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冒険者ギルド編~多岐型迷路~
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しおりを挟む冒険者ギルドのギルマスさんとキャズが来てから数日後。
アナスタシアがようやく帰ってきた。
遠征に出た結果、見たことの無い魔物、というのはいなかったそうだ。見たのはその近くに住む村の青年だそうだが、焦っていて見間違ったのかもしれない、と言う。
「でもまあ良かったわよね」
「それがそうとも言えなくてな」
「え?」
「小鬼の数が予想よりも多い」
村の青年が『見たことの無い魔物がいた!』と言っていた地点を重点的に探索した結果、予想よりも数の多い小鬼達に数回襲われたとか。
襲われたと言っても、アナスタシアがサクッと返り討ちにしたが、それにしても多いと。
「私がいたからそれなりに済んだのだが・・・これで騎士達だけならそれなりに手こずったかもしれない。
集落らしき洞窟は内部を焦熱魔法で焼き払ってはおいたのだが」
「えっ、それ大丈夫?」
「大丈夫だ、中はきちんと調べた。小鬼共が村の女性を攫ってはいないかと思ってな。結果は家畜が数匹盗られていたようだが」
やだあ、その女性を攫うとか…テンプレだけど聞くと凄い寒気するわ…。なんかのお話だと、ゴブリンロードは雌より雄が好き…って設定あったけどそうなのかしら。
だとすると現実に『アッーーー』って事になってしまう。
「少し気になるから、騎士団でも注意しようと思っている。あまりにも大所帯ならば、キングやクイーンが産まれでもしたら厄介だからな」
「ロードもありうる?」
「ああ、あるな。私の剣の前には無力だが」
何でしょうか、その絶対の自信。やだ格好いい。
思わずギュッと抱きついてしまった私を責めないでいただきたい。アナスタシアは上機嫌で私の頭を撫でている。
「また長い間不在になるが、エンジュ、寂しくなったら通信魔法で呼ぶんだぞ」
「アナスタシアもね?気をつけてよ」
私はアナスタシアに残りの超級ポーションを渡しておいた。何かがあってからでは遅いのだ。
アナスタシアも何かを察したのか、『使うような事にならないといいが』と言ってしまってくれた。
嫌だなあ、なんだかソワソワする。
これまでずっと、そんな騒動なんてなかったのに。
私がこちらに再度来てから、こんな事ばかりじゃない?
「ご心配には及びませんよ、エンジュ様」
「セバス」
「この位のことは、これまで普通だったのですから。むしろ、エンジュ様が最初にいらした3年余りが異様に静かだったのです」
「なんか、私がいることで、かなって」
「何を言っておられますか。エンジュ様がいてくださって、助かっている事の方が多いのですよ。
ギルドから情報が得られたのも、エンジュ様がいたからです。その他にも回復薬や御守り、役に立っているではないですか」
「そうなのかしら」
「こちらに来て頂いた事によって、危険に晒しているのはむしろこちらなのです。申し訳ございません」
「そんな事ないわ、セバスのせいじゃ、あ・・・」
「そうですね、誰のせいでもないのですよ、エンジュ様」
「本当ね。・・・ごめんなさい、考えすぎね」
「ほらほら、ターニャが待ちくたびれていますよ」
「エンジュ様~お風呂が冷めますよ~」
「わかったわ、今行く」
私のせい、だなんておこがましいよね。
助けになれる事を喜ばなくちゃ。出来ることをするとしよう。それが私がこちらへ来た『意味』なのかもしれないし。
********************
「おう、帰ったなアナスタシア」
「ああ、昨日帰った。私が不在の間、何か変わった事はなかったか?フリードリヒ」
団長の執務室に入ってきたアナスタシア様。
その姿を見て、団長は立ち上がりアナスタシア様を抱擁。アナスタシア様も団長の好きなようにさせている。
さすがに美男美女、絵になるな。…俺がいる事を忘れていないといいのだが。
「カイナス済まんな、世話をかける」
「いえ、団長の補佐が私の仕事ですから」
「何かなかったか?」
「そうですね、多少気になる点がいくつか、でしょうか」
「そうか、報告を頼めるか?私からもいくつか話がある」
「かしこまりました、何か飲み物を用意してきます」
