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獣人族編 ~迷子の獣とお城の茶会~
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しおりを挟む「そうか、そのような経緯があったのだな」
「はい、得難い経験をしました」
「それで、それが、のう・・・」
はふぅ、と溜息を付くゼクスさん。
目の前には、観葉植物状態の世界樹の苗木。そう、生きてる杖。
渦の収束より1週間。
私は獅子王やステュー、青の均衡の皆さんを置き去りにして、先に王都へ帰還しました。…もうね、蛇のいないところに行きたかったわけ。切実に。
獅子王も一緒に戻ろうとしたのだが、私との賭けの代償がまだ終わっていなかった、4人程。
ステューに関しては帰れたのだが、もう少し音楽に没頭したいとの事。王都に戻ったら食事をご馳走してくれるそうです。カーティス侯爵家に招く…って事か…?お忍びでお願いしたい。
青の均衡については、かなり散々だったらしい。
まず、リーダーの青髪君。私が到着する前に、あの変異種の竜種の逆鱗に触れ、一撃をもらって瀕死状態。ディードさんの完全治癒魔法によって死地を脱したが、大量の失血には対応しかねた様子。起き上がれるようになるには、1週間ほどかかるとの事だった。
二陣に控えていた他のメンバーも、それなりに負傷者が続出。シェリアさんが頑張ったらしいが、魔力の使い過ぎで寝込んだらしい。
エルフ側にも、死者は出ないまでもかなりの負傷者が。
あの変異種の攻撃に巻き込まれた人だけでなく、二陣や三陣でも浅くない傷を負ったそうだ。
繁殖期に入っていたエルフの女性達は、皆揃って懐妊の兆しが見られるとか。リーファラウラさんもその1人。良かったわ、あれだけ動いていたから流れる事もあったと思う。いつの間にやらクルエリーサさんも懐妊していたとか。相手はステューだってんだから驚き。もちろん認知はしないそうだ。
私は一足先に、イヴァルさんと王都へ。
もちろん生きてる杖も持って。
そして現在、タロットワーク別邸の庭に挿し木した、というわけ。
…なんていうか、ゼクスさんもセバスも感慨深く見ている。
「こうもあっさり、のう」
「あの時かなり手を焼いたのですがねえ」
「しかし特効薬にはならんとは。苦労しか掛けてなくてスマンの、セバス」
「いえいえ旦那様。あの時は本当にこれしか縋るものが無かったのです。致し方ないでしょう」
「あのー。その時大きい鹿と何かしませんでしたか?」
「鹿?」
「ああ、あの神性生物ですね」
セバスの片眼鏡がキラリと光る。
あ、やっぱり覚えてるわよね。手足もがれた相手だものね。
「あれほど丈夫で叩きがいのない生物は初めてでした。昔話の類と思っていたのですが」
「あの、ね?セバス?私、貴方の事」
「おやおや、我等が主は秘密を知ってしまいましたか?」
クイッと片眼鏡を上げて、芝居がかった口調をするセバス。後ろでゼクスさんが笑っている。そうよね、知らないはずがないんだもの。
「エンジュには言っておらんかったな。セバス、お主今年で幾つになる?」
「どうでしたかね、数えなくなって久しいので。ジェムナス陛下の御世から『影』として存在していますから」
「ヒッ」
「だから敵わんのだよ」
「もちろん、エンジュ様のお子様にも末永く仕えさせて頂く所存でございますよ?」
「そっ、その節はお手柔らかに・・・?」
これは既に100歳を軽く越えている。
ハイエルフとのハーフだとどれくらいの寿命なの?それとも本当はハイエルフだったりするの?わからない。でもまあ、セバスはセバス、としか言いようがない。
********************
魔術研究所の部屋に戻るのも久しぶりだ。
結局、半月程は開けていた事になるかしら?それ以上?
部屋へ入ると、ぴょん、とスライムのお出迎え。
『おかえりー!』
「ただいま。いい子にしてた?」
『してた!』
「そうかそうかよしよし」
『うふふー!』
手の中に飛び込んで来たスライム1号。あー癒される。プルプル感がなんとも言えない。多少は小鹿ちゃんで癒されていたとはいえ、あの蛇の大軍には辟易する。
本当はモフモフ感を味わいたいのだが、犬とか猫を飼うという文化がこの世界にはないようだ。…魔物、の括りなのかしら?確かに街中でも見たことないのよね。小鳥さんくらいで。
机の上には、思ったよりも少ない書類の束。
なんかもっといっぱいあるかと思っていたが、そうでもなかった。もしかしてイスト君がやっておいてくれたのかしら?
