君がいないと、息が出来ない

遥彼方

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困った時だけの神頼み

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 高校三年の一学期で家庭科部は引退した。サッカー部の君はもっと早い6月で引退。
 互いに部活を引退すると、私と君は帰る時間が重なるようになった。

 時間が同じになると、示し合わせていなくても校門までに、もしくは校門を過ぎたところでばったり出会う。そうして私たちはまた、どちらからともなく一緒に帰るようになっていた。

 先生も生徒も、受験一色に染まっていく。私も、君も。

 君はここから電車で40分ほどの距離にある大学、私は反対方向の電車で30分の所にある短大を目指す。

 高校生活が終わったら、初めて別々の道を歩くことになる。


 私はそろそろかと玄関のドアの前にスタンバイしていた。
 待つこと数分、玄関のインターホンが鳴る。

 きた。

 でも私はすぐに開けない。
 少し待ってから、玄関前で待ってたなんてことないって顔でドアを開ける。

「よっ」

 玄関のドアを開ければ、君が片手を上げて立っていた。

「よっ」

 私も同じように片手を上げる。
 って、そうじゃない。ついいつものノリで挨拶してしまった。

「あけましておめでとうございます」

 私は両手を前で重ねて、なるべくおしとやかにお辞儀をする。今日は元旦。新年の挨拶くらいきっちりしなくちゃね。

「おう。あけおめ、ことよろな」

 私がきちんと挨拶したのに、君から返ってきたのは普段通りの簡単なもの。

「なに、その適当な挨拶」

 私は面白くなくて頬を膨らませる。

「別に今さらいいだろ」
「そりゃそうだけど」

 なによ、もう。
 新年最初の挨拶なのに。その反応。
 新年早々、私はむくれて君の横に並んだ。

 高校三年の冬休み、新年を迎えた私と君はセンター試験を間近にひかえた受験生だ。
 出来る限りの勉強はした。だったら残るは神頼みくらいなもの。


 普段初詣に行く近所の神社ではなく、少し足を伸ばした場所の神社。学業ですごく有名というわけではないけど、それなりに人気がある。

「ええと、テレビでやってたけど真ん中を歩いちゃ駄目だったよね」
「おう。やってたな。ま、適当でいいんじゃね?」
「だめだめ、合格のお願いしに行くんだから」
「普段信心なんてねぇじゃねぇかよ」

 君は呆れたように眉尻を下げる。反対に私の眉は吊り上がった。

「普段がそうだから今だけでも敬うの!」
「へいへい」

 両手を上げて君が降参のポーズ。ちゃんと鳥居の前で礼をして端に寄り、参道の階段を歩いた。

「うわ、凄い人」

 階段を上り終えると急に人が増えた。下の方でも多かったけど、こっちは倍以上だ。
 近所の神社とは大違い。人でごった返していた。
 夏祭りよりもよほど人が多いよ、これ。進むのもすれ違うのも一苦労。流石、近所のおじいちゃん、おばあちゃんしか行かないマイナーな神社とメジャーな神社は違う。

 手水舎に並んで手を清める。そこから今度は拝殿に向かう……んだけど。

 拝殿に近付くにつれて人ごみはさらに密度を増した。

「なかなか進まないね」
「おう」

 右も左も、前も後ろも人、人、人。進んでいるというよりも、人に押されるようにして前へ前へとじりじり賽銭箱に近付いていった。

「やっときた」

 賽銭箱の前まで来た私は、一礼をしようとした。けれど後ろからおじさんに押されてよろけそうになる。

「おい、こら」

 ぐい、と肩が掴まれて私の体が安定した。私との間に体を割り込ませた君がおじさんを睨んでいる。

「悪い、俺も後ろから押されてるんだ」

 焦ったようにおじさんが小さく両手を上げた。見れば確かにおじさんも押されているようで、ゆったりめのスラックスに包んだ足を突っ張っている。

「徹、これだけ混んでたら仕方ないよ」

 大丈夫だからと、私は小さく君のコートの裾を引っ張った。

「ちっ、気をつけろよ」

 不機嫌そうな顔で君は私の肩を掴んだまま後ろに陣取った。おかげで私は人に押されないで済んだ。急いで作法通りに一礼、お賽銭を入れて鈴を鳴らして、二礼、二拍手、少ししてからまた一礼。
 君もささっと同じことをやると、列から抜け出した。

 拝殿から離れて人が少なくなるまでずっと、肩は掴まれたままだった。
 肩と背中を包みこまれる力強さが嬉しくて。胸があったかくなる。

 守ってくれたんだ。

 後ろにいる君を見上げると、ふい、と顔をそらされた。肩から手が離れる。むっつりとした仏頂面だけど、付き合いの長い君と私だ。照れ隠しなのは分かってる。

「徹……」

 私が素直に感謝を伝えようとした時。
 聞き覚えのある声がかかった。

「藤河くん? 佐藤さん?」

 二人で声の方向を向くと、声の主は初詣らしい着物姿の有栖川さんだった。

 黒髪をふわりとまとめ、和風のかわいいリボンで飾っている。綺麗な水色にピンクの牡丹となでしこの花が描かれた振袖は、ちょっぴり現代風で有栖川さんにとても似合っていた。

 いつも以上に華やかな有栖川さんは、周りにいる彼女連れの男性たちの目も奪っているようで、何人かが彼女に小突かれたり頬をつねられている。

「あけましておめでとう。二人とも初詣?」

 そう言って有栖川さんがにっこり笑うと、花が咲いたみたいだ。

「あけましておめでとう。うん。合格祈願にね」

 挨拶を返して私が笑うと、君も有栖川さんに笑って挨拶をした。

「あけましておめでとう。一応受験生だから。有栖川もか?」
「そうなの。近い所だとここくらいでしょう?」
「ははは、確かに」

 ちょっと待って。私の時と挨拶が違ってない?
 あけおめ、ことよろで済ましたよね?

「新年早々、美人に会えてラッキー。こりゃ、ご利益あるな」

 でれでれと鼻の下をのばした君が言う。

「着物、すげー可愛い。よく似合ってるよ」

 それから少し照れたように有栖川さんを褒めた。

「……ありがとう」

 君の言葉に、有栖川さんの頬が桜色に染まる。恥ずかしそうに、でも嬉しそうに微笑んだ。

 なによ。私にはそんなこと言わなかったくせに。
 なによ。私にはそんな顔しないくせに。

 私といる時、君はいつもニヤニヤしていたり、無邪気に笑ってる。照れたらそっぽを向く。子供の頃から変わらない態度だ。

 今、有栖川さんを見る君の横顔は少し大人びていて。
 君を見る有栖川さんの横顔は眩しかった。

 君は私の隣にいるのに。ほんの少し手を伸ばせば届く距離なのに。

 とても遠く、感じた。
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