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愛の軌跡 ~一夜の過ち~
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――30分後。
ハルカリオンは見知らぬ部屋の見知らぬベッドの上で、自らのあるまじき失態に撃沈していた。
シーツだけでなく、毛布も被り身体を丸めて暫し苦悶すること更に10分。その間もヒイロは黙ってくれていた。意外に思いやりのある男だ。
……だが。
「今の話は本当なのか? 僕自ら、貴様に付いて行っただと?」
毛布の中から聞いているので多少声がくぐもって聞こえているのは勘弁してほしい。
恋愛のれの字すら未経験のハルカリオンにとって、これまで恋愛系の書物で読んきたトキメキだとかドキドキから始まる何もかもをすっ飛ばしていきなり身体の関係を持ってしまったのだ。しかもその記憶すら自分にはない。あるのは痛みだけなのだ。
「はい、そうですよ。魔王軍と勇者軍の戦いが終わった荒れ地でひとり呆然と立ちつすくむあなたを見つけて……。居ても立っても居られず、気づいたらあなたに声をかけていました。あの時のあなたは辺りを舞う砂塵と一緒にそのまま消えてしまいそうなほどで、とても痛々しかった。そしたら子供みたいに声を上げて泣き始めて……俺にはただ抱きしめることしかできませんでしたが……」
「……う。その節は……迷惑をかけたな」
目の前の男に既に何もかもをも見られているというのに、心がぽっきり折れたあの時の自分まで見られていたなんて、それもまた恥ずかしくて、でも一応礼は言っておく。
「いえ。別に礼を言われるほどのことでもないですよ。……だって、それがきっかけでいつも遠くから見ているだけのあなたに近づくことが出来たんですから」
「いつも?」
「ええ。で、やっと泣き止んだあなたに、こういう時は忘れるまで飲むのが一番ですよ!って俺が提案したら、素直に頷いてくれたんで、そのまま酒場に行って、あなたはたった数杯のお子様エールでベロベロになってしまったんです」
「お子様エール……」
「はい。あ、それとお子様エールにはアルコールは入っていないので、頭が痛いのはきっと二日酔いのせいではないと思いますよ。というか、お子様エールであそこまでベロベロになれる方がすごいというか……可愛かったなぁ。お子様エールで酔ったハルカさんは」
「うぐ。 お子様エールお子様エールって何度も言うな! ……あ」
気のせいだとしても確かに痛むこめかみをもみながら、薄ぼんやりとした昨晩の記憶が話を聞いたことで何となく思い出し始めた。
勇者軍との戦いは連敗に続く連敗で、心がポッキリ折れてしまった自分を優しく導くようにあの混沌とした場所から連れ出してくれた人間こそが、確かに今自分の目の前にいるヒイロ・アカイという男だった。
その場限りの薄っぺらい慰めの言葉も、元気づけるような言葉も、この男は何も言わずに呆然としたままのハルカの手を引き、呆然としたまま鳴った腹の虫に小さく笑い、行きつけだと言う酒場へと連れて行ってくれたのだ。
「なんとなく思い出してきたぞ」
「ほんとですか!」
ハルカリオンの男にしては小さな手を、ヒイロの大きな手がぎゅっと包み込む。
(これも思い出した。ヒイロの手はずっと温かかったな…)
魔族において。
魔界において。
ハルカリオンは産まれた時より全てにおいて異端だった。
魔獣やその血を引く魔獣族やヴァンパイアや狼男、悪魔等の古来種族は別として、純粋な魔族は額から生える黒く太い角と尾てい骨辺りから伸びる黒い尾、褐色の肌と赤い血のような瞳を持つ者がほとんどだ。そしてその姿形こそが魔界に住む者の証となる。
