1 / 26
第一巻:荒野の怠慢神殿編
第一話:【断罪】それは最高のリタイア勧告
しおりを挟む
眩いクリスタルのシャンデリアが、ホールの床に冷たく無機質な光を落としている。 王立学院の卒業記念パーティー。本来であれば、輝かしい未来を祝うはずのその場所は、今や一人の少女をなぶり殺しにするための処刑場へと変貌していた。
「ユラリア・フォン・ベルシュタイン! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
第一王子ジークフリートの怒声が、ホールを震わせた。 彼の逞しい腕に抱かれているのは、可憐な花のように震える聖女リリアン。周囲を取り囲む貴族たちの視線は、鋭い刃となって私――ユラリアへと突き刺さる。
「……殿下、それは一体どういうことでしょうか?」
私は震える手でそっと口元を覆った。 傍目には、絶望のあまり言葉を失っているように見えただろう。だが、実のところ私の胃のあたりでは、こみ上げてくる狂喜の笑い声がダンスを踊っていた。
(((キタ、キタ、キターーー!! ついに来たわ、この黄金の『解雇通知』!!)))
私の脳裏には、前世の忌まわしき記憶が鮮明に焼き付いている。 前世の私は、某国のブラック企業で死ぬまで働き続けた哀れな社畜だった。 連日のサービス残業は当たり前。深夜三時に「至急!」と銘打って飛んでくる上司からの理不尽なチャット。栄養ドリンクを血液の代わりに流し込み、机の下で仮眠を取る日々。心臓が止まる直前に思ったのは、「ああ、これで明日の会議に出なくて済むんだ」という、あまりにも悲しい解放感だった。
それから、なぜか始まった百回の転生。 勇者として魔王を討伐し、魔王として国を建て直し、聖女として不治の病を根絶した。百回すべての人生で、私は「あまりにも有能すぎた」ために、常に誰かに必要とされ、こき使われ、過労死か暗殺で幕を閉じてきた。
だからこそ、百一回目の今世、私はこの人生のテーマを掲げたのだ。 ――今度こそ、ベッドを伴侶にする。枕を唯一の神として崇める。 そして何より、絶対に、死んでも、働かない。
「ユラリア! 貴様がリリアンに行った数々の卑劣な嫌がらせ、もはや言い逃れはできんぞ!」
ジークフリートが、偽造された証拠書類をこれ見よがしに叩きつけた。 リリアンは潤んだ瞳で私を見上げ、折れそうなほど細い肩を震わせる。
「ユラリア様……私の教科書を火属性魔法で燃やすなんて……私、ただ殿下とお話ししたかっただけなのに……」
(((……ちょっと待って。その教科書、私が『防水・防汚・自動ページめくり機能』を付与してあげた、世界に一冊のフルカスタマイズ特装本じゃない。燃えるわけないでしょ。むしろ、あの本を燃やすには火竜の吐息が必要なんだけど?)))
しかし、私は反論など一文字もしない。 ここで無実を証明してしまえば、「聡明で有能な公爵令嬢」というレッテルが私を再び縛り上げる。この筋肉質の王子を内政面で支え、一生終わらない書類仕事と外交儀礼に追われる日々に戻るだけだ。
「……否定はいたしません」
私は、悲劇のヒロイン界の頂点に立てるほどに儚く、そして絶望に満ちた(つもりの)表情で、地面に膝をついた。
「殿下がそのようにおっしゃるのであれば、私は何も申しません。ただ、私のような『罪深き女』は、この華やかな王都にいる資格などございません。……私を、北の果ての『霧の別荘』へ追放してください」
会場が、一気に静まり返った。 『霧の別荘』――別名、寂静の荒野。 そこは魔力が異常な速度で吸い取られるデッドゾーンであり、一度足を踏み入れれば強力な魔獣に食われるか、魔力を枯渇させて数日で衰弱死すると言われる呪われた土地だ。
「……ほう。自ら死を選び、罪を贖うというのか」
ジークフリートが、残酷に口角を上げた。 「よかろう。潔いではないか。貴様の望み通りにしてやる。今すぐ、その身一つで王都を去れ!」
「感謝いたします、殿下……。寛大なお心に、痛み入ります……」
私は深々と頭を下げた。
(((感謝するわ、本当に! あそこは地脈の結節点。吸い取られる魔力以上に、地面から無尽蔵に魔力が噴き出しているパラダイスじゃない! 霧は天然のプライバシー保護カーテン、魔獣は不法侵入者を防ぐセキュリティ。あんなに昼寝に最適な場所、世界中どこを探しても他にないもの!)))
