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近衛騎士団編 ~小鬼の王~
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しおりを挟む「おい、きちんと休めよ」
「隊長こそ、休んで下さいよ?俺達に構わずに」
「わーってるよ、俺はそれなりに手を抜いて休んでるからな」
軽口を叩きながら、部下達を激励する。
雰囲気は軽く、士気も高い。
昨日、王都から近衛騎士団の援軍が来ると連絡が来た。その知らせのおかげでもある。
「ケリー、そちらはどうだ」
「おう、なんとかなってる。ディーナの方こそ大丈夫か?」
「こんな事でへこたれてなんていられないさ、明日には『姫将軍』殿が来てくれる。ここさえ乗り切ればなんとでもなるさ」
「そうだな、アリシア達が来てくれたのも有難い」
昨日のことだ、神殿から援軍として僧兵達と巫女が数人来た。
その中に、『星姫』アリシアがいた。なんでも自ら志願してここへ来たのだと言う。
驚きはしたが、助かった。
王国騎士団の中にも神聖魔法…回復魔法の遣い手はいるが、さすがに神殿の巫女程ではない。
消耗戦を強いられていたから、この助けはまさに『天の助け』に等しかった。
「これまでは消耗戦だったが、近衛が来てからは攻勢に出ることも可能になるな」
「ああ、これまではアイツらをこれ以上進ませない事に焦点を当ててきたからな・・・」
「仕方ないさ、さすがに私達だけでは手に余る。
まさか、小鬼将軍がいるとは思わなかった。奴等も一気攻勢に出てこなかったから助かったが」
俺達、王国騎士団の左軍は、3個中隊でこちらへ来た。
俺もディーナも小隊長だったのだが、今回の騒動で一時的に中隊長へと昇格された。…何か作為的なものを感じるが、受けるしかなかったので了承した。
王国騎士団も内部は色々とややこしい事も多い。
以前、近衛がこの山岳地帯で小鬼の群れを討伐した例があったと聞いていたからだ。
この辺りの村からも、最近山から魔物が多く出てくると被害があった。もしかしたらまた群れがいるかもしれない、と思った大隊長が俺達を派遣した。
その予感が的中し、山岳地帯で数多い群れと遭遇した。
そこで発見されたのが、人の真似をしたかのように、装備を着込んでいる小鬼将軍だ。
100匹近い小鬼を引き連れている群れを、斥候隊が発見し、俺達は山岳地帯の麓にある村の手前にあった、小さな砦を補修、修復した。
現在はそこを拠点として、奴等が大挙して降りてくることの無いように、消耗戦を仕掛けている。
援軍が来るまでは、ここで数を減らしつつ、麓の村に襲撃されないようにするしかない。
「クーアン隊長、クロフト隊長。食事の用意ができてますから、早めに済ましてください」
「あー、悪い悪い、今行くわ」
「すまないな、片付かないだろう」
「いえ、今は神殿の巫女様達がお手伝いしてくださるのでそこまででは。ただ、早く俺達が食べないと彼女達が休めないですからね」
********************
簡素な食堂。これまでは騎士団には男が多いこともあり、やや粗雑な感があった。
しかし、神殿の巫女達が来てからは一転、潤いがある。
「お疲れ様です、どうぞ!」
「いっぱいはありませんけど、召し上がれ」
「すみません、巫女様達にこんな・・・」
「いいのですよ、気になさらずに」
「星姫様自らが動いているのですもの、私達も頑張らなくては」
巫女が手ずからスープを配膳している。
その姿に平身低頭する騎士達。まさか神殿の巫女達が、俺達に食事を出してくれる日が来るとはな。
ふと、スープの鍋を運ぶ女がこちらを向いた。
「あ!ケリーさん、ディーナさん!スープ出来たてですよ!早く早く!」
「おいアリシア、んな重たいもんを1人で運ぶな」
よろよろ、ふらふらと寸胴鍋を運ぶアリシア。
なんで台車を使わないんだよ全く。
初日に大胆にもぶちまけたのは覚えていないのかよ…
俺はさっさと駆け寄り、鍋を奪い取る。
アリシアは満面の笑みで、ニコッと笑った。
「さすがはケリーさん、力持ちですね!」
「違う、これくらいは男なら持てる。じゃなくて、お前はなんで鍋を1人で運んでんだ、ぶちまけたの覚えてねえのか」
「あれは!手が滑ってですね!」
「覚えておけ、お前は1度やったら何度でもやる。
おい、巫女さん達、こいつがまた1人で運ぶようなら止めてくれ」
「まあまあケリー、そのくらいで。アリシア、心配だから1人でなんでもやろうとするな。みんなの手を借りてくれ。いいな?」
「すみません、ディーナさん。なんだか焦っちゃって」
「その気持ちだけありがたく受け取るよ。
