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似合わない花束 ③
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◇◇◇
無事に二部が終わり、杏依は胸をなでおろした。
段帳が降りたのを見届けてロビーへ急ぐと、早速、三年前までの教え子たちが周りに集まってきた。
「杏依先生、チェロすごかった!」
懐かしく、けれど大きく成長した子供たちの顔を見て、杏依の顔は綻んだ。
「みんなも演奏すごかったよ! お疲れ様」
「私ね、杏依先生の演奏聞いて感動しちゃった。杏依先生は、腕が無くてもなんでもできるんだね!」
そう思ってくれたことが嬉しい。
ピアノができなくなっても、音楽を楽しむことができるのだと伝えられたのなら今日の演奏は大成功だ。
「杏依先生、さようなら!」
帰っていく子どもたちに手を振り終えると、杏依は白哉の姿を探した。ちゃんと、彼にも届いただろうか。
すると、突然目の前にピンク色の花束が現れた。
「はい、これ。彼氏サンからだよ」
花束の後ろからひょっこりと明美が顔を出す。
「え? 彼氏って――」
「ほら、久我総合病院のお医者さん」
杏依の脳裏に、白哉が浮かぶ。
「別に彼とは、付き合ってない!」
キスされたし、抱きしめられたし、ディナーデートまがいのこともしたけれど……。
思い出しては頬が火照ってしまい、慌てて花束を受け取った。顔を隠すようにその香りを嗅ぐ。
白哉がこんなに可愛いものを贈ってくれるなんて思わなかった。
白哉はどこだろう。キョロキョロと会場内を見回すけれど、その姿は見つからない。
「あのさ、杏依先生。彼さ――」
「何?」
視線を明美に戻すと、彼女は神妙な表情で杏依の瞳を覗き込む。それから、杏依の耳元に口を近づけ声を潜めた。
「――さっき大熊さんの奥さんに『人殺し』って呼ばれてたんだけど。杏依先生、何か知ってる?」
「え?」
天才と称されながら、若くして事故で命を失ったピアニスト・大熊肇の娘が海原楽器の器楽教室へ通い出したということは、社内中のニュースになっていたから杏依も知っている。
今日、一部の演奏会で演奏を披露していたはずだ。
そんな大熊氏の奥さんが、白哉に『人殺し』――?
「大熊肇って、交通事故で亡くなったんだよね?」
「あー……、うん、そうだね」
六年前、音楽業界に衝撃を与えた事故。その事故に、白哉が関わっているのかもしれない。
もしかして、本当は医療事故だった、とか……?
杏依の心は、途端にざわつき始めた。
片づけを終えてスマホを見ると、白哉から連絡が入っていた。
『仕事に戻らなきゃいけなくなった。演奏聞けなくて悪い』
今頃は白哉と一緒に帰っていると思っていた。けれど、仕事なら仕方ない。
大熊氏のことが気になり、今更打ち上げに参加する気にもなれず、杏依は一人、花束を抱えながらとぼとぼと夜道を歩いて帰宅した。
〝人殺し〟というのは、あの高飛車な態度のせいだと思っていた。彼の職業上、腕や足を切られて、逆恨みする人は少なくないだろう。杏依もそうだった。
けれど、本当に人を殺していたかもしれない、なんて。
ピンク色の花束を自宅で活けながら、白哉のことを考えた。
スマホで大熊氏の事故のことも調べた。けれど、出てくるのは交通事故の記事ばかり。
加害者も、もちろん白哉ではない。
それなのに、〝人殺し〟ってどういうこと?
今すぐに会いに行きたい。けれど、彼は仕事中。それに、これは自分が踏み込んでいいことなのだろうか。
杏依は結局何もできぬまま、モヤモヤとした夜を過ごした。
無事に二部が終わり、杏依は胸をなでおろした。
段帳が降りたのを見届けてロビーへ急ぐと、早速、三年前までの教え子たちが周りに集まってきた。
「杏依先生、チェロすごかった!」
懐かしく、けれど大きく成長した子供たちの顔を見て、杏依の顔は綻んだ。
「みんなも演奏すごかったよ! お疲れ様」
「私ね、杏依先生の演奏聞いて感動しちゃった。杏依先生は、腕が無くてもなんでもできるんだね!」
そう思ってくれたことが嬉しい。
ピアノができなくなっても、音楽を楽しむことができるのだと伝えられたのなら今日の演奏は大成功だ。
「杏依先生、さようなら!」
帰っていく子どもたちに手を振り終えると、杏依は白哉の姿を探した。ちゃんと、彼にも届いただろうか。
すると、突然目の前にピンク色の花束が現れた。
「はい、これ。彼氏サンからだよ」
花束の後ろからひょっこりと明美が顔を出す。
「え? 彼氏って――」
「ほら、久我総合病院のお医者さん」
杏依の脳裏に、白哉が浮かぶ。
「別に彼とは、付き合ってない!」
キスされたし、抱きしめられたし、ディナーデートまがいのこともしたけれど……。
思い出しては頬が火照ってしまい、慌てて花束を受け取った。顔を隠すようにその香りを嗅ぐ。
白哉がこんなに可愛いものを贈ってくれるなんて思わなかった。
白哉はどこだろう。キョロキョロと会場内を見回すけれど、その姿は見つからない。
「あのさ、杏依先生。彼さ――」
「何?」
視線を明美に戻すと、彼女は神妙な表情で杏依の瞳を覗き込む。それから、杏依の耳元に口を近づけ声を潜めた。
「――さっき大熊さんの奥さんに『人殺し』って呼ばれてたんだけど。杏依先生、何か知ってる?」
「え?」
天才と称されながら、若くして事故で命を失ったピアニスト・大熊肇の娘が海原楽器の器楽教室へ通い出したということは、社内中のニュースになっていたから杏依も知っている。
今日、一部の演奏会で演奏を披露していたはずだ。
そんな大熊氏の奥さんが、白哉に『人殺し』――?
「大熊肇って、交通事故で亡くなったんだよね?」
「あー……、うん、そうだね」
六年前、音楽業界に衝撃を与えた事故。その事故に、白哉が関わっているのかもしれない。
もしかして、本当は医療事故だった、とか……?
杏依の心は、途端にざわつき始めた。
片づけを終えてスマホを見ると、白哉から連絡が入っていた。
『仕事に戻らなきゃいけなくなった。演奏聞けなくて悪い』
今頃は白哉と一緒に帰っていると思っていた。けれど、仕事なら仕方ない。
大熊氏のことが気になり、今更打ち上げに参加する気にもなれず、杏依は一人、花束を抱えながらとぼとぼと夜道を歩いて帰宅した。
〝人殺し〟というのは、あの高飛車な態度のせいだと思っていた。彼の職業上、腕や足を切られて、逆恨みする人は少なくないだろう。杏依もそうだった。
けれど、本当に人を殺していたかもしれない、なんて。
ピンク色の花束を自宅で活けながら、白哉のことを考えた。
スマホで大熊氏の事故のことも調べた。けれど、出てくるのは交通事故の記事ばかり。
加害者も、もちろん白哉ではない。
それなのに、〝人殺し〟ってどういうこと?
今すぐに会いに行きたい。けれど、彼は仕事中。それに、これは自分が踏み込んでいいことなのだろうか。
杏依は結局何もできぬまま、モヤモヤとした夜を過ごした。
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