私は優雅に立ち上がると、一度も振り返ることなく会場を後にした。 背後でリリアンが勝ち誇ったように笑い、ジークフリートが彼女を抱きしめる気配がする。かつての友人たちが私に石を投げるような言葉を浴びせてくるが、今の私にはそれさえも、心地よい「退職祝い」のファンファーレに聞こえた。
城門の外に用意されていたのは、一台のボロボロの馬車。 御者すらも「呪われる」と恐れて逃げ出したらしく、手綱は適当に結ばれている。
私は乗り込む直前、一度だけ王都の夜景を振り返った。 美しく、そしてあまりにも息苦しかった私の「職場」。
「さらば、社会! さらば、人間関係! 私の『終身名誉・帯薪休假(給料付き永久バカンス)』が、いま、始まるのよ!!」
馬車がガタガタと動き出す。 見送る騎士たちは、ユラリアの背中に「すべてを悟り、人類のために死を受け入れた聖女」の神々しい後光を見たという。
――しかし、本人の頭の中にあるのは。 (((まずは、魔法で『全自動・肩もみ機能付き・形状記憶低反発ベッド』を構築しなきゃ。ああ、シーツの素材は何にしようかしら……)))
という、極めて生産的な「怠慢計画」だけであった。
「ユラリア・フォン・ベルシュタイン! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
第一王子ジークフリートの怒声が、ホールを震わせた。 彼の逞しい腕に抱かれているのは、可憐な花のように震える聖女リリアン。周囲を取り囲む貴族たちの視線は、鋭い刃となって私――ユラリアへと突き刺さる。
「……殿下、それは一体どういうことでしょうか?」
私は震える手でそっと口元を覆った。 傍目には、絶望のあまり言葉を失っているように見えただろう。だが、実のところ私の胃のあたりでは、こみ上げてくる狂喜の笑い声がダンスを踊っていた。
(((キタ、キタ、キターーー!! ついに来たわ、この黄金の『解雇通知』!!)))
私の脳裏には、前世の忌まわしき記憶が鮮明に焼き付いている。 前世の私は、某国のブラック企業で死ぬまで働き続けた哀れな社畜だった。 連日のサービス残業は当たり前。深夜三時に「至急!」と銘打って飛んでくる上司からの理不尽なチャット。栄養ドリンクを血液の代わりに流し込み、机の下で仮眠を取る日々。心臓が止まる直前に思ったのは、「ああ、これで明日の会議に出なくて済むんだ」という、あまりにも悲しい解放感だった。
それから、なぜか始まった百回の転生。 勇者として魔王を討伐し、魔王として国を建て直し、聖女として不治の病を根絶した。百回すべての人生で、私は「あまりにも有能すぎた」ために、常に誰かに必要とされ、こき使われ、過労死か暗殺で幕を閉じてきた。
だからこそ、百一回目の今世、私はこの人生のテーマを掲げたのだ。 ――今度こそ、ベッドを伴侶にする。枕を唯一の神として崇める。 そして何より、絶対に、死んでも、働かない。
「ユラリア! 貴様がリリアンに行った数々の卑劣な嫌がらせ、もはや言い逃れはできんぞ!」
ジークフリートが、偽造された証拠書類をこれ見よがしに叩きつけた。 リリアンは潤んだ瞳で私を見上げ、折れそうなほど細い肩を震わせる。
「ユラリア様……私の教科書を火属性魔法で燃やすなんて……私、ただ殿下とお話ししたかっただけなのに……」
(((……ちょっと待って。その教科書、私が『防水・防汚・自動ページめくり機能』を付与してあげた、世界に一冊のフルカスタマイズ特装本じゃない。燃えるわけないでしょ。むしろ、あの本を燃やすには火竜の吐息が必要なんだけど?)))
しかし、私は反論など一文字もしない。 ここで無実を証明してしまえば、「聡明で有能な公爵令嬢」というレッテルが私を再び縛り上げる。この筋肉質の王子を内政面で支え、一生終わらない書類仕事と外交儀礼に追われる日々に戻るだけだ。
「……否定はいたしません」
私は、悲劇のヒロイン界の頂点に立てるほどに儚く、そして絶望に満ちた(つもりの)表情で、地面に膝をついた。
「殿下がそのようにおっしゃるのであれば、私は何も申しません。ただ、私のような『罪深き女』は、この華やかな王都にいる資格などございません。……私を、北の果ての『霧の別荘』へ追放してください」
会場が、一気に静まり返った。 『霧の別荘』――別名、寂静の荒野。 そこは魔力が異常な速度で吸い取られるデッドゾーンであり、一度足を踏み入れれば強力な魔獣に食われるか、魔力を枯渇させて数日で衰弱死すると言われる呪われた土地だ。
「……ほう。自ら死を選び、罪を贖うというのか」
ジークフリートが、残酷に口角を上げた。 「よかろう。潔いではないか。貴様の望み通りにしてやる。今すぐ、その身一つで王都を去れ!」
「感謝いたします、殿下……。寛大なお心に、痛み入ります……」
私は深々と頭を下げた。
(((感謝するわ、本当に! あそこは地脈の結節点。吸い取られる魔力以上に、地面から無尽蔵に魔力が噴き出しているパラダイスじゃない! 霧は天然のプライバシー保護カーテン、魔獣は不法侵入者を防ぐセキュリティ。あんなに昼寝に最適な場所、世界中どこを探しても他にないもの!)))
