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第二部
20話…S
翌朝、いつも通り8時近くに目を覚ました颯真が寝起きに目にしたのは。リビングのテーブルにご飯、味噌汁、玉子焼き等を並べていた。彼女が料理を並べているのを見るのは、高熱を出して料理はおろか歩くこともままならない颯真を見かねて、料理を振るまってくれた時以来だ。
(え、新婚?)
寝起きから阿保ここに極まりなことを考えている颯真に対し、彼女はニコリと微笑むと「おはようございます」と挨拶してくれる。既に着替えており、昨日来ていた服を見に纏っていることを少々残念に感じたことは内緒だ。
「勝手に冷蔵庫の中身使ってしまったんですけど…」
「いや、大丈夫、わざわざありがとう」
寧ろドンドン作って欲しい。1人で自分の作った料理を食べる味気ない時間より彼女が作ってくれた料理を2人で食べる時間の方が良い。じーっと彼女の顔を見ていると、彼女が化粧をしていないことに気づく。つまりスッピン。しかし、あまり変わりがないように見える。颯真が穴が空く程見ていなければすぐには気づかなかっただろう。昨夜は色々一杯一杯で風呂上がりの彼女の顔を碌に見ていなかった。
(肌白、普段薄化粧だなとは思ってけど、殆ど変わらないな、可愛い…)
ん、と颯真は気づく。化粧は女の武装だとどこかの雑誌で読んだことがある。それこそスッピンを晒すとすれば、気を許した友人や家族だけでは、と。つまり、自分に気を許してくれているのでは、と。彼氏にスッピンを見せるのに勇気を必要とする女性も少なくはないと聞く。まあ、彼女のことなので単に朝飯を作る前に化粧するのが面倒だったという可能性が高いけど。理由はどうあれ、静香が自分に素を見せてくれているのは凄く嬉しい。
自らの顔をガン見していることに気づいた静香が怪訝そうな表情で「顔に何かついてます?」と訊ねてくる。あ、マズい。不審に思われた、が下手に誤魔化すのも疚しいことをしていると認めることになるので正直に話した。
「…化粧してないんだなって」
「…あ、休みの日は人と出かける予定がない限りしないんですよ、その時の癖で。まあしなくていいかなと、どこか変ですか?」
また彼女は、無意識で颯真が喜ぶことを言う。が、変かと聞かれ浮かれた頭を左右に振り慌てて否定する。
「違う違う、化粧しててもしなくても可愛いなって」
「…」
彼女は数秒停止した後、ありがとうございます、とか細い声で告げた。表情にはあまり出てないが、颯真には分かった、照れていると。自分の心臓がぎゅっと鷲掴みにされた感覚に陥り、猛烈に愛しさが込み上げてくる。抱きしめるくらいなら許してくれるだろうか、それだけで済むか分からないけれど。理性?長期出張に出ると今さっき言っていた気がする。
結局邪なことを考えていた罰が当たり、背後に回り抱きしめた静香に鋭い声で「朝です」と窘められたので、後ろ髪を引かれる思いで身体を離した。
朝食を食べている時寝る前に気になったことを訊ねてみた。「お嬢様なのか」と。
「何か雰囲気がお嬢様っぽいっていうか、一般家庭にお手伝いさん居ないよね、あと親戚に警視正も」
静香は何か言おうとして辞めた、多分颯真の家もお手伝いさんが居ただろうと言いたかったのだろう。しかし、少しでも家族のことに触れていいか分からなかったのだ。颯真からしたら殆ど吹っ切れているので気にしなくてもいいのだが、彼女の気遣いは受け取って置いた。暫し考え込み、彼女はまた口を開く。
「…正直に言えば世間一般にはそうなんだと思いますけど、私と弟は普通に育てられましたよ。中高一貫の私立に通ってましたけど高校、大学時代はバイトもしてましたし。両親も私達にはまともな金銭感覚を持って欲しかったみたいで、好きな物や高い物を何でも買ってもらった記憶はないです。なので私の認識としては『両親がお金を持っているだけ』ですね」
思わず吹き出しそうになった。金持ちかと聞かれ謙遜する、開き直って肯定する人間は数多居るとしても、「親が金持っているだけ」と答える人間がそう居まい。やっぱり彼女と話していると飽きると言うことを知らない。
「バイトしてたんだ、何の」
「本屋です、意外でもないでしょう」
「あー分かる、雰囲気がもう書店員って感じ。滅茶苦茶似合う」
専用のエプロンを付けて店内を走り回る姿を想像しただけで、何かこう来るものがある。もし彼女がバイトしている店に客として足を運んでいたら。年も2つしか違わないし、大学も互いに都内だ。もしかしたらニアミスしていたかもしれない。その時見かけていたら、彼女を気にしていただろうか。
「もしも、俺が客として店に来ていて…まあナンパみたいな形でも声かけてたら少しは気にしてた?」
我ながら馬鹿みたいな質問だ。自分がこんな運命論のようなことを口にするなんて。それでも彼女は真剣に考えてくれた。
「…お客様から声をかけられたらストーカーを疑いますし警戒心を強めますね」
(…うん、分かってた)
静香が「気にしていた」等というこちらが喜ぶ言葉を返さないことなんて。どこまでも現実主義だ。期待していたわけではないが少し落ち込む。そして客として静香を見かけていた世界線の自分、ストーカー扱いされるから気を付けろと言いたい。
「正直颯真さんのような恰好良い人に話しかけられたら、罰ゲームを疑います」
(ん…?)
伏せていた顔を上げる。今彼女はなんて言った?ゆっくりと彼女の言葉を反芻すると…頬が熱を持ち始める。
「…俺の事恰好良いと思ってるの?」
目元を赤く染めつつある颯真に訊ねられた静香はキョトンとした顔になる。
「え、容姿の事ですよね、恰好良いと思ってますけど…」
何故そんなに照れるんだと言わんばかりの視線を向ける静香。道行くどうでもいい人間にそういう言葉を言われたことはあった。しかし静香には言われたことがない。初対面の頃から自分の容姿に何の反応を示さず淡々としていた。その澄ました様子が腹立たしいやら、気になるやら。自分でも良く分かっておらず、悩んでいた。今となっては懐かしい。
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