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留学帰国後 〜王宮編〜

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参った。

夜会に顔を出すようになってからというもの、あの手の女性がたまに突撃してきて困る。

少し風に当たろう、とテラスから庭に出た所に『お待ちくださいまし』と声がかけられたからギクリとした。
振り返ると、数回夜会でダンスの相手をした令嬢。

前回の夜会でダンスの後、少しだけ話をした。

俺は昔、婚約していた令嬢を他の男に奪い取られたという過去がある。
さほど傷にはなっていない…と思うのだが、やはり多少女性に対して構えてしまう所が無くはない。
まあ、それを気にしなかったのが…お嬢さんなのだが。

コズエ・ヤマグチ。今は名を変えコーネリア・タロットワークと名乗る少女。
不思議な子で、10以上も歳の離れた自分に好意を寄せてくれていた。自分の思い過ごしでなければ、の話だが。

迷いなく向けられる思慕の念に、情けなくも絆されそうになっていた事は否定しない。
あれだけ純粋な好意を向けられれば自分も男だ、気にはなる。
年の差もある事だし、あの年頃の娘さんによくある気の迷い…と受け止めるには多少、彼女は見た目通りではなかったのも一因だと思う。

時折見せる、子供には見えない表情。言葉。
それにグッと来てしまう自分も自分なのだが…こう、なんていうか、男として守ってやりたい気持ちになってしまうというか…

彼女から『夜会に出てみてください!』と言われたのをきっかけに、また夜会へ顔を出すようになった。
奇しくも、父であるカイナス侯爵より『そろそろ身を固めないのか』と再三苦言を寄せられていたのもある。
夜会へ出ている事を知れば、その類の話も減るだろうと。

俺が『婚約者を奪われた男』というのは社交界では周知の事実だ。本当に伴侶を探すために夜会へ出始めた訳ではないのだが、そろそろ近衛騎士団副官としても、伯爵位を頂いている身としても、社交界で地盤を作らないといけなかったのは事実。
まあ…未亡人の女性ならば知り合ったとしても…連れ合いとなるにはいいかもしれないなどと頭の片隅にはあった。

お嬢さんがタロットワークの姫、となった事を知った後は、留学から帰ってきたら夜会で着飾ったお嬢さんを見るのも楽しみだ、とは思ったが。

とまあ、誰も俺のような瑕疵物件に手を出さないだろうなんて甘い考えだった事を知ったのは、割と早かった。
思っていたより、『婚約者を奪われた男』という名は『伯爵位を持つ独身男性』という肩書きよりも軽いものらしい。

独身女性、未亡人だけでなくまさか人妻までもが誘いに来るとは思っていなかった。いや思っていた以上に、女性というものは逞しいようだ…

『以前よりお慕いしておりました』と告げるこの令嬢。名はフリージア・アントン。子爵令嬢だ。
歳はお嬢さんよりもいくつか上だろうか。貴族社会では17~20位が適齢期とされる。男はもう少し上まで猶予があるものだが。

とはいえ、家格や家の事情というものもあるので、女性もある程度までは生家に留まることもあるのだと言う。

アントン子爵令嬢は面識がないと思っていたのだが、昔、まだ俺に婚約者がいた時に見かけられていたらしい。
その時に一目惚れだ、というのだがその時のアントン嬢は10歳にも満たない子供。俺に記憶がある訳が無い。

社交界デビューは女性ならば12歳くらいか。それまでは母親にくっついて数度は夜会に出たりする。早い時間に帰すので、度胸試しといったところだろうか。そこで互いに見初める家同士もあるようだが。
どうやらアントン嬢はその時に俺を見た事があるらしい。その後は騎士団の練習を見に来ていたりしたようだが、何せ俺は婚約者を奪われた後は騎士として上り詰める為に女性に対して目を向けることも早々無かったから覚えていない…



