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8話
しおりを挟む浩介の顔色がサッと悪くなっていく。ワナワナと唇が震えている。怒りの感情なのか悲しみの感情なのか。どちらもなのか。
「は…だ、誰と…っ!まさか樹じゃないだろうな
!」
勘が鋭いのかあっさりと相手を言い当てられてしまう。本人は浩介に知られて、関係が最悪になっても構わないと言っていたが。どうしたものか、と悩んでいるとすぐに答えない灯里の反応で相手のことを悟ったらしい。ハッ、と鼻で笑うと吐き捨てた。
「あいつ、まだ諦めてなかったのかよ…ずっと狙ってやがったな」
「諦め…?」
よく分からない事を口走る浩介に灯里は疑問に満ちた視線を向けた。すると勝ち誇った顔になり、意気揚々と語り始めた。まるで自棄になったかのように。
「樹、昔から灯里のこと好きだったんだよ。あいつは鈍いから自分の気持ちに気づいてなかったし、俺が先に告って付き合い始めた後時々羨ましそうにこっち見てたしな」
衝撃、というほどの事実ではない。昨夜からの樹の態度を思い返すと答えに至るまでのピースは散りばめられていた。ただ灯里がその答えと向き合う勇気が無かっただけだ。
「灯里と樹は仲が良かったし、俺が頼み込んで付き合ってもらったからいつ愛想を尽かされるか、樹に掻っ攫われるか怖かった。あいつ愛想ないし性格面倒だし人の好き嫌い激しいけど、俺みたいに人にどう思われるか一々気にしない、堂々とした奴だしな。灯里を信じてないわけじゃないんだ、ただ俺が自分に自信が、灯里に好かれ続ける自信がなかった。俺ばかり好きなんだって段々と虚しくなって、態度が良くない自覚あったのに気づいても直せなかった」
「私、浩介のことちゃんと好きだった。だから大学の時も許したし、昨日滅茶苦茶傷付いた。自棄になって復讐してやろうと企むくらいにはね」
「…そっか、俺本当馬鹿だな」
浩介は自嘲気味に呟くと、何故裏切ったのかを理由を語り始める。灯里との未来に不安を覚え始めた時に言い寄って来た同期と関係を持ってしまい、ズルズルと続けた。最低だが他の女の影がちらつけば灯里が嫉妬でもしてくれるのでは、と期待もした、と。
灯里は本当馬鹿だね、と呆れたように告げる。確かに浩介のことは好きだったが、一緒にいた時間が長過ぎた。当たり前になって、一緒にいることが義務のように変わってしまっていた。浩介が不安を抱え続けていた以上、いつかこうなっていたのだろう。遅いか早いかの違いだ。浩介のことを大嫌いになったわけではない、ただもう今までのような関係では居られなくなったのだ。浩介は憑き物が落ちた、清々しい顔に変わっていた。
互いの荷物は後日送り、合鍵も同じように送ることに決まりこの日は別れた。別れる前に浩介はこう訊ねてきた。
「樹とはどうすんだ」
「どうもしないよ」
「あいつ、振られてやんの」
ゲラゲラと堪らないとばかりに浩介が笑う。樹の気持ちを暴露したことも、彼なりの復讐なのだろう。灯里にとやかく言う資格はない。
振ったのとは違う。付き合うだとかそういったことを今は考えられないのだ。樹のことを異性としてみたことはないし、寝たからといってその認識は変えられない。これから、樹をどのように見れば良いのか。
浩介と別れた後、灯里は樹に事の顛末を報告するメッセージを送った。それっきり、樹のメッセージ欄を開くことは無かった。早速樹との約束を破ったのである。灯里は自分の鈍さや無神経さに腹が立っていたし、そんな自分が樹と顔を合わせる資格はない、と。この時点で樹のことを考えてない、自分のことしか考えてないのだが無理なものは無理だ。自分勝手な灯里は樹との連絡を一方的に絶った。
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