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君と私に流れる変わらない空気
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中学生活は、いつしかすっかり私たちの当たり前に組み込まれた。
君の声変わりだけでなく、クラスの男子たちの声も低くなっていった。背だってびっくりするくらいどんどん伸びていく。
私たち女子はそれほど背は変わらないけど、体つきが変わっていった。
小学校の頃から膨らみがあった子はもっと豊かに。
ぺたんとしてた子も小さな膨らみを。
男女の差が分かりやすくなっていく。
だからといって中身は変わっていない。幼さとの境界にある思春期という場所にいる私たちだ。小学校の頃と同じ気持ちを持ちながら、変化していく体と生活に少しずつ心も引っ張られていく。
そうして馴染んだ頃、一学期は過ぎて夏休みを迎えた。
ピンポーン。
「こんにちはあ」
夏休みも残り一週間になり、私は君の家のインターホンを鳴らしていた。
「いらっしゃい、千尋ちゃん。徹うー、千尋ちゃんよ」
ドアを開けたおばさんが、階段の上へ呼び掛けた。君の部屋が二階にあるからだ。
「へーい」
二階から声だけ降ってくる。おばさんも私も慣れたもので、靴を脱いで上がって君の部屋へ通してもらった。
「よっ」
「よっ」
二人して片手をあげ、短い挨拶。これが私と君の挨拶。
ベッドと学習机、床には小さなローテーブル。本棚には漫画が並び、ラックには制服と私服が掛けられている。
君のとって基本的に学習机は教科書置き場だ。だから私はローテーブルの前に座る。部屋の主の君はすでに反対側に座っていた。
ローテーブルの上には広げられた宿題。それにさっと目を通した私はやっぱりね、とため息を吐いた。
「昨日から進んでないね」
「おう」
なんで当然のように頷くかなあ。
あぐらをかいた君の横には、床に積まれた漫画本。
宿題そっちのけで読んでたな。気持ちは分かるけどね、もう。
「ほらほら、続き、続き」
「へい、へい」
私が手を振ってうながすと、適当な返事の君がシャープペンを持つ。
私も漢字のノートを開く。私の場合、きっかり二ページずつやれば終わるようにわざと残してる。君が宿題をやってる間、私も何かやってないと悪い気がするからだ。
部屋の中に、カリカリという音が響く。
一人だとさっぱり進まないくせに、こうやって私と宿題をするときは真面目にやるのだ、君は。
やれば出来るのに、どうしてやらないかなあ。
夏休み最後の一週間、こうしてため込んだ宿題をやっつける。小学校からの恒例行事だった。
たった漢字二ページなんて、普通にやったらすぐに終わってしまうから、少し書いては君の手元を見る。
「ちょっと、もう少し綺麗に書きなよ」
ノートに書かれた君の字は、何を書いてるやら。
手の動きがやけに速いと思ったよ。
相変わらず字、汚っ。
「へーき、へーき。宿題なんて終わらせることに意義があるんだよ」
「これじゃ正解なのか不正解なのかも分かんないじゃない」
「いーの、いーの」
私の文句もどこ吹く風の君。仕方ないなあ、と私。
このやり取りも恒例で、君の字があんまり酷い時、私は無言で消しゴムをかけてやる。
「あっ、お前、それはセーフだろ」
「ブッブー。アウトでーす」
慌てる君に、私は指でばつを作った。
読めない平仮名は駄目でしょ。
ゴシゴシと消すと君はこの世の終わりみたいな顔をした。が、無慈悲に消す私。
「ああ、くそ」
ぶつぶつ言いながらも素直に書き直す君。
よしよし。
満足感を覚えてにんまりとした私は、テーブルに頬杖をつき君のノートを監視する。
「嫌なら綺麗に書けばいいでしょ」
「お袋みたいなこと言うなよな」
「おばさんみたいになれるんなら万々歳ね」
おばさんはうちのお母さんと違ってスリムで、ちゃきちゃきしている。お母さんはぽっちゃりを通り越して立派な三段腹なんだもの。なんか抜けてるというか、よくうっかりするし。
