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心の、在り方
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しおりを挟む順位戦開会式、ということで以前見たようにアナスタシアが壇上へ上がり、参加する騎士達に激励を飛ばす。
うむ、やはり、カッコイイ。美人で優雅なのに鬼強いとか完璧よね。
ぱちぱち、と拍手を送りながら見ていると、耳元にそっと低い声が届く。
「んじゃ、ちっと秘密の話と行こうぜ?エンジュ」
「ん。ちょっと?耳元で囁かないでくれる?弱いのよ」
「そういう声もいいもんだが、さすがに『お嬢』じゃな」
「見境なく手を出す紳士でなくて良かったわ。
何か話しておきたい事でも?」
「・・・恩に着る」
「いきなり、何?」
「クレメンス邸に来たい、と言ってくれた事にだ。
んな事でもなきゃ、アナスタシアはずっと帰ろうとはしなかっただろう」
「帰らせるつもりではないけれど?」
「それでも、だ。アナスタシア本人の意思でタロットワーク別邸へ移ったんだ。二度とクレメンス邸には立ち入らないだろうと感じていた。・・・俺が不甲斐ないせいだな」
「不甲斐ない、とは違うと思うけど。アナスタシアの話しか聞いていないからなんとも言えないところだけど、キャロルさんの覚悟も足りなかったんじゃないかしら?貴方の妻としては」
「やっぱり、そう思うか?」
「そう思っていても、男の貴方からじゃ伝わりにくいわよね。『女の気持ち』とかって言われたらどうしようもないもの」
愛人のキャロルさん。きっと控えめな性格の素敵な女性なんだろうな。でも、侯爵家の妻としては、足りないんだろう。
私が同じ土俵に立ったとして、同じことが出来るかと言われたらできない。でも、多分アナスタシアや団長さんには出来る。
家の為に覚悟を決めるという振る舞いは。
ここが『上級貴族』と『下級貴族』の差なのかしら?
私には女性の友人は少ないし、社交界で情報を集められる訳では無いので、理解し難い所も多い。
だが、『上級貴族のご婦人』筆頭のエオリア・タロットワークという情報源がいる。彼女からの『クレメンス侯爵家の愛人』の評価はあまりよろしくない。
『本妻が認めているのに、縮こまって侯爵家の為に働けない愛人は要らない』というなんとも厳しい目線のもの。
この辺りはねえ、なんとも言えません。
私の感覚からすると、『そうは言っても愛人だし、本妻より前に出るなんていう真似は恐れ多くてできない』のだが、何よりもお家の事を第一とするならばそれではよろしくないようだ。
それなら本妻が頑張るのが筋ってもんでしょ?と思うのだが、このご時世、本妻が病弱だとかやんごとなき理由で表舞台に出られないという事はままある。そんな時に出ていかなければならないのが、愛人の勤めと言うわけで。そこで頑張れるか頑張れないかが、その女の器量だって言うんだからオソロシイ。
私、無理です、ハイ。白旗上げちゃうわ。
それ聞くと、『あー、だからエリーのとこの後妻さんが無理して前出ようとしちゃうのかー、あれもありと言えばありなのか…』なんて思い返してしまった。
だがしかし、あの場合は本妻である亡くなったエリーママが、愛人達を認めていたので、正式に認められてない後妻さんは出る幕もなかったのである。そしてエリーが激おこプンプン丸となったわけで。
話を戻すが、しかしアナスタシアが無理やり『家出』を勝ち取った今となっては、キャロルさんにも何かやる気が芽生えたのか、一生懸命クレメンス邸の女主人の座を守っているのである。
雨降って地固まる?とはこの事か。
「結果として、今のキャロルは申し分ないがな」
「よかった、んでしょうね。離れた事で、貴方たち2人にも少し刺激があったみたいだし?」
「それは確かにな。アナスタシアと会える時間が何よりも大切になった。さらに、という注釈が付くが」
「でもフレン、うっかり他の女性に手を出しちゃダメなのよ?さすがにこれ以上の子供を作る気は無いのでしょ?」
「待て待て待て、どこから仕入れたんだよその情報」
「・・・『ア』の付く美人からよ」
「・・・俺は何してもバレんだな」
「でもほら怒ってないし?」
「怒られもしねえ、って事は割と傷つくんだが?」
「・・・キャロルさんにバレるよりましなのでは?」
「まあそうだな・・・」
一瞬にして枯れた団長さん。
いやあのね、それでも他の女性に手を出せるっていうその本能が凄いと思うのよ。でもアナスタシアが一番ってのは変わらないんだから。男の人ってこういうものなのかしらね?
