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冷えたのにくすぶる、熱
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熱を出した私は先生の部屋で過ごすことになった。翌日、やはり天候が悪くてスキーは中止、ボウリング大会に変更になったらしい。
溶けた雪が服を濡らして、すっかり体が冷えたみたい。私はしっかり風邪を引いてしまった。寝不足もあって布団に入るなり眠ってしまい、気が付けば朝だ。
昨日の夜もみんなは盛り上がったのかな。
いいなあ、ボウリング。楽しそう。
私は布団の中でみんなをうらやましがる。もう治りましたって参加させてもらおうか。
でも部屋には先生がいて、治ったと言っても熱を測られるからすぐにバレる。仕方なく布団を引っ張り上げて目をつむった。
熱がかなり下がったとはいえ体はだるい。朝起きて測った時は37度の微熱だった。
うつらうつらとまどろみながら、私はとりとめのないことを考える。
ああ、夕飯ご馳走だったんだろうなあ。食べたかったなー。
あんなご馳走が食べられることなんてめったにないのに。朝ごはんだって、旅館のは絶対美味しい。
食欲がなかったけれど、茶碗蒸しだけは食べられた。でも熱で舌がばかになっていて、味なんてさっぱり分からなかった。もったいない。
そんな他愛もないことを考えているうちに、私はまた眠ってしまっていた。
「佐藤さん、佐藤さん。起きれる?」
布団の上から先生に揺すられて、私は目が覚めた。
「あ、はい。大丈夫です」
ごそごそと布団から這い出して先生に返事をする。
寝不足はすっかり解消されて、熱も下がったのか今度の目覚めは頭がはっきりしている。背中がぐっしょりと濡れて、ひどく喉が渇いていた。
枕元に置いていたスポーツ飲料をごくごくと流し込んでいると、先生に体温計を渡された。測ってみればすっかり平熱で、先生もほっとした表情を見せる。
先生に渡されたタオルで軽く体を拭いて、着替えた。
先生と一緒に集合場所に行くと、すみれたちが私を見つけて駆け寄ってきた。その中に有栖川さんもいて、私をじっと見ていた。なんとなくその視線にどきりとする。
別に睨んでいるわけでもない。険しい表情でもない。笑ってもいない。なんだか透明な視線。
その視線は少しの間だけだった。
「千尋、大丈夫?」
「佐藤さん、体調はよくなった?」
心配してくれるすみれの後に有栖川さんが続いた。それは修学旅行中に見知った、彼女のごく普通の態度だった。
「うん、ありがとう。ごめんね、心配かけて」
「ほんとだよー」
ワイワイとおしゃべりしつつ他の生徒たちの列へと戻った。
新幹線での帰り道、ほとんどの生徒が眠っていた。ほぼ全滅といってもいいくらい。
一人ばっちりと睡眠をとった私は今更眠れない。車窓の枠へ頬杖をついて、はあ、と大きくため息を吐いた。
あの時。
雪に埋もれて、もうダメだってパニックになった時。私は君の名前を呼んだ。
呼んだっていうか、叫ばなかった?
あれって、他の人に聞こえてないよね。風、すごかったし。
かーっと頬が熱くなる。
これは風邪からくる熱のせいじゃない。
恥ずかしさの熱。
……恥ずかしさの、熱だよ。
私は窓に映る自分の頬が、少し赤くなっているのを確認した。そんな自分を見るのが恥ずかしくて、視線を目の前の窓から外の景色へと移す。
流れていく田園や家々を眺めながら思う。どうして君の名前を呼んでしまったのか。どうして、今、私の胸は熱いのか。
君の名前を呼んだ時の気持ち。
『千尋!!』
君に名前を呼ばれた時の気持ち。
私は体操服を掴んで、ぎゅっと握りしめた。
ううん、違う。君への好きはそんなんじゃない。
家族へ向ける当たり前の愛情と同じ。兄弟みたいなものよ。
小、中学と毎朝、学校へ行こうと誘いに君の家のインターホンを押しに行ったのだって。
夏休み、冬休み、長期の休みのたびに君と一緒に宿題をしたのだって。
私が世話をしてあげなきゃいけない、弟の面倒を見ているようなもの。そんな感情。
一昨日の夜、好きな人はいなくても気になっている人はいると言った有栖川さん。その後、私に君との関係を聞いてきた。有栖川さんが気になっている人っていうのは、たぶん君なんだ。
有栖川さんは、君のことが好きなのかもしれない。
そう思うと、胸の奥に塊ができたような気分になった。それはとても黒くどろりとしていて、あんまり嬉しくない感情だ。
有栖川さんはいい人なのに。夜中に嫌な顔しないでトイレに付いてきてくれた。なのに、そんな感情がわく私が嫌だ。
君の名前を呼んだ、有栖川さん。君にタオルを渡す時の彼女の目。有栖川さんに笑顔を向けてタオルを受け取る君。すごく絵になっていた、並んだ二人の姿。
ずきん、ずきんと痛んだ私の胸と、ほろ苦いコーヒースノーボールの味が思い出された。
あの時私は、君を取られてしまうような気がした。寂しいようなきゅっと締め付けられるような気持ちがした。
でもそれは当たり前のようにいた、身近な人を取られてしまう気持ち。
きっと、そう。
私は君といる時の空気が好きなんだ。
バカみたいなことを、子供のようにムキになって言い合えるあの空気が。