私は優雅に立ち上がると、一度も振り返ることなく会場を後にした。 背後でリリアンが勝ち誇ったように笑い、ジークフリートが彼女を抱きしめる気配がする。かつての友人たちが私に石を投げるような言葉を浴びせてくるが、今の私にはそれさえも、心地よい「退職祝い」のファンファーレに聞こえた。
城門の外に用意されていたのは、一台のボロボロの馬車。 御者すらも「呪われる」と恐れて逃げ出したらしく、手綱は適当に結ばれている。
私は乗り込む直前、一度だけ王都の夜景を振り返った。 美しく、そしてあまりにも息苦しかった私の「職場」。
「さらば、社会! さらば、人間関係! 私の『終身名誉・帯薪休假(給料付き永久バカンス)』が、いま、始まるのよ!!」
馬車がガタガタと動き出す。 見送る騎士たちは、ユラリアの背中に「すべてを悟り、人類のために死を受け入れた聖女」の神々しい後光を見たという。
――しかし、本人の頭の中にあるのは。 (((まずは、魔法で『全自動・肩もみ機能付き・形状記憶低反発ベッド』を構築しなきゃ。ああ、シーツの素材は何にしようかしら……)))
という、極めて生産的な「怠慢計画」だけであった。
22
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
婚約破棄ですか???実家からちょうど帰ってこいと言われたので好都合です!!!これからは復讐をします!!!~どこにでもある普通の令嬢物語~
tartan321
恋愛
婚約破棄とはなかなか考えたものでございますね。しかしながら、私はもう帰って来いと言われてしまいました。ですから、帰ることにします。これで、あなた様の口うるさい両親や、その他の家族の皆様とも顔を合わせることがないのですね。ラッキーです!!!
壮大なストーリーで奏でる、感動的なファンタジーアドベンチャーです!!!!!最後の涙の理由とは???
一度完結といたしました。続編は引き続き書きたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
水しか操れない無能と言われて虐げられてきた令嬢に転生していたようです。ところで皆さん。人体の殆どが水分から出来ているって知ってました?
ラララキヲ
ファンタジー
わたくしは出来損ない。
誰もが5属性の魔力を持って生まれてくるこの世界で、水の魔力だけしか持っていなかった欠陥品。
それでも、そんなわたくしでも侯爵家の血と伯爵家の血を引いている『血だけは価値のある女』。
水の魔力しかないわたくしは皆から無能と呼ばれた。平民さえもわたくしの事を馬鹿にする。
そんなわたくしでも期待されている事がある。
それは『子を生むこと』。
血は良いのだから次はまともな者が生まれてくるだろう、と期待されている。わたくしにはそれしか価値がないから……
政略結婚で決められた婚約者。
そんな婚約者と親しくする御令嬢。二人が愛し合っているのならわたくしはむしろ邪魔だと思い、わたくしは父に相談した。
婚約者の為にもわたくしが身を引くべきではないかと……
しかし……──
そんなわたくしはある日突然……本当に突然、前世の記憶を思い出した。
前世の記憶、前世の知識……
わたくしの頭は霧が晴れたかのように世界が突然広がった……
水魔法しか使えない出来損ない……
でも水は使える……
水……水分……液体…………
あら? なんだかなんでもできる気がするわ……?
そしてわたくしは、前世の雑な知識でわたくしを虐げた人たちに仕返しを始める……──
【※女性蔑視な発言が多々出てきますので嫌な方は注意して下さい】
【※知識の無い者がフワッとした知識で書いてますので『これは違う!』が許せない人は読まない方が良いです】
【※ファンタジーに現実を引き合いに出してあれこれ考えてしまう人にも合わないと思います】
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾もあるよ!
◇なろうにも上げてます。
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
悪霊令嬢~死した聖女憎悪に染まりて呪いを成す~
女譜香あいす
ファンタジー
数え切れない人々をその身に宿す奇跡の力で救ってきた少女、サヤ・パメラ・カグラバ。
聖女と称えられた彼女であったが陰謀の末に愛した者から婚約破棄を言い渡され、友人達からも裏切られ、最後には命を奪われてしまう。
だがそのとき感じた怒りと悲しみ、そして絶望によって彼女の心は黒く歪み、果てにサヤは悪霊として蘇った。
そして、そんな彼女と世を憎みながらもただ生きる事しかできていなかった一人の少女が巡り合う事で、世界に呪いが拡がり始める事となる。
これは誰よりも清らかだった乙女が、憎悪の化身となりすべての人間に復讐を果たす物語。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる