牙の魔術師と出来損ない令嬢

小桜けい

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1巻

1-2

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 ちなみに、一緒に来たはずの父は、いつものごとく着いた途端に姿を消している。まぁ、いてもいなくても、まったく事態は変わらないのだが。ベリンダは愛想笑いを浮かべたまま、青年貴族に手を取られて舞踏ホールへと消えていく。
 妹が踊りに連れ出されたあとの展開を容易に予測出来、暗澹あんたんたる気分になるけれど、ウルリーカはつくり笑いを消さないように、懸命に努力した。夜会で暗い表情や不機嫌な態度を取るのは、非常に無礼な事とされているから。
 思ったとおり、母が今度はウルリーカへ、慈悲深そうな視線を投げかけた。

『こちらのウルリーカは……お恥ずかしい話ですが、きっと皆様もご存知でしょうね?』

 やはり、いつもと同じ反応が返ってくる。
 貴婦人たちは扇を口元に押し当て、少しばかり気まずそうな視線を互いに交わしてから、扱いに困るような視線をウルリーカに向けた。
 母は、そんな貴婦人たちを余裕たっぷりに見渡すと、ウルリーカを優しく抱きよせるのだ。

『本当に不憫ふびんな娘だと思いますわ……けれど、魔力を持たずとも、私にとってはベリンダと同じく大切な娘ですのよ』

 母は自分の言葉を証明するために、わざわざベリンダと揃いにさせたウルリーカの上質なドレスを、誇らしげにでた。

『残念ながら、この子には縁談も望めそうにありませんから、将来は家庭教師としてやっていけるようにと、教育を受けさせておりますの。どんな子であっても、せめて将来に困らぬよう考えてあげるのが、母親として私に出来る、精いっぱいの愛情ですからね』
『まぁ! 男爵夫人は本当に出来た方です事!』

 年配の貴婦人が、感極まった声をあげ、ほかからも同意の声があがる。
 ウルリーカは黙って笑みを顔に貼りつけたまま、貴婦人たちが慈悲深い母を褒めそやすのを聞いていた。
 本当は、喉に石でも詰まっているように息苦しく、今すぐこの場から駆け去りたかったけれど。

『――失礼いたします。今宵はお楽しみ頂けておりますでしょうか』

 突然、涼やかな青年の声がかけられたのは、その時だった。
 ウルリーカが振り向くと、宮廷魔術師のローブを羽織はおった緋色ひいろの髪の青年が立っていた。首元には、けものきばらしきものを下げた黒い革紐を巻いている。
 その頃はまだ『きばの魔術師』の名はさほど知れ渡っておらず、ウルリーカを含めてその場にいた人たちは彼を宮廷魔術師の一人として認識した。

『ええ。素晴らしい夜会にお招き頂き、女王陛下には感謝の言葉もございませんわ』

 母が優雅に答えると、青年魔術師も整った顔に極上の笑みを浮かべた。

『女王陛下より、皆様へ祝福の光を届けるようにと申しつかりました』

 青年が、素早く口の中で呪文をつぶやき片手を振ると、母や貴婦人たちの頭上へ、虹色の細かな光の粒子が降り注ぐ。
 この美しい光の雨は、結婚式や誕生祝いの席などで喜ばれる派手で高度な幻視魔法だ。
 実際に幸運が訪れる訳ではないのだが、見た目の美しさは素晴らしい。
 母たちがうっとりと虹色の光に見惚みほれていると、青年が素早くウルリーカへと耳打ちした。

『抜け出したいなら、ちょっと具合が悪いふりをして』


(――え?)

 思わぬ言葉に驚いたが、無意識のうちに、青年の言葉に従う。目を伏せてよろめくと、青年に素早く横抱きにされた。

『ウルリーカ!?』

 眉をひそめて声をあげた母へ、青年が軽く会釈をする。

『どうやらお嬢様は、少し休まれた方がよろしいようですね。私が休憩所までお連れいたします』

 そして彼は、ウルリーカを抱いて素早くその場をたち去ると、王宮にいくつもある中庭の一つに彼女を案内した。小さな真四角の庭は、芝生の手入れこそされているものの、飾りも花壇もない。建物に陽光と風を送る目的で開けられたものだろう。芝生の上にストンと下ろされる。
 ウルリーカは茫然としたまま、青年魔術師が自分たちの周囲に小型の結界を張るのを眺めていた。

