天涯孤独になった少年は、元軍人の優しいオジサンと幸せに生きる(第12章終了しました)

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第九章:図書館での殺人未遂事件

111 僕は「あの頃」を思い出してしまった

 病室の壁に掛けられた時計を見ると、夕方の五時を少し過ぎたあたりだった。
 スタイズさんは、熱が下がるまではここで過ごすことになったけれど、僕はどうすればいいのだろう?
 僕自身は具合が悪い訳ではない。
 でも、スタイズさんのことが心配で仕方がない。

 このままスタイズさんと一緒にいたい……そうライナートさんに言ったところ、もちろん構わないと言って貰えた。

 「では、各所には私が連絡を入れておきますので、気兼ねなくスタイズ様のお側に居てあげて下さい。イズリーにはお着替えを用意させますので。それでは、失礼します」

 ライナートさんとイズリーさんは部屋から出ていってしまい、病室には僕とスタイズさんの二人だけになった。
 僕は椅子をベッドの横に持って来て座り、ベッドで横になっているスタイズさんの顔をじっと見る。
 眉間に皺を寄せて、苦しそうに息をしている姿を見るのは、とても辛い。
 でも、目を離した瞬間に具合が悪くなったらと思うと、目をそらすことはできない。

 今朝は一緒に鍛錬をして、普通に言葉を交わして、あんなに元気だったのに。
 学習塾でも、穏やかに話をしていたのに。
 こんなことになるなんて、思いもしなかった。

 「はぁ……」

 溜息が出てしまう。 
 せっかくスタイズさんが魔術研究所に来て、新しい生活が始まったというのに、医務室やライナートさんのお世話になってばかりだ……


 スタイズさんの額には、魔道紋が描かれた布が置かれている。
 その布を触るとひんやりとしているので、これにも徐熱効果があるようだ。

 ライナートさん的には、これで十分なのだろう。
 だけど僕は、少しでも熱を吸収できればと思って、彼の両頬に僕の両手を当ててみる。
 すると僕の手が、あっという間に温かくなってしまった。
 僕は手を布団の中に入れて、手を冷ましてから、また彼の頬に触れる。

 徐熱機能が付いている布団を彼の頭のてっぺんまで上げれば、顔も全部冷やせるのだろうけど。
 それは死んだ人みたいな感じがするので、したくない。


 彼の顔をペタペタと触っていると、彼の目がうっすらと開いた。

 「スタイズさん!」

 呼びかけてみたけれど、彼はその言葉に反応することは無かった。
 虚ろな様子で、僕のことを見ているのかも、よく分からない。

 「僕です! セルテです! 分かりますか?」

 もう一度声をかけてみると、彼は苦しそうに小さな声で「セ……」とだけ声を出した。
 もしかして、僕の名前を言おうとしたのだろうか?
 その後も彼は、何かを言おうとするのだけど、上手く話せないようで、意味が分からない言葉になってしまっている。



 ふと、「あの頃」のことを思い出してしまった。
 父さんが謎の病気にかかった後のことだ。

 最初のうちは、父さんと普通に言葉を交わすことができた。
 父さんが横になっているベッドのそばで、僕が椅子に座って勉強していると、優しい声で色々なことを教えてくれた。
 そして、僕の手を優しく握ってくれて、「父さんも治療を頑張るよ」と笑顔で言ったんだ。

 だけど病気は治らなくて、次第に父さんは話せなくなって、声をかけても反応が薄くなった。
 たまに父さんが声を出しても、声がはっきりしなくて、何を言っているのか分かってあげられない。
 大好きな父さんと意思疎通ができないことが、寂しくて、悲しくて、涙が止まらなかった……



 その頃の父さんの姿と、今のスタイズさんの姿が重なる。
 もし、スタイズさんが元気にならなかったら……


 ……いや、そんなことはない。
 「あの頃」とは、状況が違うんだ。
 ここは魔術研究所で、スタイズさんの状態はちゃんと管理されている。
 骨にひびが入ったのを魔法で治して、その影響で今はちょっと具合が悪いだけ。
 数日たてば熱が下がるって、ライナートさんが言ってたし。
 そう、大丈夫なんだ……

 分かっているけれど、どうしても「あの頃」のことを思い出してしまう。
 胸が苦しくなって、目が熱くなって、涙がボロボロとこぼれてしまった。

 「うう、スタイズ、さん……」

 ……泣くな、自分。
 もう小さい子供じゃないんだから、しっかりしないと。
 そう思うけれど、涙が止まらない。



 ふと、視界の端に緑色が見えた。
 さっきまで無かったような?
 そう思い、視線をゆっくりと緑色の物体に向けると、ベッドを挟んだ向かい側に、緑色のローブを着た女性――魔術士のエイシア様が立っていたんだ。

 えぇっ!?
 瞬間移動の魔法で来たのか?
 本当にこの人は、いつも唐突に現れるなぁ……
 驚いたせいで、涙は一瞬のうちに止まってしまった。


 「セルテよ、スタイズは催眠の魔法が解けつつある状態だ。今はまだ、はっきりとした反応をすることはできないだろう」

 腕組みをして、険しい顔で僕を睨みつけている姿は、いつも通りだと思う。
 ただ、声に鋭さはなく、泣いている姿を責められることがなかったのが、少し意外だった。


 そしてエイシア様は、何も言わずにスタイズさんの方に視線を向けた。
 スタイズさんの身体が光りだしたので、魔法をかけているのだろう。
 けれど、何をしているのかは、さっぱり分からない。
 下手に声をかけて機嫌を損ねたら大変なので、僕は黙って見ることしかできなかった。
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