なのに、か弱い産声を上げ生まれたハルカリオンの肌はアースガルドの北方に住む寒地に住む銀狐族の母の血が濃かったのか、白雪のように白かった。白いのは肌だけではなく、赤子特有の柔らかでくるくるとした髪も白金色だった。それだけでも人目を引く姿をしているのに、眉、長い睫毛に覆われたふたつのぱっちりとした瞳、小ぶりながらも形の良い鼻。それらが全て配置よく並んでいて、小さくもぽってりとした薄紅色の唇が何もかもをも際立せていた。
簡単に言うと、生まれたばかりのハルカリオンは赤子でありながら既に完成された美を持っていたのだ。
魔族の血を引いた天使が産まれたと、ハルカリオンを取り上げた産婆は泡を吹いて卒倒したという。
そして極めつけに、瞳の色は血のような赤ではなく、鮮やかで煌めくような黄金色。身に生えるのは、魔族らしい黒い角や太い尾ではなく、白いモコモコの毛に覆われた大きな三角耳とふわもこなしっぽ。
魔族のしかも魔王の血はどの種族よりも濃いというのに、ハルカリオンは魔の者としての特徴をなにひとつ持たず生まれたのだ。
特に黄金色の瞳は天界に住む天使族が持つ色というのもあり、当然ながら母は不義を疑われた。アースガルドの北の果てに住む銀狐族は、かつて神の御使いだったという伝説があることなど、少し調べればわかるはずなのに。ハルカリオンの姿は先祖返りの一種だと。
ただ、先祖返りといっても、ハルカリオンは銀狐族でも超希少種である鮮やかな黄金色の瞳と白金色の毛持つ白金狐種だったのが、次々に訪れる不幸に拍車をかけてしまった。
こうしてこの世に生を受けてわずか5分足らずで、ハルカリオンはこの魔界において異端な魔族となったのだ。
我が身にどんなレッテルを貼られたのか知る由もなくあんあんと泣くハルカリオンだけを優しく抱きしめたのは、母親だけ。
程なくして母は乳飲み子のハルカリオン共に魔王城の敷地内にある小さな離宮に押し込められ、半ば監禁状態となってしまった。
可憐な母の血を強く強く受け継いだだけでなく、神の御使いの姿形を持つハルカリオンは、獣人の血を半分引いてはいるものの、成長期を迎えても基本的に身体が細いままで、食も細かった。頑張ってたくさん食べても肉はおろか筋肉すらつかない体質なのだと悟った。
身長も魔族にしてはかなり低い170センチちょっとだ。美形ではあるが身体も大きく雄々しい面立ちをしている父や兄達と違い、中性的なせいで少年期はおろか青年期……いや、今でも女性に時々見間違えられることが多い。
それを幼い頃から兄弟だけでなく貴族の子息連中に散々馬鹿にされ続けたおかげで立派なコンプレックスのひとつとなっている。おかげで自己肯定感も低く性格も控えめだ。だが、その心根は非常に優しくお人好しで愛情深い。魔王族としての教育は一通り受けているので頭も賢いが、それをどう使うかまでは実践を積んでいないせいで、本来の聡明さを発揮出来ず、それを一番歯痒く思っているのが、ずっと側にいてくれたネピリウスだとも分かってはいる。
けれど、今のままではこの魔界で生き残っていくことは難しいと、ハルカリオンは己の人生に早々と見切りをつけた。運の良いことに自分は三男だ。王位継承権はあるものの、それがただの建前でしかないものだとも分かっていた。
だから成人を迎えたら王位継承権を返し、更には王族から籍を抜き、ただのいち臣下として魔界の端っこでひっそりと暮らしていければいい…と、そう思っていたのに。
(異端の者と言われ続けたこの僕が魔王だなんて、人生や運命とはままならないものだな……)
そんなままならない人生と運命に翻弄され、魔王らしからぬ魔王となったハルカリオンは、勇者軍との戦闘の際に魔王としての威厳を保つために強引にウルス兄上に強引に押し付けられたあの恐ろしい形相の面を被り、その面に身体を大きく見せる認識偽装の魔法をかけ戦いに赴いていた。
