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優しすぎる〝人殺し〟 ①
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モヤモヤとした気持ちを抱えたまま、翌出勤日を迎えた。
いつものように受付事務をしていると、外線で電話がかかってきた。
教室への連絡なら各教室が窓口になっているはずだ。本社に電話だなんて珍しい。何か取引の電話かな、など思いながら、杏依は受話器を取った。
「お電話ありがとうございます、海原楽器――」
『海原楽器さんよね。私、大熊翠の母――大熊肇の妻でございます』
わざわざ故人の名前を出してくる電話主に、杏依の心臓はドクドクと厭な音を立てはじめた。
努めて冷静に、ゆっくりと声を紡ぎ出す。
「ご用件は――」
『この間の発表会でね、信じられない人と遭遇しましたの。あの日、あの場所で『人殺し』と叫んでしまったことをお詫びしたくて。でも、彼は人殺しなんです。私が身ごもっている時に、旦那はあの人に殺されたのよ』
「『あの人』というのは」
『ああ、ごめんなさいね。名前を言うのも嫌で、つい。久我総合病院の、久我上白哉っていう、整形外科の医者よ。あの病院、かからないほうがいいですよ』
嫌味たっぷりな言い方に、杏依は胸が押しつぶされそうになった。
『とにかく、海原楽器さんがもしどこかであの人と繋がっているのであれば、娘もピアノ教室に通わせるのを辞めようと思っておりますの。人殺しと繋がっている会社だなんて、考えただけでも吐き気がするわ』
ため息まじりの声に、杏依は早く電話が切りたくて仕方がない。
『あの人を海原楽器と関わらせないで欲しいんです。調査してくれません?』
そんな、身勝手な!
「社内に報告いたしますので、お時間いただけますでしょうか?」
出かけた言葉を飲み込んで、杏依はいたって冷静に返答をした。
受話器を置き、苛立ちを抑え込むようにため息を零した。
電話をされてしまった以上は報告しなければならない。聞き取ったことを紙にまとめ、取り急ぎ要件だけをクレーム受付の部署に連絡した。
それから、きちんと報告書にまとめようとパソコンに向き合った。
「すみません」
聞き覚えのある声に、杏依は顔を上げた。険しい顔をした白哉が、スーツを着てそこに立っていた。
「白哉先生……」
驚き目を見開き、杏依は息を飲んだ。
「先日のお詫びに伺いました、久我上白哉です」
ビジネスライクに頭を下げられ、杏依も慌てて頭を下げた。隣で、同僚が受付の名簿を開いている。
「十五時にご来社予定の久我上様ですね、ご案内いたします」
彼は同僚に連れられて、我が社の受付を通り過ぎてゆく。
「あの!」
去って行こうとする二人に、思わず声を上げた。
「先日のお詫びと言うのは――」
「演奏会の時に、私のせいで一部の方に不快な気分をさせてしまったので」
だったら、その原因の一端は杏依にもあるはずだ。そう思うのに、白哉はくるりを背を向け行ってしまう。
杏依はそこに立ちつくしたまま、何もできないことに悔しさを感じていた。
いつものように受付事務をしていると、外線で電話がかかってきた。
教室への連絡なら各教室が窓口になっているはずだ。本社に電話だなんて珍しい。何か取引の電話かな、など思いながら、杏依は受話器を取った。
「お電話ありがとうございます、海原楽器――」
『海原楽器さんよね。私、大熊翠の母――大熊肇の妻でございます』
わざわざ故人の名前を出してくる電話主に、杏依の心臓はドクドクと厭な音を立てはじめた。
努めて冷静に、ゆっくりと声を紡ぎ出す。
「ご用件は――」
『この間の発表会でね、信じられない人と遭遇しましたの。あの日、あの場所で『人殺し』と叫んでしまったことをお詫びしたくて。でも、彼は人殺しなんです。私が身ごもっている時に、旦那はあの人に殺されたのよ』
「『あの人』というのは」
『ああ、ごめんなさいね。名前を言うのも嫌で、つい。久我総合病院の、久我上白哉っていう、整形外科の医者よ。あの病院、かからないほうがいいですよ』
嫌味たっぷりな言い方に、杏依は胸が押しつぶされそうになった。
『とにかく、海原楽器さんがもしどこかであの人と繋がっているのであれば、娘もピアノ教室に通わせるのを辞めようと思っておりますの。人殺しと繋がっている会社だなんて、考えただけでも吐き気がするわ』
ため息まじりの声に、杏依は早く電話が切りたくて仕方がない。
『あの人を海原楽器と関わらせないで欲しいんです。調査してくれません?』
そんな、身勝手な!
「社内に報告いたしますので、お時間いただけますでしょうか?」
出かけた言葉を飲み込んで、杏依はいたって冷静に返答をした。
受話器を置き、苛立ちを抑え込むようにため息を零した。
電話をされてしまった以上は報告しなければならない。聞き取ったことを紙にまとめ、取り急ぎ要件だけをクレーム受付の部署に連絡した。
それから、きちんと報告書にまとめようとパソコンに向き合った。
「すみません」
聞き覚えのある声に、杏依は顔を上げた。険しい顔をした白哉が、スーツを着てそこに立っていた。
「白哉先生……」
驚き目を見開き、杏依は息を飲んだ。
「先日のお詫びに伺いました、久我上白哉です」
ビジネスライクに頭を下げられ、杏依も慌てて頭を下げた。隣で、同僚が受付の名簿を開いている。
「十五時にご来社予定の久我上様ですね、ご案内いたします」
彼は同僚に連れられて、我が社の受付を通り過ぎてゆく。
「あの!」
去って行こうとする二人に、思わず声を上げた。
「先日のお詫びと言うのは――」
「演奏会の時に、私のせいで一部の方に不快な気分をさせてしまったので」
だったら、その原因の一端は杏依にもあるはずだ。そう思うのに、白哉はくるりを背を向け行ってしまう。
杏依はそこに立ちつくしたまま、何もできないことに悔しさを感じていた。
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