人の身にして精霊王

山外大河

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一章 人尊霊卑の異世界

9 バディー・コンビネーション

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 勝つためには、確実に潰せる戦力を先に潰しておくのが多分上策で、故に地を踏み飛んで向かったのは後方。バックステップ。ターゲットは……金髪の青年。

「……ッ」

 地を蹴るだけで風による加速と同等のスピードを出した俺の勢いに顔をのけ反らせた青年に向かって、手にした大剣を振り払う。
 その瞬間、青年のすぐ隣に結界が展開されるがそれは僅かに勢いを殺すだけだ。
 まるで窓ガラスを金属バットで打ち抜く様にそれは破かれ、瞬時に構えられた青年の左腕をへし折る。
 言ってしまえばこの大剣は鈍器だ。
 使っていて伝わってくる。この剣その物に切断能力は無く、風を纏わせればそれで切れるという仕様。そして今は風を纏わせてはいない。
 纏わせてはいけない。そう思った。それはきっと超えてはならない一線だから。
 青年を吹き飛ばした次の瞬間、右足に何かが絡み付く。

「……ッ」

 蔦。そう認識した瞬間、前方で眼鏡の青年が地面に手をつけているのが分かった。多分これはアイツは使っている精霊術。
 そしてエルを大剣にした時から読み取れる様になった些細な風の流れが、背後から無音で近づくそれを察知させた。
 俺は全力で体を逸らす。
 俺の胴体があったそこには、物凄い勢いで拳を振るう精霊。金髪の精霊といた奴だ。
 そして頭上。
 眼鏡の青年が連れていた精霊が、空中から明らかに自由落下以外の力が働いている様な速度でひざ蹴りを放ってきていた。
 瞬時に大剣を構えて受けとめる。
 重い一撃。だけど……振り払える!

「おらッ!」

 それこそバッティングの様に、精霊を眼鏡の青年の所に弾き返した。
 衝突。消える蔦。だが視界のすぐそこにいる脅威はもう一つ、消えていない。
 拳を空振らせた精霊が、着地する様に手を地につける。
 そして手の力で再び飛び上がり、同時に着地点に瞬時に展開された魔法陣から勢いよくソレは飛び出てくる。
 首だけの、黒い竜。

「……ッ」

 地面から突然出てきたそれを形容するとすれば、宛ら3D映画の飛び出し方をより強化した様な物だった。
 突如現れたそれを見た時の俺の感情は恐らく畏怖だ。いうなれば、お化け屋敷で突然お化け役や装置に驚かされることに加え、それが精霊術を用いた物である以上、本当に襲って喰われるんじゃないかという恐怖。
 だから振り切った。勢いを込めて、追い風による推進力を生かした攻撃。
 しかしそれは空を切る。そこに実態はないただの幻術。
 そしてそれに隠れるように、本物が迫る。
 ただし竜では無く……人。

「っくぞオイ!」

 迫ったのはルキウスの拳。背後にちらりと写ったのは、砕け消滅しかかっている魔法陣と、それを使ったと思われる精霊。

「ち……ッ」

 振り切った大剣は戻らない。戻せない。完全に隙を付かれた。
 回避しようにも、今の攻撃の大振りによって崩したバランスがそうさせない。
 一発貰う。その覚悟を決めた。
 だけど覚悟は決めても、それでも剣を戻そうとした。攻撃を防ごうと反射的に体が動いた。
 だが戻そうとしていた剣の柄からその感触、そして剣の重みが無くなっていた。
 その代わりに、綺麗な青髪が視界の端に映った。
 ルキウスが驚愕の表情を浮かべる。そして多分俺も。
 だけどすぐに何が起きているか理解できた。
 俺の腕で戻せないならばエル自身が動けばいい。
 エルが咄嗟に考えたであろう、起死回生の一手。
 次の瞬間、俺の隣から流れる様にサイドステップで正面に躍り出てきたエルが、迫るルキウスの横腹に強烈なフックを叩き込む。

