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第三巻:天上のニート生活
第一話:【天空】成層圏の静寂と、神々への宣戦布告(寝言)
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地上のあらゆる騒音、しがらみ、そして「責任」という名の重力から解き放たれ、ユラリアの邸宅は今、高度一万メートルの成層圏を優雅に漂っていた。
「……完璧。……静かだわ。静かすぎて、自分の心臓の音すら子守唄に聞こえる……」
ユラリアは、特注の「形状記憶・魔力雲ベッド」の中で、液体のように身体を溶かしていた。 窓の外を見れば、そこには宝石を散りばめたような星空と、透き通るような紺碧の闇が広がっている。時折、浮遊島の結界をかすめて流星が通り過ぎるが、その音さえもユラリアにとっては「天然のリラックス・ノイズ」に過ぎない。
彼女が現在、全身に纏っているのは、シャドウが時空の果てから回収してきた「星の屑を織り込んだナイトウェア」だ。体温に合わせて自動で質感が変化し、冬はカシミアのような暖かさ、夏はシルクのような冷涼さを提供する、寝具の極致である。
(((ああ……前世の私に見せてあげたい。満員電車で潰されていた私、深夜三時にエナジードリンクを飲んでいた私。……見て、今の私は『雲の上』で寝ているのよ)))
ユラリアが幸福な夢の入り口に足をかけた、その時だった。
「――待ちなさい、人の子よ。この『神の領域』を土足で、それもパジャマで侵すとは、不遜にも程があります」
突如として、寝室のテラスに眩い光が降り注いだ。 光の中から現れたのは、黄金の甲冑に身を包み、背中に四対の白い翼を持つ麗しき存在。天界の門番にして、神の代弁者たる「暁の女神・ルミナス」である。
彼女は、地上の人間たちが勝手に空へ島を浮かべ、あろうことか「神々の住まう領域」で昼寝を始めたことに、激しい怒りを感じて降臨したのだ。
「聞きなさい、ユラリア。貴女の行いは世界の秩序を乱しています。速やかに島を下ろし、地上で罪を……」
ルミナスが威厳たっぷりに説教を始めたが、ユラリアは……起きなかった。 むしろ、眩しい光を遮るように、抱き枕にしていたネロの尻尾をギュッと顔に押し当て、不機嫌そうに寝言を漏らした。
「……むにゃ。……五月蝿い、電球……。消灯時間は、もう過ぎてるわよ……。……シャドウ、この電球……お掃除して……」
「……で、電球!? 誰がですか! 私は神の——」
「御意に、我が主(マスター)」
影から音もなく現れたシャドウが、漆黒の触手で女神の口を塞いだ。 さらに、異変を察知して駆けつけた神龍王ネロが、その巨大な黄金の瞳でルミナスを睨みつける。
「……静かにしろ、羽虫め。お嬢様の『三度寝』は、銀河の誕生よりも優先されるべき聖務だ。その五月蝿い光を消さぬなら、貴様の神核を砕いて、お嬢様の『夜灯(常夜灯)』にしてくれるぞ」
「ひっ……!? な、なんなのですか、この場所は! 龍王に、高位の影神、それに、この少女から溢れ出す『怠惰の魔力』……! 神界の平穏が、一瞬で侵食されていく……!」
ルミナスは戦慄した。 本来、神の威光に触れれば人間は跪き、その魂を焼き切られるはずだ。しかし、ユラリアの「寝るという執念」は、神の権能さえも「安眠の邪魔」として無効化し、逆に神の方を「自分を照らす便利なライト」程度にしか認識していない。
「アルベルト様、お客様かしら?」 ユラリアが、寝ぼけ眼を少しだけ開けて呟いた。
「いいえ、ユラリア様。ただの『迷い込んだ光の精霊』です。今、私が丁寧に……物理的に、お引き取り願うところですので」 アルベルト公爵は、聖剣を抜き放ち、女神の喉元に冷たい刃を突きつけた。
「……わ、わかったわよ! 今日は引き下がるわ! でも、天界の主たちが黙っていないから——」
ルミナスは捨て台詞を残して光の中に消えていった。
ユラリアは、再び静寂が戻った部屋で、「ふぅ……」と満足げな吐息を漏らす。
(((……なんだか、夢の中に明るい電球が出てきた気がするわね。……次は、もっと遮光性の高いカーテンを魔法で作らなきゃ)))