「・・・うん?どうしたフリードリヒ」
「ちょっと放っておいてあげて・・・?」
「なんだ?また他の女にフラれたのか。あの踊り子は確かに魅力的だったが、つなぎとめられるような気質の女ではないだろう」
「なんでそこまで知ってんだよアナスタシア!」
「何を言っている。私がお前の事で知らない事があるとでも?」
「何かしら、すごく愛されてるような気がするけどなんか違う」
「この男は昔からこうだからな。だがその本能を私一人に押し付けない所がどうにも好ましい。そんな身勝手な男など切り落としてやりたくなるからな」
「待って、すごく何か根本的な所が違う気がする」
「仕方あるまい?男など猿同然だ。自らの種を振りまかなければ気が済まない。強い男ほどその傾向がある。比例するように、そういう男の周りほど、女が群がるようになっている。
子孫繁栄の為とはよく言ったものだと思わないか?」
「猿・・・同然・・・」
「アナスタシア、わかったからその程度にしてあげて、フレンが戻ってこれなくなっちゃう」
そうか?と自然なアナスタシア。
王族にする性教育ってどうなってますか?これが普通ですか?いや、そんな事はあるまい。
過敏な少女時代、アナスタシアはどんな風に過ごして来たのだろうか。お姉さんはちょっと不安です。
「まあ、何がどうあれ、私はフリードリヒを愛している。こんな変わった私を唯一に必要とし、私もまた必要だと思っているのだからそれで充分というものだ」
「アナスタシアがそうだから、俺も自然でいられるからな」
「それで上手くいっているのだから、それでいい。
もちろん、私が男であったらエンジュ一人を大切にして、他の女など見向きもしないのだが」
「・・・アナスタシアが男なら俺なんて霞むくらいモテんだろうなあ」
「ふっ、お前が相棒なのは変わらんだろう」
「だろうな」
男女の仲、というのは不思議なものだ。
一見、美男美女の羨むカップルだが、中身はこんなにヘンテコリン。だけど、お互いがお互いを嫌という程理解し、愛している。
きっと、この2人はパートナーが違えば、本当にどうしようもないくらい破綻しているだろう。
歪ではあるが、2人寄り添えばぴったり重なり合って、他の人は入り込む余地なんてない。
いいな、羨ましいわ、こんな関係。
「2人以外に似合う夫婦なんていないわよ」
「そうか?」
「まあそうだな!」
アナスタシアは平然と。
団長さんは誇らしげに。
周りの騎士は『ああまたやってるよ』と呆れ顔。
でも、どこか彼等も羨ましいような、誇らしいようなそんな顔をしている。理想の夫婦像、なのかもね?
「・・・でも私、キャロルさんに話聞くのも楽しみだわ」
「んっ?キャロルか?」
「可愛い女性だよ、少しエンジュに似ているかもな」
「そうなの?私、フレンとの馴れ初めとか聞いてみたいわ」
「馴れ初め、なあ?」
「それは私も聞いた事がないな。興味がある」
順位戦が本格的に始まるまでの間、私達はそんなたわいもない話に興じていた。
団長さんとアナスタシアの絆の深さを感じられて、良かったと思っている。
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