だが、その面も昨日の戦いによる爆風で吹っ飛んでしまったけれど。
(あれを被ったままだったら、僕が魔王だとこいつにバレて勇者を呼ばれあの場で倒されていたかもしれない。危なかった……)
認識偽装の魔法が解けているおかげでバレはしなかったが、他者から見るとハルカリオンの着ているものがやばかった。
ネピリウスが自らデザインした戦闘服はハルカリオンの身体の線が丸わかりのドラゴンの皮で作られた黒く艶のあるピッチリとした服で、それを着たまま酒場を訪れたハルカリオンをその場にいた誰も彼もがジロジロと舐めるように見つめていたことを本人だけは知らない。
それらの煩わしい視線からハルカリオンを守る盾の様にテーブルを挟んだ向こう側に座ったヒイロは、呆然としたままお子様エールを何倍もがぶ飲みするハルカリオンを頬杖をつきながら嬉しそうにずっと見つめていた。
真っ直ぐな、自分だけを見つめてくるヒイロのどこかうっとりとしたその視線は、ハルカリオンの背中をずっとムズムズさせていた。その笑顔にどこか見覚えがあったが思い出せず、全てがぼんやりと漠然とした中で、新しく運ばれてきたお子様エールを飲みほしたところで記憶がプッツリと途切れている。
「昨晩のことは、酒場で記憶を失うところまではなんとなく思い出したが……」
「その後は? その……俺の家で何をしたかは……」
「ここはお前の住処だったのか」
「はい。とは言っても隠れ家的住処ですけどね」
「そうか。だが……ここへ来てからの記憶はやはり……」
それだけがどうしてもわからない。なにがどうなってそうなってしまったんだろうか。
そもそも自分は男だ。いくら酔っていたとしても、そういう雰囲気になるものなのだろうか……と、毛布の隙間から見た光景が衝撃的でハルカリオンは思わず毛布を跳ねのける。
だが、何と言ってそれを伝えていいのか、とりあえずジッと視線をヒイロの下半身に落としてから、咎めるようにそのままヒイロの顔を見つめみる。
「うん? 俺の顔に何かついてますか? あ、それとも激しく愛し合った男の顔をよく見たいですか? どーぞどーぞ!」
「………」
嬉しそうに両手を広げるヒイロには、やはり伝わらなかったようだ。
「……はぁ」
仕方がないと溜息をついてから、プイっと顔を背けて横を向いたままで教えてやる。
「……それよりも貴様はトイレへ行ってこい」
「え? 何故トイレ?」
「……その、だな。お前のソレが大きくなって……る、から…だ」
ハルカリオンがチラリとそこを見てから視線を逸らすと、ヒイロ自身も不思議そうに己のそびえ立つ股間を見て「うおっ!」驚いている。
自分で気づいていなかったのかと、この男とハルカリオンはジト目でヒイロを見つめる。
「本当だ! 昨日散々出したのに勃起してる! やっぱりの前にハルカさんがいるからかな? 昨晩のかわいくてエロいハルカさんを思い出すと、つい……うへへへ」
そう言いながらヒイロが再び鼻の下を伸ばしてにデレっと笑うのと同時に、半立ちだったソレがビキビキと血管を浮かび上がらせ、完全に天井を向いて腹についてしまうほどに起き上がるのを見て仰天する。
「……っ!? な、何故そこで更におっきするんだ! 発情期なのか!?」
「ヒトに発情期なんかありませんが……」
だって仕方ないじゃないですか、と言いながら響空がグイッと顔を近づけハルカリオンにチュッとキスをしてきた。
「んぅっ!?」
「世界で一番好きな人が目の前にいるんですもん」
互いの唇を重ねるだけのキスをし、一瞬にして火照ってしまったハルカリオン頬をそっと撫でながら、ヒイロがニカッと白い歯を覗かせて笑う。
ヒイロは歯並びもまでも抜群に良かった。
(ただでさえ何もかも男前なのに、少しくらい残念なとこだってあって良くないか!?)