「うぇっ、冗談」
君はまずいものでも食べたような顔で肩を竦めた。
そんなこんなで雑談しながらも、君のノートは埋まっていく。今までサボっていた分、まだまだ白紙のページの方が多いけれど。
「出来るんだから、最初っからやってればいいのに」
「やだよ、かったりぃ」
ペンを動かしながら、目だけを私に向けて君はにやりとする。
しょうがないんだから、と私は流す。
これも私たちのお約束。こうなるって分かってるのに、何回繰り返すんだろう。
もっと小さい時、それこそ小学校の二、三年生くらいの時は目くじらたてて本気で怒った。
『ちゃんとやらなきゃ駄目なんだからね』
小さな体を正義感でいっぱいにして、親や先生に言われたことを律儀に守り、君に文句ばかり言っていたものだ。
君は君で、文句ばかりの私に怒り大喧嘩になって、もう口きかない!って家に帰って翌日にはなんとなく仲直り。
大きくなるにつれ私も口を出す頻度が減り、君もあまり言い返さなくなった。
「たまには一人で片付けてみなよ」
私はどうせ出来やしないだろうことを言ってみる。
「やる気が出ねぇ」
案の定、君はへらへらと答えた。
「なぁに? 私が居ればやる気が出るわけ? ふふふ。こんな可愛い女の子と勉強出来るんだから当然よね」
私はふふんと胸を張ってみせる。当然自分の容姿が平凡なのは承知してるけど、ノリだ。
「おお。鬼がいると思えばやるしかねぇからな」
にいぃ、と口角を上げて言う君。
「なんですってえ!」
「ほらみろ、鬼だ」
眉を吊り上げる私を指さして君が笑う。つられて私も笑う。
どうせ私抜きでも君は適当に宿題を終わらせてしまう。私も君とのこの時間なんてほったらかして、さっさと終わらせてもいい。
だけど私はそうしない。君も、私が来るのをいつも待ってる。
ここにあるのは君と私の間に漂う、子供のころから変わらない空気。
この空気が最高に居心地がよかった。
君も同じように思っているのだろうか。
それが少しだけ、気になった。
君の声変わりだけでなく、クラスの男子たちの声も低くなっていった。背だってびっくりするくらいどんどん伸びていく。
私たち女子はそれほど背は変わらないけど、体つきが変わっていった。
小学校の頃から膨らみがあった子はもっと豊かに。
ぺたんとしてた子も小さな膨らみを。
男女の差が分かりやすくなっていく。
だからといって中身は変わっていない。幼さとの境界にある思春期という場所にいる私たちだ。小学校の頃と同じ気持ちを持ちながら、変化していく体と生活に少しずつ心も引っ張られていく。
そうして馴染んだ頃、一学期は過ぎて夏休みを迎えた。
ピンポーン。
「こんにちはあ」
夏休みも残り一週間になり、私は君の家のインターホンを鳴らしていた。
「いらっしゃい、千尋ちゃん。徹うー、千尋ちゃんよ」
ドアを開けたおばさんが、階段の上へ呼び掛けた。君の部屋が二階にあるからだ。
「へーい」
二階から声だけ降ってくる。おばさんも私も慣れたもので、靴を脱いで上がって君の部屋へ通してもらった。
「よっ」
「よっ」
二人して片手をあげ、短い挨拶。これが私と君の挨拶。
ベッドと学習机、床には小さなローテーブル。本棚には漫画が並び、ラックには制服と私服が掛けられている。
君のとって基本的に学習机は教科書置き場だ。だから私はローテーブルの前に座る。部屋の主の君はすでに反対側に座っていた。
ローテーブルの上には広げられた宿題。それにさっと目を通した私はやっぱりね、とため息を吐いた。
「昨日から進んでないね」
「おう」
なんで当然のように頷くかなあ。
あぐらをかいた君の横には、床に積まれた漫画本。
宿題そっちのけで読んでたな。気持ちは分かるけどね、もう。
「ほらほら、続き、続き」
「へい、へい」
私が手を振ってうながすと、適当な返事の君がシャープペンを持つ。