気負いなくいられて、無言でも苦しくないあの空気が。
それがなくなってしまうんじゃないかって思ったら、嫌だった。
それだけ。
溶けた雪が服を濡らして、すっかり体が冷えたみたい。私はしっかり風邪を引いてしまった。寝不足もあって布団に入るなり眠ってしまい、気が付けば朝だ。
昨日の夜もみんなは盛り上がったのかな。
いいなあ、ボウリング。楽しそう。
私は布団の中でみんなをうらやましがる。もう治りましたって参加させてもらおうか。
でも部屋には先生がいて、治ったと言っても熱を測られるからすぐにバレる。仕方なく布団を引っ張り上げて目をつむった。
熱がかなり下がったとはいえ体はだるい。朝起きて測った時は37度の微熱だった。
うつらうつらとまどろみながら、私はとりとめのないことを考える。
ああ、夕飯ご馳走だったんだろうなあ。食べたかったなー。
あんなご馳走が食べられることなんてめったにないのに。朝ごはんだって、旅館のは絶対美味しい。
食欲がなかったけれど、茶碗蒸しだけは食べられた。でも熱で舌がばかになっていて、味なんてさっぱり分からなかった。もったいない。
そんな他愛もないことを考えているうちに、私はまた眠ってしまっていた。
「佐藤さん、佐藤さん。起きれる?」
布団の上から先生に揺すられて、私は目が覚めた。
「あ、はい。大丈夫です」
ごそごそと布団から這い出して先生に返事をする。
寝不足はすっかり解消されて、熱も下がったのか今度の目覚めは頭がはっきりしている。背中がぐっしょりと濡れて、ひどく喉が渇いていた。
枕元に置いていたスポーツ飲料をごくごくと流し込んでいると、先生に体温計を渡された。測ってみればすっかり平熱で、先生もほっとした表情を見せる。
先生に渡されたタオルで軽く体を拭いて、着替えた。
先生と一緒に集合場所に行くと、すみれたちが私を見つけて駆け寄ってきた。その中に有栖川さんもいて、私をじっと見ていた。なんとなくその視線にどきりとする。
別に睨んでいるわけでもない。険しい表情でもない。笑ってもいない。なんだか透明な視線。
その視線は少しの間だけだった。
「千尋、大丈夫?」
「佐藤さん、体調はよくなった?」
心配してくれるすみれの後に有栖川さんが続いた。それは修学旅行中に見知った、彼女のごく普通の態度だった。
「うん、ありがとう。ごめんね、心配かけて」
「ほんとだよー」
ワイワイとおしゃべりしつつ他の生徒たちの列へと戻った。
新幹線での帰り道、ほとんどの生徒が眠っていた。ほぼ全滅といってもいいくらい。
一人ばっちりと睡眠をとった私は今更眠れない。車窓の枠へ頬杖をついて、はあ、と大きくため息を吐いた。
あの時。
雪に埋もれて、もうダメだってパニックになった時。私は君の名前を呼んだ。
呼んだっていうか、叫ばなかった?
あれって、他の人に聞こえてないよね。風、すごかったし。
かーっと頬が熱くなる。
これは風邪からくる熱のせいじゃない。
恥ずかしさの熱。
……恥ずかしさの、熱だよ。
私は窓に映る自分の頬が、少し赤くなっているのを確認した。そんな自分を見るのが恥ずかしくて、視線を目の前の窓から外の景色へと移す。
流れていく田園や家々を眺めながら思う。どうして君の名前を呼んでしまったのか。どうして、今、私の胸は熱いのか。
君の名前を呼んだ時の気持ち。
『千尋!!』
君に名前を呼ばれた時の気持ち。
私は体操服を掴んで、ぎゅっと握りしめた。
ううん、違う。君への好きはそんなんじゃない。
家族へ向ける当たり前の愛情と同じ。兄弟みたいなものよ。
小、中学と毎朝、学校へ行こうと誘いに君の家のインターホンを押しに行ったのだって。
夏休み、冬休み、長期の休みのたびに君と一緒に宿題をしたのだって。
私が世話をしてあげなきゃいけない、弟の面倒を見ているようなもの。そんな感情。
一昨日の夜、好きな人はいなくても気になっている人はいると言った有栖川さん。その後、私に君との関係を聞いてきた。有栖川さんが気になっている人っていうのは、たぶん君なんだ。
有栖川さんは、君のことが好きなのかもしれない。
そう思うと、胸の奥に塊ができたような気分になった。それはとても黒くどろりとしていて、あんまり嬉しくない感情だ。
有栖川さんはいい人なのに。夜中に嫌な顔しないでトイレに付いてきてくれた。なのに、そんな感情がわく私が嫌だ。
君の名前を呼んだ、有栖川さん。君にタオルを渡す時の彼女の目。有栖川さんに笑顔を向けてタオルを受け取る君。すごく絵になっていた、並んだ二人の姿。
ずきん、ずきんと痛んだ私の胸と、ほろ苦いコーヒースノーボールの味が思い出された。
あの時私は、君を取られてしまうような気がした。寂しいようなきゅっと締め付けられるような気持ちがした。
でもそれは当たり前のようにいた、身近な人を取られてしまう気持ち。
きっと、そう。
私は君といる時の空気が好きなんだ。
バカみたいなことを、子供のようにムキになって言い合えるあの空気が。
気負いなくいられて、無言でも苦しくないあの空気が。
それがなくなってしまうんじゃないかって思ったら、嫌だった。
それだけ。
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