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恋する彩菜は可愛い
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「ああ、だりぃ」
「右に同じ」
私はくすくすと君の言葉に同意する。
今日も今日とて君とこの道を歩いている。学校まで15分もかからない、この道を。
夏休み明けの気分が乗らない足を、二人して動かす。私たちを追い越す自転車の子も、後ろの方を歩いている幾人かも、みんな同じような顔をしている。
一言で言えば、「学校なんて行きたくない」だ。
そして夏休みが恋しい。
「あーあ、もう一回夏休み来ねぇかな」
「くすくす。終わったばっかりじゃない」
誰もが抱いている願いだと思うけどね。
朝だというのにまだまだ日差しが強い中を、ぐちぐち言う君と歩いて学校に着いた。
「おはよう」
「おっはよ」
彩菜の挨拶はやっぱり元気だ。
気だるそうにかばんの中身を片付ける男子。真っ黒に日に焼けた運動部の子。さっそくおしゃべりに花を咲かせる女子。
どこか夏休み気分が抜けないけれど、騒がしい学校の空気は不思議と肌に馴染む。気がつけば元通りの学校生活だ。
こうして二学期が始まっていった。
二学期からは何が違うかというと、部活では三年生が引退して一年生の練習が本格的なものになる。生活もすっかり部活中心で学校、部活、後は宿題をして寝る。平日はそれで終わる。
「ね、ちょっと相談があるんだけど、いい?」
昼休み、珍しく彩菜が真剣な顔で私とすみれに頼んできた。
なんだろう? と席に着いたまま、私は心の中で首を傾げた。
給食を食べ終えた教室では、誰かの席を中心に二、三人のグループで雑談をしている。私たちもその中の一つだ。
彩菜は私の前の席の椅子に座り、すみれは右隣の椅子を引っ張ってきて座っている。左側は窓なので丁度三人でおしゃべりしやすい。
「いいよ、もちろん」
すみれがふんわりとした笑みで頷く。控えめで大人しいすみれがこうして笑って頷いてくれると、とても話しやすい雰囲気になる。
けれど、彩菜はいつもみたいに直ぐに相談を始めず、落ち着かない様子で自分の指をこねくり回していた。
「あ、あのね」
普段と違って歯切れが悪い。声も少し小さめだ。よっぽど言いにくいことなんだろうか。
私とすみれは小さな声を聞き逃すまいと、前のめりになって彩菜に顔を寄せる。
「あのね、私、好きな人が出来たの」
「ええっ!?」
「えっ?」
ぼそりと呟かれた思わぬ内容に、つい大きな声が出てしまった。すみれも目を丸くしている。
「ごめん」
私は口に手を当て、慌てて声のボリュームを下げる。
他にも話に盛り上がっている女の子たちの笑い声や、男の子の話し声があるから大きな声を出しても別に目立たない。けれど、彩菜は周りにさっと目を走らせた。
そりゃそうだ。内容が内容だから、他の人に聞かれたくないよね。
「それで、相手は誰」
すみれが少しわくわくした顔で机の上に握り拳を置いた。もちろん声は小さくしている。
「鈴木新先輩」
鈴木先輩は、確か陸上部の人だ。ええと、顔は普通で女子に人気のある人ってわけでもない。
「ほら、今って体育祭に向けて練習してるじゃない? リレーで鈴木先輩が走ってるの見たらかっこよくて」
「ああ、陸上部の人の走りってかっこいいよね」
すみれが納得した声を出し、私はうんうん、と同意した。速いのはもちろんだけど、フォームが違うから余計にかっこよく見えるものだ。
「そういえば彩菜、チーム別リレーで鈴木先輩からバトン受け取ってなかった?」
体育祭は9月の終わりにあるから、夏休みが終わると直ぐに練習が始まる。だから練習の真っ只中。