ハルカリオンはお門違いなところで腹を立てたのだった。
ハルカリオンは見知らぬ部屋の見知らぬベッドの上で、自らのあるまじき失態に撃沈していた。
シーツだけでなく、毛布も被り身体を丸めて暫し苦悶すること更に10分。その間もヒイロは黙ってくれていた。意外に思いやりのある男だ。
……だが。
「今の話は本当なのか? 僕自ら、貴様に付いて行っただと?」
毛布の中から聞いているので多少声がくぐもって聞こえているのは勘弁してほしい。
恋愛のれの字すら未経験のハルカリオンにとって、これまで恋愛系の書物で読んきたトキメキだとかドキドキから始まる何もかもをすっ飛ばしていきなり身体の関係を持ってしまったのだ。しかもその記憶すら自分にはない。あるのは痛みだけなのだ。
「はい、そうですよ。魔王軍と勇者軍の戦いが終わった荒れ地でひとり呆然と立ちつすくむあなたを見つけて……。居ても立っても居られず、気づいたらあなたに声をかけていました。あの時のあなたは辺りを舞う砂塵と一緒にそのまま消えてしまいそうなほどで、とても痛々しかった。そしたら子供みたいに声を上げて泣き始めて……俺にはただ抱きしめることしかできませんでしたが……」
「……う。その節は……迷惑をかけたな」
目の前の男に既に何もかもをも見られているというのに、心がぽっきり折れたあの時の自分まで見られていたなんて、それもまた恥ずかしくて、でも一応礼は言っておく。
「いえ。別に礼を言われるほどのことでもないですよ。……だって、それがきっかけでいつも遠くから見ているだけのあなたに近づくことが出来たんですから」
「いつも?」
「ええ。で、やっと泣き止んだあなたに、こういう時は忘れるまで飲むのが一番ですよ!って俺が提案したら、素直に頷いてくれたんで、そのまま酒場に行って、あなたはたった数杯のお子様エールでベロベロになってしまったんです」
「お子様エール……」
「はい。あ、それとお子様エールにはアルコールは入っていないので、頭が痛いのはきっと二日酔いのせいではないと思いますよ。というか、お子様エールであそこまでベロベロになれる方がすごいというか……可愛かったなぁ。お子様エールで酔ったハルカさんは」
「うぐ。 お子様エールお子様エールって何度も言うな! ……あ」
気のせいだとしても確かに痛むこめかみをもみながら、薄ぼんやりとした昨晩の記憶が話を聞いたことで何となく思い出し始めた。
勇者軍との戦いは連敗に続く連敗で、心がポッキリ折れてしまった自分を優しく導くようにあの混沌とした場所から連れ出してくれた人間こそが、確かに今自分の目の前にいるヒイロ・アカイという男だった。
その場限りの薄っぺらい慰めの言葉も、元気づけるような言葉も、この男は何も言わずに呆然としたままのハルカの手を引き、呆然としたまま鳴った腹の虫に小さく笑い、行きつけだと言う酒場へと連れて行ってくれたのだ。
「なんとなく思い出してきたぞ」
「ほんとですか!」
ハルカリオンの男にしては小さな手を、ヒイロの大きな手がぎゅっと包み込む。
(これも思い出した。ヒイロの手はずっと温かかったな…)
魔族において。
魔界において。
ハルカリオンは産まれた時より全てにおいて異端だった。
魔獣やその血を引く魔獣族やヴァンパイアや狼男、悪魔等の古来種族は別として、純粋な魔族は額から生える黒く太い角と尾てい骨辺りから伸びる黒い尾、褐色の肌と赤い血のような瞳を持つ者がほとんどだ。そしてその姿形こそが魔界に住む者の証となる。
なのに、か弱い産声を上げ生まれたハルカリオンの肌はアースガルドの北方に住む寒地に住む銀狐族の母の血が濃かったのか、白雪のように白かった。白いのは肌だけではなく、赤子特有の柔らかでくるくるとした髪も白金色だった。それだけでも人目を引く姿をしているのに、眉、長い睫毛に覆われたふたつのぱっちりとした瞳、小ぶりながらも形の良い鼻。それらが全て配置よく並んでいて、小さくもぽってりとした薄紅色の唇が何もかもをも際立せていた。