神々が「世界の危機だ」と騒ぎ立てる中、ユラリアの関心は「いかに朝の光をシャットアウトするか」という一点に向けられていた。 こうして、天上の聖域と神界との、壮絶な(と神々が思っているだけの)戦いの幕が開けたのであった。
「……完璧。……静かだわ。静かすぎて、自分の心臓の音すら子守唄に聞こえる……」
ユラリアは、特注の「形状記憶・魔力雲ベッド」の中で、液体のように身体を溶かしていた。 窓の外を見れば、そこには宝石を散りばめたような星空と、透き通るような紺碧の闇が広がっている。時折、浮遊島の結界をかすめて流星が通り過ぎるが、その音さえもユラリアにとっては「天然のリラックス・ノイズ」に過ぎない。
彼女が現在、全身に纏っているのは、シャドウが時空の果てから回収してきた「星の屑を織り込んだナイトウェア」だ。体温に合わせて自動で質感が変化し、冬はカシミアのような暖かさ、夏はシルクのような冷涼さを提供する、寝具の極致である。
(((ああ……前世の私に見せてあげたい。満員電車で潰されていた私、深夜三時にエナジードリンクを飲んでいた私。……見て、今の私は『雲の上』で寝ているのよ)))
ユラリアが幸福な夢の入り口に足をかけた、その時だった。
「――待ちなさい、人の子よ。この『神の領域』を土足で、それもパジャマで侵すとは、不遜にも程があります」
突如として、寝室のテラスに眩い光が降り注いだ。 光の中から現れたのは、黄金の甲冑に身を包み、背中に四対の白い翼を持つ麗しき存在。天界の門番にして、神の代弁者たる「暁の女神・ルミナス」である。
彼女は、地上の人間たちが勝手に空へ島を浮かべ、あろうことか「神々の住まう領域」で昼寝を始めたことに、激しい怒りを感じて降臨したのだ。
「聞きなさい、ユラリア。貴女の行いは世界の秩序を乱しています。速やかに島を下ろし、地上で罪を……」
ルミナスが威厳たっぷりに説教を始めたが、ユラリアは……起きなかった。 むしろ、眩しい光を遮るように、抱き枕にしていたネロの尻尾をギュッと顔に押し当て、不機嫌そうに寝言を漏らした。
「……むにゃ。……五月蝿い、電球……。消灯時間は、もう過ぎてるわよ……。……シャドウ、この電球……お掃除して……」
「……で、電球!? 誰がですか! 私は神の——」
「御意に、我が主(マスター)」
影から音もなく現れたシャドウが、漆黒の触手で女神の口を塞いだ。 さらに、異変を察知して駆けつけた神龍王ネロが、その巨大な黄金の瞳でルミナスを睨みつける。
「……静かにしろ、羽虫め。お嬢様の『三度寝』は、銀河の誕生よりも優先されるべき聖務だ。その五月蝿い光を消さぬなら、貴様の神核を砕いて、お嬢様の『夜灯(常夜灯)』にしてくれるぞ」
「ひっ……!? な、なんなのですか、この場所は! 龍王に、高位の影神、それに、この少女から溢れ出す『怠惰の魔力』……! 神界の平穏が、一瞬で侵食されていく……!」
ルミナスは戦慄した。 本来、神の威光に触れれば人間は跪き、その魂を焼き切られるはずだ。しかし、ユラリアの「寝るという執念」は、神の権能さえも「安眠の邪魔」として無効化し、逆に神の方を「自分を照らす便利なライト」程度にしか認識していない。
「アルベルト様、お客様かしら?」 ユラリアが、寝ぼけ眼を少しだけ開けて呟いた。
「いいえ、ユラリア様。ただの『迷い込んだ光の精霊』です。今、私が丁寧に……物理的に、お引き取り願うところですので」 アルベルト公爵は、聖剣を抜き放ち、女神の喉元に冷たい刃を突きつけた。
「……わ、わかったわよ! 今日は引き下がるわ! でも、天界の主たちが黙っていないから——」
ルミナスは捨て台詞を残して光の中に消えていった。
ユラリアは、再び静寂が戻った部屋で、「ふぅ……」と満足げな吐息を漏らす。
(((……なんだか、夢の中に明るい電球が出てきた気がするわね。……次は、もっと遮光性の高いカーテンを魔法で作らなきゃ)))
神々が「世界の危機だ」と騒ぎ立てる中、ユラリアの関心は「いかに朝の光をシャットアウトするか」という一点に向けられていた。 こうして、天上の聖域と神界との、壮絶な(と神々が思っているだけの)戦いの幕が開けたのであった。
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