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プロローグ

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 大きな爆音と共に地面が轟き、砂や砂利が交じった風が視界を曇らせ太陽の光を一瞬で遮り、辺りはさながら世界の終わりのようだ。
 どうせならこのまま自分もこの砂煙の一部となってどこか知らない場所へ飛んでいけたらいいのに、と、ぼんやりとその場に立ち尽しながら思う。

「負けた」

 そう呟いたのと同時に、最後の攻撃によって巻き起こされた爆風で顔を覆っていた仮面が吹き飛ばされたが、そんなことはも、どうでもよかった。

「……っ」

 尖った石が頬を掠め、まるで陶器のようだと称される白い肌からじんわりと血が滲むが痛みよりも絶望が凌駕しているせいで何も感じない。
 ………………負けた。
 …………また、負けた。
 ……一週間前も、その一週間前だって。
 95連敗という素晴らしい記録をついに更新してしまった。
 今では歴代の魔王史上最弱と言われるアースガルド侵攻を企む魔王軍を率いるボスが自分だなんて、笑うべきなのか悔し涙を流すべきなのか、もはや感情すら動かない。 
 魔石で作られたスフィアで生中継されている映像のコメント欄には、きっと今頃画面いっぱいにざまぁという言葉と共に草が生えまくっているだろうし、高度な魔術によって誰でも使える魔術通信上では巨大化した魔人が勇者達の手により木っ端微塵に吹っ飛ばされる瞬間の画像も拡散され、軽くバズっている頃だろう。 
 戦闘終了から30分と経たずに今日の戦闘まとめが魔術通信上にアップロードされ、見ず知らずの者達に自分達の戦い方を批評され、あろうことか身勝手なアドバイスをされたりする。
 こちらが命を賭けて戦っていることでも、画面を通して見ている者達には通じるわけがない。傷つき倒れ、時に命を落とすその者にだって愛する家族や恋人がいることを。
 だが、一番の悪党は、部下たちが傷つき散っていくのをただこうして見ていることしか出来ないこの自分自身であり、文句を言う筋合いなんてそもそもないこともわかっている。
 兵士達の士気は下降を辿る一方で、最近では戦闘での怪我よりもメンタルをやられて国に帰還する者のほうが多い。
 ただ単に魔王軍自体が弱いというだけではなく、それが面白おかしく晒され、画面上では心無い無機質な言葉たちが右から左へち流れていく。だが、それも一瞬のことで数日経てばそれらは人々の脳内からほとんど忘れられ、また戦いが起こればお祭りなり、また忘れられ……の繰り返しで、心を病んでしまう兵士達が日々増え続けているのだ。
 戦かわなくても戦っても、結局のところ心も身体も傷つけられる。魔術通信というものは、今や血を流さずとも確実にに相手を仕留める最も最適な戦法であり、自分達のにっくき敵である勇者達よりも恐ろしい存在だと思っている。

「……は、ははっ」

 乾いた笑いがあとからこみ上げ、今だ砂塵が覆う灰色の空を眺めて腹を抱えて笑う。
 なんなんだ、これは。笑いが収まる気配がない。

「ははは、あははっ!」

 魔王専用の戦闘服を纏った体を折り曲げ、これでもかというほどの大声で笑う。
 自分の中で何かが完全に尽きたと思った。その何かが何なのかは、自分でもよく分からないけれど。

「魔王様っ! 我が王よ! 今どこにおられますか!」

 まだ視界の晴れない砂塵のもやの中から自分を呼ぶ知った声が聞こえ、思わず両手で耳を塞ぐ。何でも聞こえてしまう地獄耳ですら今は憎くて仕方がない。さらさらと舞う砂の音も、どこからか聞こえる苦しみに満ちた声も、自分を探す声も。今はもう何も聞きたくない。

「……僕は魔王なんかじゃない! そんな名前じゃ……ないっ!」

 自分には流す権利などないと思っていた長く堪えて涙が瞳から溢れてぽろぽろと零れ落ち、乾いた砂地にいくつもの丸い模様を描く。
 慌ててゴシゴシと擦るが皮の手袋は流れる涙を吸い取ってはくれないし、細かい砂利がついたまま拭いたせいで肌がヒリヒリと痛み始めた。

「……僕は、僕はっ!!」

 初陣の時、それなりに勇ましく戦地へと赴いた自身の姿が遠い昔のように思える。
 何故、戦わなければいけないんだ? 
 何故、奪わなければならないんだ? 
 僕はここで何をしているのだろう?  
 自分の中に存在し続けるその迷い全ての結果がこれだ。
 戦わなければ魔界が滅びてしまう。奪わなければこれまで散っていった幾千幾万もの兵士たちが無駄死にしたことになってしまう。僕がここにいるのは、地界を侵攻しこの地で新たな安住の地を築くため。そう思ってここに立っていなければならなかったのに。
 黒皮の手袋で覆われた自分の手を見つめたまま砂の上に崩れ落ちるように膝をついたその時、ザクザクと砂を踏みしめる音がしたと思ったら、自分と同じようにその場に膝をつき、震える手を誰かが包み込んだ。

「……っ!」

 睫毛にまで水滴がついて重い。でも、自分の手を包み込む温かな手の持ち主の顔を見たくて濡れたままの瞳で見上げようとすると、相手の肩越しに薄まった砂塵の隙間から太陽の光が差し込みあまりの眩しさにぎゅっと目を瞑る。

「思っていた以上に綺麗な人だ」

 そんな呟きが聞こえ、ぎゅっと瞑った瞼に柔らかな何かが触れたと思ったら、今度はそっと頭を撫でられ強張っていた身体から力が抜けたのと同時に息を吐き出すようにするりと弱音が漏れた。

「……僕は、もう疲れたんだ」

 瞳を閉じたままそう呟くと、包み込まれた手をそっと引かれ、ゆっくりと労わるように身体を抱きしめられて小さな子供にするみたいに背中をポンポンと優しく叩かれる。

「……っく」

 閉じた瞳の奥からまたじわりと涙が滲みだす。
 誰でもいい。これが夢でもかまわない。
 今だけは、魔王という本当の仮面を脱がせて欲しい。

「……っ、う、ううっ! うわああん!!」

 優しく閉じ込められた腕の中で、ぐりぐりと相手の胸に縋りつきながら喉が痛むほどの泣き声をあげる。

「たくさん泣いていいですよ。俺が隠してあげますから」

 とても、とても優しい声が聞こえた。
 これまでの悲しみごと包み込んでくれるような大きくて逞しくて温かい……無償の優しさが溢れるその腕の中で、史上最弱の魔王――ハルカリオンは、子供のように声を上げて泣き続けた。
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