのかもしれないわァん」

「ワシの【測量】なら、地表の測量のみならず、土中に埋まった遺跡の発見すら思いのまま。きっと女神様は、あの遺跡を発見させるために、ワシをこの国にお送りくださったのじゃ!」

「女神? 何の話? ちょっと、イノーちゃん隊長ってば落ち着いて」

「行きましょう! 今行きましょう! すぐ行きましょうぞ!」

「気持ちは分かるけど、ダーメ。ほら、もう日が傾きかけてるじゃない。早く火を起こさないと、あっという間に真っ暗になっちゃうわよ?」

「放してくだされ! ワシはあの遺跡を探索せねばならんのですじゃ! ええい放せ!」

「いい年して、駄々こねないでよもぅ」

 バルムンクに羽交い締めにされ、ジタバタ暴れる伊能。
 そんな元気な老人の姿を、カッツェとカスパールが引きつり笑いをしながら眺めている。

 やがて伊能に体力の限界が訪れた。

「うう……今夜はここで野営にしますじゃ」

「はい」

 バルムンクが伊能を放す。

「隊長のご指示が出たわよ。各自準備に移ってェん」

「じゃ、俺様はいつものように見回りしつつ木を集めてくるぜ。やいカスパール、てめぇも一緒に来やがれ」

「ヒィッ。で、でででですがワタクシには大事な祈りが――」

「祈りなら木ぃ集めながらでもできるだろうが。イノシシを焼くには木がたくさんいるんだよ。この前のビッグボアのときみたいな、生焼け肉は嫌だろ?」

「あ、あれはツラかったですな……」

「じゃ、アタシはイノシシを捌いてるわねェん」

 カッツェとカスパールを見送った伊能は、いつものように石製の即席かまどを作り、火を起こす。

「火起こし終わり。慣れたものですな。バルムンク殿、手伝いは必要ですかな?」

 立ち上がり、バルムンクの方へ振り返ると、ちょうど彼もこちらを見ていた。
 驚愕の表情で。

「バルムンク殿?」

 次の瞬間、バルムンクが鬼の形相になり、抜剣した。
 最短距離の全速力で斬り掛かってくる!

 ――ガキィィイイイイイインッ!

 バルムンクの剣が、火花を散らした。
 伊能に向けて振り下ろされた別の剣を、受け止めたからだ。

 伊能は大慌てで振り向く。
 するとそこに、見知らぬ大男がいた。
 身の丈三メートルはある大男が、伊能を一刀両断しようと、大剣を振り下ろした体勢で固まっている。
 対するバルムンクが、彼の剣で大男の剣を押し留めている。
 バルムンクが、伊能の命を救ってくれたのだ。

「イノーちゃん、逃げ――」

 伊能とバルムンクの注意が、目の前の大男に集中しきった、そのとき。

「――【鑑定】!」

 二人の背後から、さらなる第三者の声がした。
 途端、光の輪が伊能とバルムンクの首に絡みつく。
 輪はすぐに解け、二人の背後へと――いつの間にか立っていた、小男の口の中に吸い込まれていった。

「ふ、ふは、ふはははっ」

 こらえきれない、といった様子で小男が笑った。

「王国最強の騎士と聞いていたから、どんなたいそうな異能かと思えば。【継続は力なり】ぃ? ただでさえ弱い性格系異能の中でも、さらに最弱。ほんのちょっと根気強くなるだけのザコ異能じゃないか」

 バルムンクが、大男の剣を弾き返した。

「暗殺ギルドが誇る『屍天王』の四位と三位にして、合わせて頂点の我らテンペスト兄弟が出てくるまでも――」

 敵の口上を待ってやるほど、バルムンクは甘くはない。
 大男を蹴り飛ばしたバルムンクは、返す刀で小男に肉薄し、ビッグボアすら輪切りにする剣技で小男を一刀両断しようとする!
 ……が、

「――なかったな」

 小男は、悠々と口上を述べきった。
 小男が、たった二本の指で、バルムンクの強烈な一撃を白刃取りのように止めてしまったのだ。

「なぁっ!?」

 人差し指と親指でつままれてしまった己の剣を見て、バルムンクは驚愕する。
 必死になって剣を取り戻そうとするものの、小男の力はあまりにも強く、小男の指を振りほどくことができない。

「その力はいったい!? アナタ、【鑑定】の異能力者なんでしょ!?」

「ふははっ」

 勝ち誇ったように、小男が笑った。

「私を単なる【鑑定】担当だと思わないことだ。私は二つの異能を持っている。職業系異能のような、ザコ異能の集合体ではない。最上位のシングル異能【鑑定】の他にもう一つ、シングル異能を持つ『ダブルホルダー』様だ」

「イノーちゃん、逃げて!」

 言われてすぐさま、伊能は逃げ出した。
 伊能探検隊における最高戦力であり、戦闘と戦争のプロフェッショナルであるバルムンクがそう判断した以上、自分がこの場に留まってもバルムンクの邪魔にしかならない、と理詰めで判断したからだ。
 ここで、

『ワシだけ逃げるわけには』

 とか、

『仲間を見捨てるなんて』

 などといったありきたりで場当たり的なことを口にし、バルムンクの覚悟と時間を無為にするような愚かさを、あいにくと伊能は持ち合わせていない。
 彼の過酷な人生が、彼をそのように教育したのだ。
 だが、

「……に、逃さない」

 大男が見えない動きで移動し、伊能の行く手を遮った。

(こやつも異能持ちか!?)

 伊能は驚愕する。

(巨漢のクセに、速すぎる!)

 何しろ『目で追えない』のではなく、はなから『見えない』のである。

「我らは【怪力】と【俊足】のダブルホルダー、テンペスト兄弟!」

 小男が高笑いをした。

「我らの標的となったことを女神に呪って、死ぬがいい」

(【怪力】の小男に、【俊足】の大男!?)

「見た目と異能がっ」

 依然として小男に剣を掴まれたままのバルムンクが、叫んだ。

「逆じゃないのォ!?」
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