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おれの悲壮な決意は?
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すぐにリラクの治癒魔法が展開される。
「なんの傷ですか?」
「魔獣の爪だ」
「毒がなければ、このまま治せる深さです」
「大丈夫だ。相手はガイルだ」
呪文の詠唱の合間に必要な情報が交わされる。
獣と血の匂いに頭がクラクラする。
あぁここは戦場だったのだ。
ジャイルたちはこの部屋にくる時にいつもきれいにしていた。今思えば、いつもこの部屋に戻るときに、綺麗に汚れや血を落としてきてくれていたのだろう。こちらの汚れている方が通常なのだろう。今までこの部屋の中だけ、平穏に保たれていたのだ。
気づけばゴルデンが布やお湯を準備している。
手伝った方がいいと考えるだけで、おれは動けなかった。
「……どうした?ライ。怪我をしているのは俺だ。お前の方がひどい顔をしている」
治療を受けていたジャイルが、おれの方を向いた。
「戦闘に慣れていない人間は、怪我をみると動けなくなるものです」
ゴルデンの説明に、ジャイルは「フーン?」と気のない返事をしている。
「……怪我をしてるのに余裕だな」
「このくらいは、まだ大丈夫だ」
服、血みどろですが?
「自分でやったやつが1番酷かった」
「え?自分で傷つけるの?」
思わず聞くと、
「暴れた後に、大怪我をしている時がある」
返事が返ってきた。ああ、そう。ソウデスカ。制御不能の我を忘れたときね。お前の本気の力、強いもんな。
「……治りそうで、よかったよ」
ジャイルにとってこちらが日常なのだ。
これだけの流血をする怪我が、日常。
ゴルデンもリラクも、あの尖った崖の時の傷ですねとか、崖から落ちたときの方がとか、平然と思い出話をしている。
そうか。
学園でジャイルに殴られていた時、ジャイルもリラクたちもおれが倒れ込んでいるのに、平然としていた。そりゃそうだ。こいつらにとって、あれはそれこそ、ちょっとこづいた程度だったのだ。
あの時は、おれだけが痛い思いをして、ずいぶん貧乏くじをひいた気になっていた。でもそうじゃなかったんだな。
今、日々怪我をしているのはジャイルで、この部屋で安穏と守られているのはおれだ。
学園とは違う。おれは平穏な場所からだいぶ遠くにきてしまった。
「剣が折れなければ、怪我もしなかった」
でも、そのあとのジャイルの言葉には思わず口が出た。
「折るなよ、打ちなおし大変なんだぞ」
一本の剣を作るのに、何人の手がいると思ってるんだ。
「毎日、出せる力がかわるから、使う剣がわからない。選び間違うと折れる」
どうやら、腕力、握力や瞬発力、判断力もその日の調子でかわるらしい。
剣も、重さや太さ長さ、さまざま用意しているが、その日その時の調子に合う剣を選ぶのが難しいと説明された。
戦場に何本も剣を持って行けないしな。一本で結構重いし。
「お前のところの鉄はとれそうなのか?」
「え?この前きた、家からの手紙では鉱脈の候補が見つかったから、掘り進めるって書いてあったけど?え?うちの剣なの?」
自慢じゃないが、ギール領の剣の生産量は多くない。もともと鉄鉱石も、多くとれるわけではないし、一本一本丁寧に作るので時間がかかるのだ。鉄鉱石がとれなくなる前も、ほそぼそとやっていたに過ぎない。
剣ならもっとガンガン大量に作っている領がある。
「ご存じなかったのですか?アルクロフト家で使っている剣は、ほとんどギール産ですよ」
治療が終わったリラクが、衝撃の一言をもらした。
「大量に作られる剣は均一で、一般の兵士にはそれの方がいいんですが。ギール領は、こちらの注文に合わせて重さや長さ厚さを調整してくれるので重宝しています」
1人1人の腕力などが飛び抜けて違うアルクロフト家は、剣も特注品が必要らしい。
「ライ様が契約をのんでくださって、助かりました。本当は、ギール領で鉄鉱石が出なくなった時に、アルクロフト家としても援助したかったのです。しかし公爵家として、一男爵家に多額の援助をしづらくて。ライ様の存在は渡りに船でした」
アルクロフト公爵家は、この国で大きな権力を持つ。魔獣の被害を抑えることができる切り札だからだ。王領でさえ、魔獣の被害が大きくなれば、アルクロフト家に援助を乞う。
だからこそ、派閥などにも与せず、一強の公爵家としての立場を貫いてきた。公爵家が動くのは、国のために魔獣の被害を抑える時だけ。
リラクの説明では、たいした理由もなく特定の家だけを気にかけることはできないということだが。
(……というか、ジャイルの血筋なら、政治的な立ち回りは、無理なんじゃないか?)
ジャイルは人を壊れるか壊れないかの二つにしかわけてないからな。その兄弟や両親が、家の利に敏感で、うまく社交界を牛耳るなど想像ができない。
「え?じゃああの破格の成功報酬は?」
……かなり色がつけられていたらしい。
「え?じゃあおれの悲壮な決意は?」
この痛みが金になるんだと、おれ1人の犠牲で自領が救えるなら安いもんだと耐えたのに。
その言い方だと、いずれ何かしらの形でアルクロフト公爵家からギール男爵家に援助があったんじゃ?
「ライ様の存在がなければ、あれだけの額は動かせませんでしたよ」
少額は動かせたってことじゃん!おれ、あんなに思いつめなくてよかったじゃん。
「よい取引でした」
とどめをさすな!