「あ、お戻りですね、エンジュ様」
「あら、久しぶりねイスト君」
「お帰りなさいませ。やっぱりエンジュ様がいないと、塔にも張り合いがなくて寂しいですよ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ?皆元気?」
現在、塔にはイスト君だけのようだ。
キリ君はいつもの冒険者ギルドにお使い中。
ヨハル君とトーニ君はなんと、学園に講師として出張中だとか。
「講師、なんて凄いわね」
「なんでも、実践的な授業も増やしたいそうで。各塔から週替わりで講師として行ってもらっています」
「・・・ああなるほど、特別授業ね」
「そのようですね。僕らの時にもありましたけど、騎士団から講師を呼ぶ事があっても魔術研究所から呼ばれる事は珍しいかもしれません」
「素質のある学生が多いのかしらね。何にせよ、知識だけではどうにもならない事もあるのだし、講師にとっても懐かしい場所になるからいいんじゃない?」
「そうですね。・・・ああ、エンジュ様のお仕事ですが、僕が見られるものは進めておきました。後はエンジュ様にも目を通してもらいたいものなので、持ってきますね」
「え?机の上にあるものだけじゃなくて?」
「何言ってるんですか、そんな訳ありませんよ」
ですよね!期待してた私!
毎日それなりに書類来てたのに、なくなる訳ないわよね!
イスト君がいそいそと隣の部屋から書類の束を運んでいるのを見ていたら、スライムがぴょんぴょん私の前で跳ねている。…何かのおねだりかな?
『あのねーごしゅじんー』
「ん?なに?」
『これみてほしいのー』
「どれ?」
『これー!』
ぐにょん、と大きくなったスライム。
え、キングスライム。大玉転がしの大玉くらいデカい。
それがもにょもにょ、と動くとペッと何か白っぽいモノを吐いた。
床の上に、大型犬サイズの獣。…いや、それより大きいかも?白と灰色、所々青っぽい黒も見える。
「エンジュ様・・・うおっ!なんですかそれ」
「・・・・・・」
『あのねー、これなのー』
「どこから持ってきたんですか?これ」
「捨ててきなさい」
「えっ」
『えっ』
「ダメでしょ何でもかんでも拾ってきたら。元あった所にもどしてきなさい、今すぐ」
「えっ、あの、」
『そんなー』
「ほら早くしなさい」
気分は幼い頃の母親。
私が捨て猫をうっかり連れてきた時も言われました。
責任取れない事をするんじゃない、と。
「あのエンジュ様、それはさすがに」
「イスト君は黙ってなさい。これは躾です」
「いやそうなんですけど。元あった所にって。確実にこれ行き倒れですよね?」
「じゃあどうするの?イスト君面倒見る?」
『おせわするー』
「出来るわけないでしょ。ご飯どうするの。キミ食べないでしょ?キミと同じわけにはいかないのよ?」
『えっ、でもー』
「何より!キミじゃお散歩に連れてけないでしょ!!!」
『がーーーーん!!!!!』
ビシッ!と指差して宣言。
スライムはそれに思い当たらなかったのか、しょっく!!!とばかりに大きく口を開けて固まっていた。
「・・・・・・・・・いやあの、問題そこですか?」
すごくマトモな突っ込みが入る。
いや確かにそうなんだけどね。問題はこれが何なのかって事なのよ。どこから拾ってきたかもそうなんだけど。
私もつい最近知ったが、この国には愛玩動物というものがいない。いわゆるペットだ。向こうではお馴染みだった犬や猫。そういった類の動物がいない。いるのは似て非なる魔物だ。
うさぎくらいなら居そうだが、ツノ生えてました。
小鳥ならいるが、『飼う』という概念がない。
そもそも、動物…魔物を飼うという発想がない。だからこそ魔物使いが職業なのだけど。
馬はいますけどね。でもそれも移動の為の手段に過ぎない。
騎士団などで馬を大切にしてはいるが、やはりそれはペット等の範疇ではないのだ。
…だから私のスライムが珍しいのだけどね。
未だにショックが抜けずに固まっているスライム。
私は転がって動かない獣を見て、溜息を付くのだった。
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