君がいないと、息が出来ない

遥彼方

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体は変化していくけれど心は同じ。そんな年ごろの私たち

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 結局私はテニス部に入ることにした。彩菜も、君もだ。
 部活のお試し入部期間も終わり、正式に届を出して毎日練習している。といってもまだあまり打たせてもらっていないけれど。

 春の大会に向けて二年生の先輩たちは頑張っている。先生の熱も、私たち一年生よりも先輩たちに注がれている。
 私たち一年生は練習している先輩たちの姿を横目に、球拾いや筋トレに明け暮れた。

 うん。体力をつけるのだって大事だよね。

 学校、宿題、部活。慣れるまでは忙しくて目が回る。
 これで塾とかもあったら、本当に時間ってものがない。彩菜は塾に行ってるんだよ。凄いなあ。

 彩菜いわく、親に入らされた、ウザい、だそうだ。気持ちはわかる。
 良かった、うちの親がのんびり屋で。

 そんなことをつらつらと考えていると、あっという間に君の家の前へ着いていた。

 朝練があるから体操服のジャージで登下校する。私はぶかぶかのジャージの裾から、ちょこんと覗く手の人差し指を立てた。
 私の家の方が君の家よりも少しだけ学校から遠い。だから私は毎朝君の家のインターホンを押す。
 まあどっちも徒歩15分圏内なんだけどね。

 インターホンを押せば、しばらくして君が玄関から顔を出す。これもいつものこと。

「おはよう」
「お……はよ」

 挨拶を返した君の声はひどくしゃがれていた。

「あれ? 風邪ひいた?」
「違ぇ……」
「?」

 風邪じゃないのに、喉が痛いの?
 私は首を傾げたけど、あんなに声が枯れていたら喋るのがしんどいだろうと会話を切り上げた。とりあえず足を学校に向けて動かす。
 君は少し不機嫌そうに私の横に並んで歩く。どうしたんだろうと何気なく君を見ようとした。

 あれ?

 ちょっと目線を上げないと君の顔が見えない。

 今まで君と私は同じように背丈が伸びてきた。私は平均的だったけど、男の子の割に君は少し低い部類で。

 だから君と私の背はずっとどんぐりの背比べ。
 なのに今の君は私よりも5cmくらい背が高い。

「どした」

 足が止まった私を君が振り返った。かすれた声と、ひそめられた眉の下で心配そうな色を浮かべる君の目。

「なんでもない」

 私は首を横に振ってから、小走りに君の横に並んで学校を目指した。


「おはよう」
「おはよー」
「はよーっ」

 教室や廊下で挨拶が飛び交う。控えめなの、気だるそうなの、元気がいいの、色々だ。

「おっはよ」

 彩菜のは元気がいいやつだ。

「おはよう」

 私のは少し落ち着いている。というか普通。

「おはよう」

 すみれのは、やっぱり普通。ま、普通が一番多いよね。

 彩菜と私は同じクラスになった。最初のころは二人でいることが多かったけど、そこへ沙織も加わるようになった。中学生活に慣れ始めた一年生のクラスでも、なんとなく空気が似ているところでグループが出来ている。
 ちなみにすみれは家庭科部だ。

 かばんの中身を片付け終えホームルームが始まるまでおしゃべりが始まる。今日の授業はかったるいとか、昨日のドラマがどうとか、そういうの。彩菜が面白可笑しく話題を振り、すみれがそうだね、とくすくす笑い、私がこうでしょ、ああでしょと広げる。

「そういやさ、今朝の徹の声が酷くてね。本人は風邪じゃないっていうんだけど、だったら何なのよって話だよね」

 私はふっと朝のことを話題に出した。

「ああ、それ声変わりじゃない? 兄貴もなったもん」

 彩菜は上に二人のお兄さんがいる。この子はお兄さんの事を兄貴って呼ぶのよね。

 性格も少し男っぽくてガサツだって本人は言うけど、私は彩菜のことを女らしいって思ってる。確かに口調はお兄さんの影響で荒っぽい時がある。小学校のころから男の子と普通に遊ぶし、活発だ。けど性格は真っすぐでかわいい。

 声変わり。そうか。声変わりだったら風邪じゃなくてもしゃがれるんだ。
 そういえば、小学校の頃にも何人か急に声が低くなった子がいたな。

 私たちの年齢では当たり前のこと。成長による変化。
 だけど私は自分や君に訪れることが想像できてなかった。

 彩菜たちのおしゃべりはまた違う所へ飛んで、ころころと話題は変わっていった。私もそれに合わせたり、自分も話を飛ばしたりして、脈絡のあるんだかないんだかのおしゃべりで時間を楽しく消費する。

 時間も月日もびっくりするくらいにさっさと流れていって、当事者の私たちはそのことに何を思う暇もない。
 後から振り返ったら沢山の宝物や後悔や、選択肢が転がってるのに。

 そうして日常は続く。また今日が終わって、明日が今日に変わった。


 インターホンを押して君を呼び出す。いつも通りの毎朝の日課。

「おはよう」
「おう、おはよう」

 何度も繰り返してきた短い挨拶。けれど君の声は前と違う。

 君の声変わりはほどなくして終わり、ぐっと低い声になった。私は何度聞いても中々慣れなくて、違う人と喋っている気分になってしまう。

「どした、腹でも痛いのか?」
「はあっ? んなわけないでしょ」

 低い声で今まで通りに私をからかう。子供の頃、調子に乗って食べ過ぎては時々お腹を壊した。小学校の高学年になる頃にはそんなことはなくなったけど、時々君は昔を引っ張り出してくる。

「お前、食いしん坊だからな。俺より食うんじゃね?」
「失礼な。いつの話よ」

 小憎たらしい君の顔を睨む。君の顔はやっぱり少し上だ。
 けど中身は同じだ。
 君は隣にいる。すごく上じゃない。

「あー、お前じゃねぇけど、部活やってると腹減るよなぁ」
「だから私はそんなに食いしん坊じゃないっての」

 君のおでこをこつんとやる。にひひ、と笑う君の顔は小学校の時と同じものだった。
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