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声を上げて笑ったの、久しぶりだな
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シャワーの栓を捻ると、勢いよく水が飛び出した。数秒で温かい湯に変わって浴室に湯気が立ち上がる。その湯の中へと身を滑らせた。
体が温まってくるのを感じながら、あの時のことを思い出す。微笑み返した後、そんな自分に動揺し、慌てて蛇口を止めると逃げるようにトイレを後にした。
相手に微笑み返すなんて。子供相手以外には考えられないことだった。なら、なぜ思わずしてしまったのだろう。自分でもよくわからなかった。ただ、あの鏡の中の男が、本当に自然に笑いかけてきたから。嘘のない、愛想笑いでもない、心からの笑顔で。それが伝わってきたから、こちらも自然に対応してしまった。
それからまた普通の日常に戻った。思い出して何度か夜中にトイレへ行ってみたが、鏡には自分の顔しか映らなかった。
あの時の出来事は、疲れすぎていたために体験した幻覚みたいなものだったのだろうと、無理やり納得させていたのだが。
その男は再び鏡の中に現れた。
今度はこの、自宅の浴室の鏡だった。帰宅したばかりで、手を洗おうかと蛇口を捻った時だった。驚きはしたが、最初のような動揺はあまりなかった。相手を観察する余裕もあった。
男は20代前半から半ばぐらいに見えた。男前というよりは、可愛いという言葉が似合いそうなルックスだ。派手すぎない茶色の髪が、ナチュラルトーンの肌色に合っていた。頭に残っていた印象的な大きな瞳は、よく見ると奥二重で:睫毛が長い。唇は薄くて、少し血色が悪そうだった。
もしかしたら冷えやストレスが原因の血行不良なのかもしれない。と、自分がいつの間にか医者目線になっていたことに気づいて、心の中で苦笑いした。
前回、男は家の浴室にいたように感じたが、この時はどこかの店か、公共のトイレにいるようだった。男の服装を見ると、バーテンダーが着るような制服を身にまとっていたので、おそらく男の勤務先なのだろう。
自分もかなり余裕ができたと思っていたが、この男には:叶わなかった。しばらく見つめ合った後、男がゆっくりと相好を崩した。あの、:向日葵のような笑顔になる。すると、まるで数キロ先のだれかに手を振るかのように、ぶんぶんと右手を振ってきた。
どう対応していいかわからず、ただ、曖昧に微笑んだ。何か言っているようだが、声は聞こえない。目をクリクリさせて、餌を求める魚のように口をパクパクと開け閉めする様子に、千晃は思わず噴き出した。
『なんて顔してんだ』
そんな千晃を、今度はぴたりと動きを止めて、小動物のようにきょとんとした顔で見る男がまた面白くて、声を上げて笑った。そこで、気づく。
声を上げて笑ったの、久しぶりだな。
鏡の向こうの男は、そんな千晃をなぜか:嬉しそうに見ていた。が、その直後、はっと男が後ろを振り返ったところで、テレビを消した時のように男の映像がふっと消えた。そして、鏡の中に千晃が現れた。
途端に、浴室の空気が急激に冷めていくような気がした。夢から無理やり起こされたかのような、そんな感覚。千晃はゆっくりと腕を伸ばして、流したままになっていた蛇口の水を止めた。
体が温まってくるのを感じながら、あの時のことを思い出す。微笑み返した後、そんな自分に動揺し、慌てて蛇口を止めると逃げるようにトイレを後にした。
相手に微笑み返すなんて。子供相手以外には考えられないことだった。なら、なぜ思わずしてしまったのだろう。自分でもよくわからなかった。ただ、あの鏡の中の男が、本当に自然に笑いかけてきたから。嘘のない、愛想笑いでもない、心からの笑顔で。それが伝わってきたから、こちらも自然に対応してしまった。
それからまた普通の日常に戻った。思い出して何度か夜中にトイレへ行ってみたが、鏡には自分の顔しか映らなかった。
あの時の出来事は、疲れすぎていたために体験した幻覚みたいなものだったのだろうと、無理やり納得させていたのだが。
その男は再び鏡の中に現れた。
今度はこの、自宅の浴室の鏡だった。帰宅したばかりで、手を洗おうかと蛇口を捻った時だった。驚きはしたが、最初のような動揺はあまりなかった。相手を観察する余裕もあった。
男は20代前半から半ばぐらいに見えた。男前というよりは、可愛いという言葉が似合いそうなルックスだ。派手すぎない茶色の髪が、ナチュラルトーンの肌色に合っていた。頭に残っていた印象的な大きな瞳は、よく見ると奥二重で:睫毛が長い。唇は薄くて、少し血色が悪そうだった。
もしかしたら冷えやストレスが原因の血行不良なのかもしれない。と、自分がいつの間にか医者目線になっていたことに気づいて、心の中で苦笑いした。
前回、男は家の浴室にいたように感じたが、この時はどこかの店か、公共のトイレにいるようだった。男の服装を見ると、バーテンダーが着るような制服を身にまとっていたので、おそらく男の勤務先なのだろう。
自分もかなり余裕ができたと思っていたが、この男には:叶わなかった。しばらく見つめ合った後、男がゆっくりと相好を崩した。あの、:向日葵のような笑顔になる。すると、まるで数キロ先のだれかに手を振るかのように、ぶんぶんと右手を振ってきた。
どう対応していいかわからず、ただ、曖昧に微笑んだ。何か言っているようだが、声は聞こえない。目をクリクリさせて、餌を求める魚のように口をパクパクと開け閉めする様子に、千晃は思わず噴き出した。
『なんて顔してんだ』
そんな千晃を、今度はぴたりと動きを止めて、小動物のようにきょとんとした顔で見る男がまた面白くて、声を上げて笑った。そこで、気づく。
声を上げて笑ったの、久しぶりだな。
鏡の向こうの男は、そんな千晃をなぜか:嬉しそうに見ていた。が、その直後、はっと男が後ろを振り返ったところで、テレビを消した時のように男の映像がふっと消えた。そして、鏡の中に千晃が現れた。
途端に、浴室の空気が急激に冷めていくような気がした。夢から無理やり起こされたかのような、そんな感覚。千晃はゆっくりと腕を伸ばして、流したままになっていた蛇口の水を止めた。
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