「……実家に帰らせてください」
思わず、口から出た言葉は、ジャイルに即却下された。少しは感傷にひたらせてくれよ。
「なんの傷ですか?」
「魔獣の爪だ」
「毒がなければ、このまま治せる深さです」
「大丈夫だ。相手はガイルだ」
呪文の詠唱の合間に必要な情報が交わされる。
獣と血の匂いに頭がクラクラする。
あぁここは戦場だったのだ。
ジャイルたちはこの部屋にくる時にいつもきれいにしていた。今思えば、いつもこの部屋に戻るときに、綺麗に汚れや血を落としてきてくれていたのだろう。こちらの汚れている方が通常なのだろう。今までこの部屋の中だけ、平穏に保たれていたのだ。
気づけばゴルデンが布やお湯を準備している。
手伝った方がいいと考えるだけで、おれは動けなかった。
「……どうした?ライ。怪我をしているのは俺だ。お前の方がひどい顔をしている」
治療を受けていたジャイルが、おれの方を向いた。
「戦闘に慣れていない人間は、怪我をみると動けなくなるものです」
ゴルデンの説明に、ジャイルは「フーン?」と気のない返事をしている。
「……怪我をしてるのに余裕だな」
「このくらいは、まだ大丈夫だ」
服、血みどろですが?
「自分でやったやつが1番酷かった」
「え?自分で傷つけるの?」
思わず聞くと、
「暴れた後に、大怪我をしている時がある」
返事が返ってきた。ああ、そう。ソウデスカ。制御不能の我を忘れたときね。お前の本気の力、強いもんな。
「……治りそうで、よかったよ」
ジャイルにとってこちらが日常なのだ。
これだけの流血をする怪我が、日常。
ゴルデンもリラクも、あの尖った崖の時の傷ですねとか、崖から落ちたときの方がとか、平然と思い出話をしている。
そうか。
学園でジャイルに殴られていた時、ジャイルもリラクたちもおれが倒れ込んでいるのに、平然としていた。そりゃそうだ。こいつらにとって、あれはそれこそ、ちょっとこづいた程度だったのだ。
あの時は、おれだけが痛い思いをして、ずいぶん貧乏くじをひいた気になっていた。でもそうじゃなかったんだな。
今、日々怪我をしているのはジャイルで、この部屋で安穏と守られているのはおれだ。
学園とは違う。おれは平穏な場所からだいぶ遠くにきてしまった。
「剣が折れなければ、怪我もしなかった」
でも、そのあとのジャイルの言葉には思わず口が出た。
「折るなよ、打ちなおし大変なんだぞ」
一本の剣を作るのに、何人の手がいると思ってるんだ。
「毎日、出せる力がかわるから、使う剣がわからない。選び間違うと折れる」
どうやら、腕力、握力や瞬発力、判断力もその日の調子でかわるらしい。
剣も、重さや太さ長さ、さまざま用意しているが、その日その時の調子に合う剣を選ぶのが難しいと説明された。
戦場に何本も剣を持って行けないしな。一本で結構重いし。
「お前のところの鉄はとれそうなのか?」
「え?この前きた、家からの手紙では鉱脈の候補が見つかったから、掘り進めるって書いてあったけど?え?うちの剣なの?」
自慢じゃないが、ギール領の剣の生産量は多くない。もともと鉄鉱石も、多くとれるわけではないし、一本一本丁寧に作るので時間がかかるのだ。鉄鉱石がとれなくなる前も、ほそぼそとやっていたに過ぎない。
剣ならもっとガンガン大量に作っている領がある。
「ご存じなかったのですか?アルクロフト家で使っている剣は、ほとんどギール産ですよ」
治療が終わったリラクが、衝撃の一言をもらした。
「大量に作られる剣は均一で、一般の兵士にはそれの方がいいんですが。ギール領は、こちらの注文に合わせて重さや長さ厚さを調整してくれるので重宝しています」
1人1人の腕力などが飛び抜けて違うアルクロフト家は、剣も特注品が必要らしい。
「ライ様が契約をのんでくださって、助かりました。本当は、ギール領で鉄鉱石が出なくなった時に、アルクロフト家としても援助したかったのです。しかし公爵家として、一男爵家に多額の援助をしづらくて。ライ様の存在は渡りに船でした」
アルクロフト公爵家は、この国で大きな権力を持つ。魔獣の被害を抑えることができる切り札だからだ。王領でさえ、魔獣の被害が大きくなれば、アルクロフト家に援助を乞う。
だからこそ、派閥などにも与せず、一強の公爵家としての立場を貫いてきた。公爵家が動くのは、国のために魔獣の被害を抑える時だけ。
リラクの説明では、たいした理由もなく特定の家だけを気にかけることはできないということだが。
(……というか、ジャイルの血筋なら、政治的な立ち回りは、無理なんじゃないか?)
ジャイルは人を壊れるか壊れないかの二つにしかわけてないからな。その兄弟や両親が、家の利に敏感で、うまく社交界を牛耳るなど想像ができない。
「え?じゃああの破格の成功報酬は?」
……かなり色がつけられていたらしい。
「え?じゃあおれの悲壮な決意は?」
この痛みが金になるんだと、おれ1人の犠牲で自領が救えるなら安いもんだと耐えたのに。
その言い方だと、いずれ何かしらの形でアルクロフト公爵家からギール男爵家に援助があったんじゃ?
「ライ様の存在がなければ、あれだけの額は動かせませんでしたよ」
少額は動かせたってことじゃん!おれ、あんなに思いつめなくてよかったじゃん。
「よい取引でした」
とどめをさすな!
「……実家に帰らせてください」
思わず、口から出た言葉は、ジャイルに即却下された。少しは感傷にひたらせてくれよ。
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