私も漢字のノートを開く。私の場合、きっかり二ページずつやれば終わるようにわざと残してる。君が宿題をやってる間、私も何かやってないと悪い気がするからだ。
部屋の中に、カリカリという音が響く。
一人だとさっぱり進まないくせに、こうやって私と宿題をするときは真面目にやるのだ、君は。
やれば出来るのに、どうしてやらないかなあ。
夏休み最後の一週間、こうしてため込んだ宿題をやっつける。小学校からの恒例行事だった。
たった漢字二ページなんて、普通にやったらすぐに終わってしまうから、少し書いては君の手元を見る。
「ちょっと、もう少し綺麗に書きなよ」
ノートに書かれた君の字は、何を書いてるやら。
手の動きがやけに速いと思ったよ。
相変わらず字、汚っ。
「へーき、へーき。宿題なんて終わらせることに意義があるんだよ」
「これじゃ正解なのか不正解なのかも分かんないじゃない」
「いーの、いーの」
私の文句もどこ吹く風の君。仕方ないなあ、と私。
このやり取りも恒例で、君の字があんまり酷い時、私は無言で消しゴムをかけてやる。
「あっ、お前、それはセーフだろ」
「ブッブー。アウトでーす」
慌てる君に、私は指でばつを作った。
読めない平仮名は駄目でしょ。
ゴシゴシと消すと君はこの世の終わりみたいな顔をした。が、無慈悲に消す私。
「ああ、くそ」
ぶつぶつ言いながらも素直に書き直す君。
よしよし。
満足感を覚えてにんまりとした私は、テーブルに頬杖をつき君のノートを監視する。
「嫌なら綺麗に書けばいいでしょ」
「お袋みたいなこと言うなよな」
「おばさんみたいになれるんなら万々歳ね」
おばさんはうちのお母さんと違ってスリムで、ちゃきちゃきしている。お母さんはぽっちゃりを通り越して立派な三段腹なんだもの。なんか抜けてるというか、よくうっかりするし。
「うぇっ、冗談」
君はまずいものでも食べたような顔で肩を竦めた。
そんなこんなで雑談しながらも、君のノートは埋まっていく。今までサボっていた分、まだまだ白紙のページの方が多いけれど。
「出来るんだから、最初っからやってればいいのに」
「やだよ、かったりぃ」
ペンを動かしながら、目だけを私に向けて君はにやりとする。
しょうがないんだから、と私は流す。
これも私たちのお約束。こうなるって分かってるのに、何回繰り返すんだろう。
もっと小さい時、それこそ小学校の二、三年生くらいの時は目くじらたてて本気で怒った。
『ちゃんとやらなきゃ駄目なんだからね』
小さな体を正義感でいっぱいにして、親や先生に言われたことを律儀に守り、君に文句ばかり言っていたものだ。
君は君で、文句ばかりの私に怒り大喧嘩になって、もう口きかない!って家に帰って翌日にはなんとなく仲直り。
大きくなるにつれ私も口を出す頻度が減り、君もあまり言い返さなくなった。
「たまには一人で片付けてみなよ」
私はどうせ出来やしないだろうことを言ってみる。
「やる気が出ねぇ」
案の定、君はへらへらと答えた。
「なぁに? 私が居ればやる気が出るわけ? ふふふ。こんな可愛い女の子と勉強出来るんだから当然よね」
私はふふんと胸を張ってみせる。当然自分の容姿が平凡なのは承知してるけど、ノリだ。
「おお。鬼がいると思えばやるしかねぇからな」
にいぃ、と口角を上げて言う君。
「なんですってえ!」
「ほらみろ、鬼だ」
眉を吊り上げる私を指さして君が笑う。つられて私も笑う。
どうせ私抜きでも君は適当に宿題を終わらせてしまう。私も君とのこの時間なんてほったらかして、さっさと終わらせてもいい。
だけど私はそうしない。君も、私が来るのをいつも待ってる。
ここにあるのは君と私の間に漂う、子供のころから変わらない空気。
この空気が最高に居心地がよかった。
君も同じように思っているのだろうか。
それが少しだけ、気になった。
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