『座ったら?』

 結界を張り終えた青年が芝生の上に座り、隣をポンと叩く。ウルリーカはようやく驚愕きょうがくからめて口を開いた。

『……どうして、私が抜け出したがっていると思ったのですか?』

 不安がこみあげてきて、立ったまま質問する。
 あの場の空気に耐え切れず、大人しく抱かれたままでいたけれど、この青年がどんな人物かも知らないのだ。
 すると青年は、少し困ったように笑い、肩をすくめた。

『だって、あんなの腹がたつだろ? 俺が君だったら、あの場の全員を蹴っ飛ばしたくなるね』

 あまりにも率直すぎる言葉で自分の本心を暴露され、ウルリーカは一歩後ずさった。

『そ、そんな……私が母に腹をたてるなんて……魔力がない、こんな出来損ないの私に、優しくしてくれるのに……?』

 ドレスを握り締め、しどろもどろに否定しようとするけれど、上手くいかなかった。目の奥が熱くなって、必死でこらえていた涙が勝手に溢れ出す。

『だって、私は……そんな事を思っては……』

 ベリンダはともかく、自分は母をいろどるアクセサリーとして使われても、腹をたてる権利などないと思っていた。
 ロクサリス貴族の家に、ウルリーカのような魔力がない子が生まれた場合は、家の恥として密かに平民階級へ養子に出されたり、修道院へ入れられたりする事が多い。
 それなのに母は、自分を家族の一員として扱い、ベリンダと遜色ない暮らしを与えている。
 これはとても幸運な事なのだから、貴女は優しいお母様に感謝するべきだと、母を褒める貴族たちは、いつもウルリーカをさとすのだ。

『駄目だって……わかっているのに…………っ!』

 両手で顔を隠しても、手の隙間から嗚咽おえつこぼれていく。
 魔力を持たずに生まれた自分が悪いのだと思っても、内からふくれあがり続ける母への抵抗感に、押し潰されそうだった。
 それはそのまま、恩知らずな自分への嫌悪感と罪悪感になって、二重三重に苦しくてたまらない。
 この気持ちを、どう表現すれば良いのかすらわからずに、ウルリーカはその場にペタリと座りこんで、大声で泣いた。

『誰だって、心を踏みにじられたら怒って当然だ。……あぁ、結界を張ってあるから、好きなだけ泣いていいよ』

 青年は静かに言い、黙って隣にいてくれた。
 ひたすら泣き続けて、しまいに声もれかけた頃には、随分と時間が経っていたと思う。
 泣きすぎて頭がぼうっとし、何も考えられず、ぼんやりと青年によりかかっていた。
 王宮の中庭から見える、四角に切り取られた夜空は、とても綺麗だ。
 ウルリーカは満天の星空を見上げながら、聞かれてもいないのにポツポツとしゃべり続ける。
 家族の事や、玄関の失礼な鸚鵡おうむ。家庭教師になれと言われている事など……

『家庭教師に、なりたくない訳じゃないんです。私たちを教えてくださる先生は、優しくて素敵ですし……知らない事を学ぶのも、それを誰かと分かちあうのも好きです……』

 ぼんやりしたまま本音を言うと、そっと背中をでられた。

『君は、ちゃんと自分の意見を持っているね。それだって魔力と同じく、立派な資質の一つだよ』

 その言葉には、なぐさめや同情など微塵みじんも入っておらず、また泣いてしまいそうになった。
 それから彼に送られ、両親とベリンダの所へ帰った時の事は、あまり覚えていない。
 ただ、あの時に見た綺麗な四角い夜空だけが、鮮烈に心へ焼きついていた。


 ――その彼が……フレデリクが、今度は平然と自分を踏みにじるなど、信じたくない。何かの間違いであってほしい。これではあの子爵の息子と同じではないか。
 そう、フレデリクに会ったあとも夜会が不快であるのには変わりがなかった。行くたび、魔力なしの出来損ない令嬢と陰口をささやかれ、あからさまなあわれみの目で見られる。そして、極めつきの事件が二年ほど前の夜会で起こった。
 ほかの貴族の目を避けて、一人で庭の隅にいたウルリーカは、酒に酔った子爵家の青年から、無理やり乱暴されそうになったのだ。
 必死で助けを呼んでも、声を聞きつけた人はそれがウルリーカだと知ると、微妙な苦笑を浮かべ、見なかったふりでたち去ってしまう。
 ベリンダが駆けつけ、暴漢の後頭部を蹴りとばしてくれなければ、本当に危ういところだった。
 ベリンダは大騒ぎで怒ったが、未遂だったうえに、相手は男爵家よりも格上の子爵家。何より、被害者がウルリーカだったから……あっさりと不問にされてしまった。
 そのうえ、大きなこぶをつくった子爵令息が、去り際にこう吐き捨てたのだ。