競技の中には学年ごとのクラス対抗リレーとは別に、赤、青、黄、白に別れたチーム別リレーがある。チームごとに各学年から同じ色のチーム男女二人ずつ選び、そのメンバーで走る。足の速い彩菜はリレーメンバーに選ばれてたんだっけ。
順番はチーム内で自由に決められる。彩菜は第二走者で、同じ青チーム二年男子の鈴木先輩からバトンを受け取るのだ。
「もしかして、そこで好きになっちゃったとか」
私の言葉をすみれがふふっと引き継いだ。
「うん。バトンの練習をしてるんだけど、先輩すごく優しくて」
彩菜は頬をピンクに染めて、恥ずかしそうに微笑んだ。
なんだかその顔がぱあっと華やいでいていつもと違う。そもそもこの子はこんな風にはにかんだ笑顔なんてしない。もっとあけっぴろげに笑う。
その事実が私の胸にすとんと落ちてきた。
すごい、彩菜。今、恋してるんだ。
なんか、いいなあって思った。
「彩菜、可愛い」
ぽつっとすみれが呟いた。すみれも私と同じ気持ちだったみたい。
えっ、と彩菜が驚いたように目を見開いてから瞳が泳ぐ。
「そうかな」
目を伏せて、赤くなっている自分の頬を両手で挟み込んだ。最近伸ばし始めた彩菜の髪が、さらりと桃色の頬に落ちる。
毎日の部活で日に焼けた肌、入学の時よりもシャープになった顎のライン、何よりもうらやましいくらいに大きくなった胸が、両腕に押されて強調された。
恋をすると綺麗になるっていうけど、本当だったんだなあって思う。
「今の彩菜可愛い。うん、応援するよ」
「私も」
すみれが出した右手にならい、私も右手を出した。
「ありがとおっ」
彩菜が嬉しそうに私たちの手を握った。ぶんぶんと勢いよく振られて、握った手ごとすみれと私はがくんがくんと揺らされた。
やっぱりそういう所は彩菜だなあって苦笑する。
応援するって言ったって、何をどうしたらいいのか分からないけれど。
どうか彩菜の恋が上手くいきますように、と祈った。
「右に同じ」
私はくすくすと君の言葉に同意する。
今日も今日とて君とこの道を歩いている。学校まで15分もかからない、この道を。
夏休み明けの気分が乗らない足を、二人して動かす。私たちを追い越す自転車の子も、後ろの方を歩いている幾人かも、みんな同じような顔をしている。
一言で言えば、「学校なんて行きたくない」だ。
そして夏休みが恋しい。
「あーあ、もう一回夏休み来ねぇかな」
「くすくす。終わったばっかりじゃない」
誰もが抱いている願いだと思うけどね。
朝だというのにまだまだ日差しが強い中を、ぐちぐち言う君と歩いて学校に着いた。
「おはよう」
「おっはよ」
彩菜の挨拶はやっぱり元気だ。
気だるそうにかばんの中身を片付ける男子。真っ黒に日に焼けた運動部の子。さっそくおしゃべりに花を咲かせる女子。
どこか夏休み気分が抜けないけれど、騒がしい学校の空気は不思議と肌に馴染む。気がつけば元通りの学校生活だ。
こうして二学期が始まっていった。
二学期からは何が違うかというと、部活では三年生が引退して一年生の練習が本格的なものになる。生活もすっかり部活中心で学校、部活、後は宿題をして寝る。平日はそれで終わる。
「ね、ちょっと相談があるんだけど、いい?」
昼休み、珍しく彩菜が真剣な顔で私とすみれに頼んできた。
なんだろう? と席に着いたまま、私は心の中で首を傾げた。
給食を食べ終えた教室では、誰かの席を中心に二、三人のグループで雑談をしている。私たちもその中の一つだ。
彩菜は私の前の席の椅子に座り、すみれは右隣の椅子を引っ張ってきて座っている。左側は窓なので丁度三人でおしゃべりしやすい。
「いいよ、もちろん」
すみれがふんわりとした笑みで頷く。控えめで大人しいすみれがこうして笑って頷いてくれると、とても話しやすい雰囲気になる。