「見てたぞ?シオン~」

「っ、団長?いらしていたんですか」

「まあな!アナスタシアがどうしてもってな」

「それは・・・珍しいですね?アナスタシア様が自分から夜会に顔を出すというのは」



ガシリ、と肩を組んでくる団長。アルコールが入っているせいなのか、それとも麗しの愛妻と久しぶりの夜会に浮かれているのか。…後者のような気がするが。

しかし団長がくっついて来るのは有難い。これで他の女性が近寄ってくる事もないだろう。先程のアントン嬢もこれ以上は来ないはずだ。



「やっぱお前はこういう所でこういう格好すると様になるよな」

「何を言っているんですか、団長こそどうなんです。よくお似合いですよ、黙って立ってさえいれば」

「言ってくれるな、おい。でもまあしかし俺が他所の女にモテた所でアナスタシアには比べるべくもない。と、いうよりも・・・」



ちらりと団長の視線の先を見ると…

お美しく着飾ったアナスタシア様。そこに群がるのは、男性ではなくドレスの山、山、山…



「・・・確実に、この広間で誰よりも女性にモテているのでは」

「お前もそう思うか・・・?」

「他にどう見えるんです?まあ王子殿下達は決まった相手がいらっしゃるようですからいいとしても、他の子息達には悪い事をしましたね」

「試練だと思って耐えてもらうしかないな。
それより、お前はどうなんだ?さっきの令嬢、この間もお前を追いかけていただろう?」

「アントン嬢、ですか・・・」

「アントン子爵のご令嬢だったか?かなり若いな?見る目があるというかなんというか。
でもお前、向こうの美女からも秋波を送られてるだろうが」



隙のない所がまた団長らしい。
あからさまではないにしても、先程からずっとオランディア男爵夫人から意味ありげなお誘いを頂いているのは気がついていた。

オランディア男爵夫人は寡婦だ。
夫であるオランディア男爵は騎士であり、近衛騎士団では部下でもあった。年上ではあるが、副長である俺にもかなり気を使ってもらっていた。
彼が魔獣との戦いで殉職してから、関わりがあり、数度関係を持ったことのあるご婦人。



「あ~、なるほど、マクニール殿のご婦人か。成程?」

「彼女ともそろそろお別れなんですがね」

「ん?なんだ身辺整理でもしてるのか」

「そういうんじゃないですが、後添えになる方を見つけたようです。ですので、俺との関係も終わりにしたいと」

「お前に貰ってもらいたかったんじゃないのか?ったく、シオンがはっきりしてやらないから逃げられたな」



団長の言い分は的を得ている。彼女からはハッキリと同じような事を言われた。『私では貴方の支えにはなれませんのね』と。俺はその時彼女を引き留めようとはしなかった。そして彼女は別の男性の元へ行くことにした訳だ。
前から彼女が別の男性の元へ通っているのは知っていた。知っていたが止めはしなかった。俺も彼女を引き留めようとは思わなかったからだ。終わるならそれまでと。はっきり言って女性を欲する夜はあっても、添い遂げようと思う気持ちはわかなかった。

自分は騎士だ。この命は国の為に捧げる事を決めている。
女性と所帯を持ち、爵位を継いだとしても、その時がくれば自分は国の為に戦い、果てるのだろう。

その時、『置いていかれる方の気持ちはどうなる?』

そう思うと誰かひとりを愛するという想いはどこか冷めてしまった。そう、婚約者であった彼女を奪った男からそう言われた時に。



「───だから、誰かを想うのはやめたんですよ」

「ん?どうしたシオン」

「いえなんでもないですよ。しかしなんですか身辺整理って」

「あ~ん?お前、お嬢が帰ってくるから身綺麗にしてんのかと思ってよ?そろそろだろ、留学から戻るの」

「確かに・・・そうですね。1年ですか」

「長かったよなあ」

「そうでしょうか、意外と・・・短かったというか、忙しかったというか」

「確かに、お嬢がいなくなってから出動機会増えたからな。しかしそろそろ収束してきてるだろ。結構鍛えられてきた王国騎士団の奴らも増えてきたからな。
それにしても、だ。どうすんだよ?お嬢の事。お前結構気にしてたろ」

「何言ってるんです、全く。手の届かないような人になってしまったお嬢さん・・・タロットワークの姫君が俺のような伯爵位しかない男にどうしろと」

「お前こそ何言ってんだ。タロットワークになろうがお嬢はお嬢だろ。それに、タロットワークだからといって身分は関係ないぞ?
アナスタシアの下の妹は、平民の商人に嫁いでるだろが」

「確かにそれは・・・そうですが・・・」

「言ってたぞ?お嬢。『私が帰ってくる頃にはカイナスさんは売約済みかもしれませんので、思い出作りに抱きつきました』ってな?
お前、とりあえず今のところ売約済みじゃないだろ?」

「あ、あの人は何を言ってるのか・・・なんですかその思い出作りって。しかも売約済みって・・・土地建物じゃないのに全く」



思い出せば確かに、最後に騎士団詰所で会った時の事を思い出す。
団長の悪ふざけに叱りつけた時、いきなり抱きついてきたお嬢さんの事を。子供だと思っていると不意に驚くような事を平気でやってのける有様。
こちらを男だと意識しているのかいないのか分からないような事もしばしばあった。しかしそうやって振り回されているのが楽しみになっていた自分もいた。

思い出せばふと口元が緩んでしまう。そんな自分を自覚すれば、何やら言いたげな団長の目とかち合った。

…まずいな、またオモチャにされそうな気がする。
団長にからかわれないようにしないとな。

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