『魔力なしのくせに貴族面をしていやがる図々しい出来損ない女なんか、好きに使って何が悪い!』

 忘れたいのに、子爵令息の罵声はいつまでも耳の奥にこびりついている。助けを求めるウルリーカを見捨てた者たちの、冷ややかな目も。
 その日を境に、ウルリーカはどんなに暑い日でも、肌の露出を極端に抑えた衣服しか着なくなった。
 それまではごく普通の範囲でおしゃを楽しんでいたが、必要な場で以外は化粧もせず、ひたすら地味で野暮ったい、遊びでも手を出す気になれない女と見られるように努めてきた。
 夜会に出席する事もやめた。母も流石さすがに、それからは夜会についてくるようにとは言わなくなった。それはウルリーカの気持ちをおもんぱかったのではなく、単に醜聞しゅうぶんを蒸し返されたくないためだが。
 自分がこの国の貴族……いや、『魔力を持って生まれた選ばれし者』たちから、どう見なされているか、改めてあの時に思い知らされた。
 書類の上では貴族令嬢でも、『どんな扱いをしても構わぬ出来損ない』だ。


 フレデリクは貴族の縁戚だし、宮廷魔術師である以上結婚しない訳にはいかない。そんな制約の中、愛する女王との関係を遠慮なく続けるための、お飾り妻という道化役を押しつける相手として、ウルリーカはまさに最適な人材なのだろう。

(……こんな求婚、信じられないわ)

 ウルリーカは何かにすがるように胸中でつぶやいたが、目の前には女王の紹介状がちゃんとある。
 この家に足を踏み入れた時は持っていたはずの解放感も自信も、あっさり消え失せてしまった。
 ウルリーカはノロノロと顔を上げ、優雅に扇をもてあそんでいる母へ向けて口を開く。

「フレデリク様の求婚は、お断りします」

 その瞬間、母はあごが外れはしないかと思うほど、あんぐりと口を開けた。まさに喜劇の道化役のような間抜け顔で、こんな状況でなければ噴き出してしまったかもしれない。

「ど、どういうつもりなの!? 貴女、ぶんをわきまえなさいと……っ!」

 激昂げきこうした母がテーブルを平手で叩き、薔薇ばら模様のティーセットが派手な音をたてる。

「ええ。ぶんをわきまえます。魔力のない私が貴族を名乗るのは、やはりおこがましいと思いますので、この家との縁を完全に切ってください。今まで娘として扱ってくださり、ありがとうございました」

 自分でも驚くほど冷ややかな声で、ウルリーカは言い放った。
 意にそぐわぬ結婚というだけなら、ウルリーカにかぎらず貴族令嬢にとっては珍しくない。しかも家督を継がない者ならば、親の決めた政略結婚をするのが主で、自由に好きな相手と結ばれる娘など、一握りだ。
 ロクサリスの男性貴族は、子に恵まれ難いため、複数の配偶者を有する事を認められている。それをいい事に、正妻との間に嫡子がいても、妻に飽きて新しい女性を欲しがる者も多く、家の経済事情などから、身売りするも同然に彼らの側妻そばめとなる貴族令嬢もよくいた。
 現にアナスタシア女王の父である前王も、二人の王子をもうけながら次々と新しい女性をそばに置き、側妃たちは王の寵愛ちょうあいを競って壮絶な争いをした。
 貴族の家でも、似たような嫉妬しっと絡みの事件がいくつも起きている。妻同士が毒殺しあったり、相手の産んだ子を殺したり、思い余って夫を殺害したりなど……
 フレデリクの求婚を受け入れ、自分がそんな感情を抱いてしまったらと、考えただけで背筋が凍る。
 今だって、もうこんなにも胸が痛いのだ。
 緋色ひいろの髪の魔術師に救われた日から何年も経って、あの時の彼が、フレデリク・クロイツという名で女王の愛人だと知った。
 それを知っても悲しいとは思わなかった。最初からこの恋に期待していなかったからだ。
 あんなに素敵な人だから、きっと大勢の女性が彼を好きになると思っていた。女王陛下が彼にかれるのも当然だと、嬉しく思うほどだった。
 輝かしい二人は、まるきり別世界の住人だったから、美しい物語でも見ているかのように、素直に憧れの視線を向けられたのだ。
 それなのに、自分が中途半端にそばでかかわるなど、耐えられない。
 母をにらむと、その声と表情から、娘の本気を感じ取ったのだろう。