「おーい、お前達2人で会話しないで俺も混ぜてくれー」
「いたのかフリードリヒ」
「団長、アナスタシア様に資料お渡ししてください」
「ホントお前等こういう時に息ピッタリ合うよな?なんなの?」
そんな団長とアナスタシア様を見ていると、ふと口元が綻ぶのを感じた。…こんな風に笑えるのもいつぶりなのだろうか。
俺はそっと部屋を出て、近くにいた騎士に茶の用意を頼んだ。
準備が出来る頃には、アナスタシア様はこちらでまとめていた資料に目を通し終わっていた。
茶を運んできてくれた騎士が部屋を出た瞬間、俺達は会議を始める。
「・・・と、まあこんな状況だ。冒険者ギルドに置いてる奴からの報告だな。ちょっときな臭いだろ」
「キノコ、か。そんなものでここまで引っ掻き回されているのか、ギルドは」
「それが、馬鹿にしたものではないんですよ、アナスタシア様」
「なんだ、食べたのか?カイナス」
「私じゃないですよ?外に食事に出ている部下達からです。かなり街でも流行っている食材のようですね。高級品・・・とまではいかないようです。ただ、他の街からも買い付けに来ている商人も少なくないので、需要に供給が追いつかない様ですね。
ギルドでもかなりの量のクエストを出しているようです」
「お前は食べたのか?フリードリヒ」
「まあな、邸で出てきたな。確かに美味いといえば美味い。あっさりしつつコクのある味わいだし、料理の腕でかなり幅がでるんじゃないのか?バターのような香りがするしな。
貴族ならそこまで珍しくもないが、平民にとっちゃこの香りはかなり誘惑が強いだろ」
「・・・ああなるほど、バターでしたか。それなら平民には馴染みがないですね」
「カイナス、お前は食べていないのか?」
「そこまで興味がなかったもので。そう言われると、屋台街で歩いている時にやたらとその匂いがしましたね。
そのキノコ・・・『トリュタケ』でしたか?売られている店があるのでしょうね」
「屋台街か・・・そりゃ需要も高いな」
「アナスタシアは興味ないのか?タロットワーク邸なら使ってそうだがな、トリュタケ」
「ん?まああの味は前から知っていたからな。そこまで手に入れたいほどの素材ではないんだろう」
「は?」
「え?」
「だから、『バター醤油』なんだろう?
バターも醤油も、前から使われていたからな。私はキノコよりも白身の魚であっさり食べる方が好きなのだ」
「なんて羨ましい事を!」
「醤油・・・って確か、蓬琳皇国の特産物では?」
「ああ、エンジュが持ってきた。なんでも外国にいた時に気に入って定期的に仕入れているんだとか」
「エンジュ殿か・・・なあ、会えたりしないのか?」
「団長、貴方は妻であるアナスタシア様に一体何を言っているんですか」
「フリードリヒ・・・言っておくが、私はお前が他の誰に手を出そうが、お前が私に惚れこんでいて私以外の女を愛することはないと知っていることは百も承知だが」
「アナスタシア様物凄いこと言ってませんか」
「エンジュに手を出したらその手ごと切り落とすから覚悟しておくように」
「わーかってるって。何もお前の従姉妹を誑かしたりなんてしねえよ。でも好みの女と話すくらいはギリセーフだろ?」
「団長も腐ってますね」
「カイナス、この男は昔からこうなんだ。今更言っても仕方がない。それでも私を1番に想っている事がわかっているから捨てていないだけのこと」
「・・・アナスタシア様、苦労していますね」
「私も女としては変わっているからな。これくらいの男でちょうどいいんだ。普通の夫婦関係を求めるような男であったら、私は結婚することはなかっただろうな」
フッ、と笑うアナスタシア様。
女性ながらなんと男前に笑うのか。これだから夜会ではそこらの男が霞むほど令嬢達に人気なのだよな。
アナスタシア様からは、遠征中の報告を。
小鬼達がやたら多い、とのこと。
あの魔物が群れるのは珍しくもないのだが、徒党を組んで襲撃してくる事は稀だ。確かに群れのリーダーが発生していてもおかしくはない。
放っておけば、キングやクイーンなども出てくる恐れがある。対処は可能だが、普通の村や町にいる自警団では手に負えなくなる事もあるだろう。
また哨戒任務が増えるな…
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