さて、私もケリーも腹ぺこなんだ。美味しいスープを貰えないか?」
「はい、喜んで!」
ディーナが取り成している間に、配膳台に寸胴鍋を置く。
近くにいる巫女達が寄ってきて、ぺこりと頭を下げた。
「申し訳ございません、隊長様にご迷惑を」
「いや、構わない。アリシアは学園で同級だったんだ。
おっちょこちょいなのは知ってるさ。第2王子の婚約者になって少しは落ち着いたかと思ったが無理だな、あれは」
「ふふふ、そうですね。でもあの明るさに私共も救われていますから」
「本当に。巫女姫様も、星姫様には年頃の顔も見せますし」
「・・・そうか、ならいい。あんた達も飯は食ったのか?」
「はい、お構いなく。交代で済ませております」
「隊長様こそ、休んで下さいませ。皆、心配しているのですよ」
巫女にまで言われるとはな。
確かに、俺もディーナも、もう1人の隊長格も少し気を張りつめている。しかしそれも明日までは気を抜く訳にはいかない。
少しの気の緩みで、スキを突かれる訳にはいかないのだから。
ふと、2人のうち、少し年上の巫女だけが残る。
すぅっと手を伸ばし、触れてきた。
「もしも、夜伽の相手を必要とするならば、お呼び下さいませ」
「っ、おいおい、あんた巫女だろ?」
「他の者は『男』を知る巫女ではありませんから。私はそうではありません。もしも必要ならば隊長様のお好きなように」
「そのつもりは無いぜ、悪いが。
・・・興味本位で聞くが、清い体でないと巫女の力ってのは衰えたりしないのか?」
「そういう者も中にはいるようですね。私はそうではなかったようです。そもそも、神聖魔法の有無は処女性に左右されるものではありませんので」
「よく考えりゃ、確かにそうだな」
「私は隊長様を好ましく思っております。伽の相手をするのはあくまで私の善意とお受け取りくださいませ」
「・・・あんたの気持ちはわかったよ。だが俺はとりあえず必要ない。悪かったな」
「いえ、いいのです。他の巫女に無体な真似をされるよりは」
「わかった、部下達にもキツく灸を据えておく。安心して役目に励んでくれ」
にこり、と微笑んで離れていった巫女。
何を言い出すのか、と思ったが、もしかしたら他の巫女によからぬ目を向ける奴もいるのかもしれない。
それを食い止めるべく、隊長の俺に身を委ねようとしていたのだろう。自分が相手となるから、他の巫女には手を出さないように言及するつもりで。
こりゃ参ったな、さすがにそこは目が回ってなかった。
自分に必要なくても、全員が全員そうと言う訳じゃねえかもな。
「どうしたケリー?うまいぞ、スープ」
「おいひいですよ!ケリーさん!自信作です!」
「アリシア、とりあえず口を拭け」
ディーナとアリシアがついているテーブルへ戻る。
俺の分もちゃんとよそってくれていたのはいいのだが、アリシアはがっつきすぎて口周りにもついている。
…こいつ本当に貴族の仲間入りができるのか?
えへへ、と笑って拭いているところを見ると不安が。
俺はスープを飲みながら、先程の巫女とのやり取りをかいつまんで話す。
ディーナは少し目元を厳しくして聞いていた。
「・・・そうか、さすがに私もそこまでは。
ケリーはいいのか?」
「おい、なんでそこで俺の下の心配をすんだよ」
「何故って当たり前だろう?週末毎にその界隈を遊び歩いているじゃないか、馴染みの女も多いんだろう」
「お前な、なんでそんな事を聞いてくるんだよ全く」
「私じゃないぞ、副官だ」
「えっ、ケリーさん、破廉恥です」
「あのなアリシア?男はみんなこんなもんだぞ?カーク王子だって我慢してるだけで、本当は毎晩お前を抱き潰したいに決まってる」
「そうなのかアリシア、大胆だな」
「えっ、えっ!?そうなんですか!?でもそう言われると・・・」
待てよ本当にそうなのか?
適当に言ったのにカーク王子も我慢してんだな。
ディーナもディーナだな、男所帯にいるせいで、こんな話題にも顔を赤らめたりするような所はなくなっちまった。
最初はからかわれるだけで赤くなってたのに、今ではあっさりといなしてしまうくらいだからな。
俺とディーナは、もう1人の隊長格と話し合い、まず部下達全員に巫女達に不埒な真似をしないこと、もしもした奴はそれなりの処分をする事を決め、通達した。
数人、顔色が悪くなるやつもいたが、まだ未遂なのだろう。
それくらいはまだ許容範囲内だ。あの巫女も罰して欲しいとまでは言っていなかったからな。
さて、明日までなんとか持ちそうだ。
『姫将軍』を迎えるのに、巫女に手を出した奴がいるなんて不祥事があったら大変なことになるな。
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