「ねぇ、良い子だから落ち着きなさい。魔力がないばかりにと、みじめな気分で自棄やけになっているのね? 母親ですもの、貴女の気持ちはよくわかるわ。でもこれは、可哀想な貴女のために、せめて安泰な暮らしをと思って……」

 ねこで声で手を伸ばす母に、ゾッとした。この人こそが、誰よりも自分を見下している。
 反射的にその手を払い除け、ウルリーカは手提げかばんを掴んで立ち上がる。歩いてでも、今すぐこの家を出て王都に帰るつもりだった。

「これ以上お話ししても無駄ですわね。フレデリク様には、私個人のままでお断りしますと、直接お伝えしますので、どうぞご心配なく」
「な……っ! 女王陛下から紹介状まで頂いているのよ!? 家の顔を潰すつもり!?」
「幸いにも、私が一年前から家を出て働いている事は、広く知られております。陛下には、私とはすでに縁を切っているとご説明すれば、とがめられる事もないでしょう」

 ウルリーカはきっぱりと宣言してきびすを返した。頭も腹の中も、全部フツフツと煮えくり返っていて吐きそうだ。
 しかし、扉に手をかけた途端、鋭い呪文とともに、何かがウルリーカの両足首に強く絡みついた。

「っ!?」

 転びそうになり、壁に手をついてなんとかバランスを保つ。
 見れば足首が魔法の光で出来た輪に拘束されている。険しく柳眉りゅうびを吊り上げた母が、細い魔法の杖をこちらに向けていた。

「もうフレデリク様には、貴女が喜んで承諾したと、お返事をしたのよ。今さら取り消すなど、出来るはずがないでしょう」
「そんな、勝手に……っ!」

 声を引きらせたウルリーカへ、母はうんざりだというような身ぶりで手をふった。

「頭を冷やしなさい。婚礼の日まで、貴女は家から一歩も出しませんからね。勤め先には、今日づけで辞めると連絡をして、荷物も取りに行かせるから、安心なさいな」

 ――そして、母は宣言どおりの事を実行した。
 洗面所と浴室つきの客間に鍵の結界を張ってウルリーカを閉じこめ、住みこみ先の商家へ退職の通知を送りつけたのだ。
 ウルリーカの嘆きを見かねて家令が通知を届けてくれたのは、幸いだった。物腰柔らかで礼儀正しい彼が、無礼さを少しは和らげてくれたと思う。それでも、教え子のエイダと商家のご夫妻に、大変な迷惑をかけてしまった事には違いないけれど。
 結界はどうしても破れず、疲れ果て寝台ですすり泣いていると、不意に扉を叩く音がした。

「ウルリーカ? 入っても良いかしら」

 聞こえてきた声は妹・ベリンダのものだった。彼女は、内気で地味な姉とは正反対の、華やかな美貌びぼうと社交的な性格の持ち主だ。
 この数日、友人宅に出かけていると家令から聞いていたが、ちょうど帰宅したのだろう。気づけば窓の外はもう陽が沈みかけている。

「どうぞ……」

 身体を起こし、泣きすぎてれた声を絞りだすと、内側からはいくら押しても開かなかった扉が簡単に開いた。

「とんでもない事になっているみたいね。お母様ったら、ウルリーカを説得してくれなんて私に泣きつくのよ。ちなみにこれは、お父様から」

 蜂蜜色の髪と菫色すみれいろの瞳を持つ双子の妹が、非常に憤慨した様子で手を開く。彼女の手から小さなみつばちの姿をした父の伝令魔法が飛びたった。

『久しぶりだね、ウルリーカ。お前の返事を聞かずに事を進めて悪かった。しかし、今さら断っては……ともかく、お前は努力家で気の良い娘だ。フレデリク殿も、そう悪い扱いはしないはずだよ。私は仕事が忙しくてしばらく家をあけるから……お母様に謝りなさい』