簡単に言うと、生まれたばかりのハルカリオンは赤子でありながら既に完成された美を持っていたのだ。
魔族の血を引いた天使が産まれたと、ハルカリオンを取り上げた産婆は泡を吹いて卒倒したという。
そして極めつけに、瞳の色は血のような赤ではなく、鮮やかで煌めくような黄金色。身に生えるのは、魔族らしい黒い角や太い尾ではなく、白いモコモコの毛に覆われた大きな三角耳とふわもこなしっぽ。
魔族のしかも魔王の血はどの種族よりも濃いというのに、ハルカリオンは魔の者としての特徴をなにひとつ持たず生まれたのだ。
特に黄金色の瞳は天界に住む天使族が持つ色というのもあり、当然ながら母は不義を疑われた。アースガルドの北の果てに住む銀狐族は、かつて神の御使いだったという伝説があることなど、少し調べればわかるはずなのに。ハルカリオンの姿は先祖返りの一種だと。
ただ、先祖返りといっても、ハルカリオンは銀狐族でも超希少種である鮮やかな黄金色の瞳と白金色の毛持つ白金狐種だったのが、次々に訪れる不幸に拍車をかけてしまった。
こうしてこの世に生を受けてわずか5分足らずで、ハルカリオンはこの魔界において異端な魔族となったのだ。
我が身にどんなレッテルを貼られたのか知る由もなくあんあんと泣くハルカリオンだけを優しく抱きしめたのは、母親だけ。
程なくして母は乳飲み子のハルカリオン共に魔王城の敷地内にある小さな離宮に押し込められ、半ば監禁状態となってしまった。
可憐な母の血を強く強く受け継いだだけでなく、神の御使いの姿形を持つハルカリオンは、獣人の血を半分引いてはいるものの、成長期を迎えても基本的に身体が細いままで、食も細かった。頑張ってたくさん食べても肉はおろか筋肉すらつかない体質なのだと悟った。
身長も魔族にしてはかなり低い170センチちょっとだ。美形ではあるが身体も大きく雄々しい面立ちをしている父や兄達と違い、中性的なせいで少年期はおろか青年期……いや、今でも女性に時々見間違えられることが多い。
それを幼い頃から兄弟だけでなく貴族の子息連中に散々馬鹿にされ続けたおかげで立派なコンプレックスのひとつとなっている。おかげで自己肯定感も低く性格も控えめだ。だが、その心根は非常に優しくお人好しで愛情深い。魔王族としての教育は一通り受けているので頭も賢いが、それをどう使うかまでは実践を積んでいないせいで、本来の聡明さを発揮出来ず、それを一番歯痒く思っているのが、ずっと側にいてくれたネピリウスだとも分かってはいる。
けれど、今のままではこの魔界で生き残っていくことは難しいと、ハルカリオンは己の人生に早々と見切りをつけた。運の良いことに自分は三男だ。王位継承権はあるものの、それがただの建前でしかないものだとも分かっていた。
だから成人を迎えたら王位継承権を返し、更には王族から籍を抜き、ただのいち臣下として魔界の端っこでひっそりと暮らしていければいい…と、そう思っていたのに。
(異端の者と言われ続けたこの僕が魔王だなんて、人生や運命とはままならないものだな……)
そんなままならない人生と運命に翻弄され、魔王らしからぬ魔王となったハルカリオンは、勇者軍との戦闘の際に魔王としての威厳を保つために強引にウルス兄上に強引に押し付けられたあの恐ろしい形相の面を被り、その面に身体を大きく見せる認識偽装の魔法をかけ戦いに赴いていた。
だが、その面も昨日の戦いによる爆風で吹っ飛んでしまったけれど。
(あれを被ったままだったら、僕が魔王だとこいつにバレて勇者を呼ばれあの場で倒されていたかもしれない。危なかった……)