「グハッ!」

 言ってしまえばこの一撃は不意打ちだ。多分エル以外の全員が、こういう事が出来る事を知らなかった。
 それを知っていたエルによる、不意打ちの不意打ち返し。
 目の前まで来ていた拳は視界から消え、まるであの時の様にルキウスが吹き飛ばされる。
 だけどその攻撃にも隙は生じる。それを狙う様に、幻術を用いた精霊がエルに拳を向ける。

「あぶねえ!」

 エルを再び剣にしようと右手を伸ばすが、僅かに届かない。
 だから剣にする事を諦めた。というより先送りにした。
 ……止まってくれッ!
 そう心で念じながら伸ばした右手で精霊術を発動。エルの正面に結界を展開する。
 だけどこの結界は脆く、大した強度が無い事は理解できている。だから今までの攻撃への対処で使う場面が無かった。
 そして次の瞬間、想像通り結界が砕ける音が響きわたる。
 だけど端から防ごうとは思ってはいない。

「エル!」

 発生したのはタイムラグ。俺の伸ばした右手がエルに届くまでの一瞬の時間稼ぎ。
 そして俺の手は届き、再び精霊術を発動。

「おっらああああああああああああああッ!」

 エルを大剣に変え、迫る精霊を弾き返した。
 そして間髪入れずに宙へ飛び上がる。
 次の瞬間には、俺の居た所から無数の蔦が生え出していた。
 視界に入ったメガネの青年の動作で、なんの確証もなく飛んで見たが正解だった。
 だが宙から見える青年の表情は笑みだ。
 その笑みを認識した瞬間、地面の蔦が勢いよく伸び始め、空中の俺を捕えに掛る。
 だけどそれが通じるのは、空中での機動力がない奴に対してのみ。
 俺は空中で風の塊を足元に作り出し……メガネの青年の元へと跳んで大剣を振り抜く。
 確かな感触と共にメガネの青年をぶっ飛ばし、蔦の消失を確認。
 そして攻撃の隙を突くように迫ってきた、ルキウスとメガネの青年が連れていた二体の精霊が同時に飛びかかってくる。
 確かに隙はある。大剣を振り抜けば、次の攻撃までは隙だらけ。剣なんて握った事の無い俺の技量ではどうしてもそういう物は生まれてしまうし、そういう隙を補うために使うべき精霊術も、俺の技量で瞬時に使える物では、対応できても精々一人だ。
 まだまだ経験が足りない。他の誰かなら同じ状況でも一人で乗り切れたのかもしれないいが、この厄介な誇り以外何も持っていない俺では、一人ではまだ此処が限界だ。
 だけど補える。一人じゃないから戦える。
 エルに背中を預ける。今はそれでいい。
 そうして俺は精霊術を発動させる。
 圧縮した風を正面に撃ちこむ、シンプルかつ強力な一撃。
 それを風を用いて無理矢理体勢を調整して、ルキウスが連れていた精霊へと向ける。
 そうする俺の手にもう剣の柄は無い。
 エルの声が、脳では無く耳に届いた。
 ……そっちは任せた。
 心でそうエルに告げ、右手を伸ばす。
 精霊の攻撃を辛うじて躱し、それでも躱し切れず肋骨に攻撃が掠るも耐え抜き……そして打ち抜く。

「うおらああああああああああああああああああああああああッ!」

 確かな感触と共に弾き飛ばされる精霊。
 終って背後を振りかえると、立っていたのはエルただ一人。
 こちらを振り返って見せた表情は、安堵が混じった笑みだった。
 一瞬、これで終わったと思ってしまう。だけどそれは錯覚だ。
 この戦いは八体二。起き上ってこないとは限らないが、六は倒したとしよう。
 では残り二は?
 その時、戦いが行われていた空間に新しい声が漏れだす。

「一体何が……」
 恐らく一番遠い所にいたのであろうエルドさんが……このタイミングで姿を表した。
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