 それだけ言い、蜂は消えてしまった。最初から期待していなかったが、やはり父は味方になってくれないようだ。
 決して意地悪な父ではない。ウルリーカに魔力がなくとも、ベリンダと分け隔てなく接してくれた。父親として愛情を向けてくれていると思う。
 しかし、男爵家より各段に身分の高い伯爵家の出身で、気の強い母に、父が何か反論するところを一度も見た事がない。今回も、娘の生涯より妻の機嫌をとるようだ。
 ウルリーカはため息をつき、寝台から安楽椅子に移動する。ベリンダも近くの椅子に腰を掛けて口を開いた。

「いくら正論を言っても、あの人が引き下がる訳ないでしょ。もっとおだてて上手くだまさなきゃ。当分はここから出してもらえないわよ」

 きっぱりと言われ、ウルリーカは素直に頷いた。

「つい、カッとしちゃったのよ。フレデリク様がこんな事をなさる方だとは信じたくなくて……」

 ハキハキとものを言う双子の妹は、ウルリーカにとって頼もしい相談相手だ。
 幼い頃はベリンダの魔力をねたんで、ひどい意地悪をしてしまった事もある。
 ベリンダはウルリーカに魔力がないとさげすんだり同情したりせず、本当に姉妹として慕ってくれていたのに。そして、いつも跡継ぎという事で母から強烈な期待をこめられて、とても苦労しているのも知っていたのに。同じ胎内で育った妹が、魔力を独り占めしたような気がして、ねたましくて憎らしくてたまらなかったのだ。
 しかし、ウルリーカが望んで魔力を持たなかったのではないように、ベリンダだけが魔力を持ったのも彼女のせいではない。ウルリーカが自分のみにくさとあやまちに気づき、反省して謝ると、ベリンダはこころよく許してくれた。
 それから妹とは本当に仲良くなれたのだ。
 そのベリンダにも、ずっと秘密にしていたフレデリクへの想いを、ウルリーカが打ち明けると、彼女は神妙な顔をして聞いてくれた。

「ウルリーカが怒るのは当然よ。私だってお母様の話を聞いて、女王陛下とフレデリク様には幻滅したわ。あんまりなやり方じゃない」

 見えない二人を軽蔑するように、ベリンダは顔をしかめたが、ふとウルリーカに向き直った。

「でも、フレデリク様が本当にウルリーカを好きだという事はないかしら? 陛下からの紹介状も、恋仲の噂は周りが勝手に言っているだけだから気にしないようにってつもりだったのかもしれない……そうよ! まともな人なら、きっとそういうつもりだったのよ」

 思いがけない言葉に、ウルリーカは息を呑む。そうだとしたら、どんなに幸せだろうか。

「残念だけれど……私はフレデリク様に、好かれる理由がないわ。七年前に一度話したきりなのよ」
「ウルリーカは王都で暮らしているじゃないの。それも家庭教師先の家は、すごく繁盛しているお店でしょう? そこで見そめられたのかも。彼が来たりなんかしなかった?」
「……ないわ」

 記憶をりよせてみたが、フレデリクと会った覚えなどない。
 家庭教師先の商家・ハーヴィスト食料品店は、ロクサリス王都でも有名な高級食材店だ。取り扱う品はどれも一級品であり、国内はもとより、大陸各国から輸入された珍味までも幅広く揃えている。
 ただ、あくまでも食材店だ。店の常連客は富裕層の台所を預かる使用人たち。
 彼らの最大の娯楽は、買いものがてらに他家の使用人たちとするおしゃべりだ。日常の雑談に始まり、主人や奥方の浮気、ワケ有りと見られる客人の逗留とうりゅうなど……『ここだけの話』と、各家の秘密が漏れていく。
 そのため、ハーヴィスト食料品店には、各国のちょうじゃが密かに訪れているらしいと、冗談めかした噂はある。
 しかし宮廷魔術師のフレデリクが、自分で食料の買い出しやちょうじゃの真似事をするとは思えない。