認識偽装の魔法が解けているおかげでバレはしなかったが、他者から見るとハルカリオンの着ているものがやばかった。
ネピリウスが自らデザインした戦闘服はハルカリオンの身体の線が丸わかりのドラゴンの皮で作られた黒く艶のあるピッチリとした服で、それを着たまま酒場を訪れたハルカリオンをその場にいた誰も彼もがジロジロと舐めるように見つめていたことを本人だけは知らない。
それらの煩わしい視線からハルカリオンを守る盾の様にテーブルを挟んだ向こう側に座ったヒイロは、呆然としたままお子様エールを何倍もがぶ飲みするハルカリオンを頬杖をつきながら嬉しそうにずっと見つめていた。
真っ直ぐな、自分だけを見つめてくるヒイロのどこかうっとりとしたその視線は、ハルカリオンの背中をずっとムズムズさせていた。その笑顔にどこか見覚えがあったが思い出せず、全てがぼんやりと漠然とした中で、新しく運ばれてきたお子様エールを飲みほしたところで記憶がプッツリと途切れている。
「昨晩のことは、酒場で記憶を失うところまではなんとなく思い出したが……」
「その後は? その……俺の家で何をしたかは……」
「ここはお前の住処だったのか」
「はい。とは言っても隠れ家的住処ですけどね」
「そうか。だが……ここへ来てからの記憶はやはり……」
それだけがどうしてもわからない。なにがどうなってそうなってしまったんだろうか。
そもそも自分は男だ。いくら酔っていたとしても、そういう雰囲気になるものなのだろうか……と、毛布の隙間から見た光景が衝撃的でハルカリオンは思わず毛布を跳ねのける。
だが、何と言ってそれを伝えていいのか、とりあえずジッと視線をヒイロの下半身に落としてから、咎めるようにそのままヒイロの顔を見つめみる。
「うん? 俺の顔に何かついてますか? あ、それとも激しく愛し合った男の顔をよく見たいですか? どーぞどーぞ!」
「………」
嬉しそうに両手を広げるヒイロには、やはり伝わらなかったようだ。
「……はぁ」
仕方がないと溜息をついてから、プイっと顔を背けて横を向いたままで教えてやる。
「……それよりも貴様はトイレへ行ってこい」
「え? 何故トイレ?」
「……その、だな。お前のソレが大きくなって……る、から…だ」
ハルカリオンがチラリとそこを見てから視線を逸らすと、ヒイロ自身も不思議そうに己のそびえ立つ股間を見て「うおっ!」驚いている。
自分で気づいていなかったのかと、この男とハルカリオンはジト目でヒイロを見つめる。
「本当だ! 昨日散々出したのに勃起してる! やっぱりの前にハルカさんがいるからかな? 昨晩のかわいくてエロいハルカさんを思い出すと、つい……うへへへ」
そう言いながらヒイロが再び鼻の下を伸ばしてにデレっと笑うのと同時に、半立ちだったソレがビキビキと血管を浮かび上がらせ、完全に天井を向いて腹についてしまうほどに起き上がるのを見て仰天する。
「……っ!? な、何故そこで更におっきするんだ! 発情期なのか!?」
「ヒトに発情期なんかありませんが……」
だって仕方ないじゃないですか、と言いながら響空がグイッと顔を近づけハルカリオンにチュッとキスをしてきた。
「んぅっ!?」
「世界で一番好きな人が目の前にいるんですもん」
互いの唇を重ねるだけのキスをし、一瞬にして火照ってしまったハルカリオン頬をそっと撫でながら、ヒイロがニカッと白い歯を覗かせて笑う。
ヒイロは歯並びもまでも抜群に良かった。
(ただでさえ何もかも男前なのに、少しくらい残念なとこだってあって良くないか!?)
ハルカリオンはお門違いなところで腹を立てたのだった。
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