けれど、彩菜はいつもみたいに直ぐに相談を始めず、落ち着かない様子で自分の指をこねくり回していた。
「あ、あのね」
普段と違って歯切れが悪い。声も少し小さめだ。よっぽど言いにくいことなんだろうか。
私とすみれは小さな声を聞き逃すまいと、前のめりになって彩菜に顔を寄せる。
「あのね、私、好きな人が出来たの」
「ええっ!?」
「えっ?」
ぼそりと呟かれた思わぬ内容に、つい大きな声が出てしまった。すみれも目を丸くしている。
「ごめん」
私は口に手を当て、慌てて声のボリュームを下げる。
他にも話に盛り上がっている女の子たちの笑い声や、男の子の話し声があるから大きな声を出しても別に目立たない。けれど、彩菜は周りにさっと目を走らせた。
そりゃそうだ。内容が内容だから、他の人に聞かれたくないよね。
「それで、相手は誰」
すみれが少しわくわくした顔で机の上に握り拳を置いた。もちろん声は小さくしている。
「鈴木新先輩」
鈴木先輩は、確か陸上部の人だ。ええと、顔は普通で女子に人気のある人ってわけでもない。
「ほら、今って体育祭に向けて練習してるじゃない? リレーで鈴木先輩が走ってるの見たらかっこよくて」
「ああ、陸上部の人の走りってかっこいいよね」
すみれが納得した声を出し、私はうんうん、と同意した。速いのはもちろんだけど、フォームが違うから余計にかっこよく見えるものだ。
「そういえば彩菜、チーム別リレーで鈴木先輩からバトン受け取ってなかった?」
体育祭は9月の終わりにあるから、夏休みが終わると直ぐに練習が始まる。だから練習の真っ只中。
競技の中には学年ごとのクラス対抗リレーとは別に、赤、青、黄、白に別れたチーム別リレーがある。チームごとに各学年から同じ色のチーム男女二人ずつ選び、そのメンバーで走る。足の速い彩菜はリレーメンバーに選ばれてたんだっけ。
順番はチーム内で自由に決められる。彩菜は第二走者で、同じ青チーム二年男子の鈴木先輩からバトンを受け取るのだ。
「もしかして、そこで好きになっちゃったとか」
私の言葉をすみれがふふっと引き継いだ。
「うん。バトンの練習をしてるんだけど、先輩すごく優しくて」
彩菜は頬をピンクに染めて、恥ずかしそうに微笑んだ。
なんだかその顔がぱあっと華やいでいていつもと違う。そもそもこの子はこんな風にはにかんだ笑顔なんてしない。もっとあけっぴろげに笑う。
その事実が私の胸にすとんと落ちてきた。
すごい、彩菜。今、恋してるんだ。
なんか、いいなあって思った。
「彩菜、可愛い」
ぽつっとすみれが呟いた。すみれも私と同じ気持ちだったみたい。
えっ、と彩菜が驚いたように目を見開いてから瞳が泳ぐ。
「そうかな」
目を伏せて、赤くなっている自分の頬を両手で挟み込んだ。最近伸ばし始めた彩菜の髪が、さらりと桃色の頬に落ちる。
毎日の部活で日に焼けた肌、入学の時よりもシャープになった顎のライン、何よりもうらやましいくらいに大きくなった胸が、両腕に押されて強調された。
恋をすると綺麗になるっていうけど、本当だったんだなあって思う。
「今の彩菜可愛い。うん、応援するよ」
「私も」
すみれが出した右手にならい、私も右手を出した。
「ありがとおっ」
彩菜が嬉しそうに私たちの手を握った。ぶんぶんと勢いよく振られて、握った手ごとすみれと私はがくんがくんと揺らされた。
やっぱりそういう所は彩菜だなあって苦笑する。
応援するって言ったって、何をどうしたらいいのか分からないけれど。
どうか彩菜の恋が上手くいきますように、と祈った。
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