「じゃあ、道で偶然に会ったとか……」

 ベリンダはなおも続けようとしたが、ウルリーカは首をふった。

「王都には大勢の人が住んでいるし、現実はおとぎ話みたいに、都合良くはいかないのよ」

 そう言った途端、ベリンダが顔を真っ赤にした。
 気が強くハキハキしていて、社交界では男たちを軽くあしらう彼女だが、ウルリーカは知っている。ベリンダはとても純情で、おとぎ話のような、一途で純真な恋物語に憧れているのだ。

「わ、わかってるわよ!」

 咳払いしたあとで、ベリンダは気の毒そうに肩をすくめた。

「……それはともかく。もう断ってもウルリーカが困るだけだし、諦めて結婚するしかないわね」

 やはりベリンダから見てもそうかと、ウルリーカは肩を落として頷く。
 エイダには男爵家の紹介でほかの家庭教師をあっせんするそうだし、ウルリーカとフレデリクが結婚する話も、すでに母が広めているらしい。

「仕方ないわね、あまり悲観しないようにするわ。そうね……これからは暇になるでしょうし、フレデリク様に許可が貰えれば、近所の子に無料で読み書きでも教えようかしら」

 ベリンダに話を聞いてもらえた事で、意外なほど心が軽くなっている。冗談めいた口調で、こんな事を言う余裕が出来た。
 王都には平民向けの学校もあるが、学費が高く通えない子が大勢いる。家庭教師をしてお金を貯め、安価で通える私塾を開くのがウルリーカの夢だった。
 ベリンダは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに笑い始めた。

「それ、最高ね! 陛下とフレデリク様がどんなつもりでも、ウルリーカが個人的に幸せになるのにまで、文句は言えないわよ」

 久しぶりに会った双子の姉妹は、気を取り直して明るい話題へと話を変えた。……もっとも、二人が不自然なほど明るくはしゃいでしまったのは、どう考えようと事態はまったく変わらないのを、承知していたからだ。



   2 二つの可能性


 ――結婚式はつつがなく終わった。
 ウルリーカはフレデリクとともに、式堂の外で待っていた婚礼馬車に乗りこんだ。
 招待客には隣の建物で祝い料理が振る舞われうたげとなるが、夫婦となった二人は、婚礼衣装のまま新居へ向かうのがしきたりとなっている。
 二人が座ると、花を飾った二頭立ての馬車は、軽快な音をたてて石畳の道を進み始める。
 行き先は、王宮に程近いお屋敷街にあるフレデリクの家だ。
 式を挙げた直後から別居の可能性も覚悟していたのに、フレデリクはウルリーカの部屋をちゃんと整えてくれたらしい。
 すぐ向かいにフレデリクが座っているので、ウルリーカは目があわないようにうつむいていた。

「……大丈夫? 気分が悪くなったのなら、停めてもらおうか」

 不意に声をかけられ、ウルリーカは弾かれたように顔を上げた。フレデリクが心配そうにこちらを見つめている。

「いえ、平気です」

 慌ててしゃんと胸を張り、強ばった口元に無理やり笑みをつくった。

「無理はしないでね。俺もかなり緊張したし、疲れるのも当然だから」

 フレデリクは微笑し、自分の首に巻きついているタイを軽く緩める。白いシャツの首元から、礼装には不似合いな黒い革紐がチラリと覗いた。今は衣服に隠れているが、革紐には彼の呼び名の由来となった、鋭いけものきばが下げられているはずだ。
 彼はその首飾りを、肌身離さず身につけているそうで、それは女王陛下からたまわった品だからだとささやかれている。その真偽しんぎはともかく、結婚式にもつけていたのだから相当に大切なのだろう。

「お気遣い、ありがとうございます」

 ウルリーカは軽く頭を下げた。
 お願いだから、気を遣わないでほしいと、痛切に思う。
 婚礼に関するフレデリクとのやりとりは、全て母が取り仕切ったため、ウルリーカが彼と顔をあわせたのは、式の直前になってからだ。
 簡単な挨拶をし、これからの予定をあわただしく説明されただけだが、そのほんのわずかな会話中、フレデリクはとても感じ良く接してくれた。
 その姿は、七年前の思い出の彼と微塵みじんも変わらない。しかも彼は終始、ウルリーカに優しい眼差しを向けてくるから、うっかり自分に好意があるのではと自惚うぬぼれてしまいそうになる。
 しかし――

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