絶砂の恋椿

ヤネコ

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君の名はマリウス・後

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 ムーシュ率いる傭兵らが取り囲むよりも早く、カメリオ達は此度の作戦における護衛対象であり囮でもあるトゥルース達をその背に庇った。非戦闘員であるトゥルース達を守りつつ、三方からの攻撃に備える戦法である。
「おいおい、ガキが三匹ぽっちでどうするつもりだ?」
「あんましふざけてっと、おじちゃん達が泣かせちゃうぞお?」
 特製の煙幕により少なくない人数が前後不覚となり、無事であった者も士気を削がれた傭兵達であったが、カメリオ達が小勢であり、まだ年若い様にすっかりと気勢を取り戻したようだ。にたにたと嗜虐的な笑みを浮かべながら、得物をちらつかせて傭兵の一人がカメリオに顔を寄せる。
「よお、かわいこちゃん。俺達がたっぷりと可愛がってや――――ごぶッ!?」
 言い終わらぬうちに、傭兵は派手に吹き飛んだ。カメリオの鎚により強かに横腹を殴り飛ばされたのだ。
「お喋りしてないで、かかってこいよ」
 カメリオは自身の母親に似た顔自体は嫌いではなかったが、その美貌について揶揄いを受けるのは嫌いだった。カメリオの冷ややかな声での挑発を受けて、やや遠巻きににやついていた傭兵達の眉間に、濃い殺気が宿る。
「舐めやがって……マグレ当たりで図に乗ってんじゃねえぞ!?」
「グチャグチャに切り刻んで砂蟲に喰わせてやるぜ!」
 傭兵達は得物を抜き、一斉にカメリオ達に躍り掛かる。そこには戦術的な連携などは欠片も無く、飢えた野犬の群れが餌に群がるかのようでもあった。然もありなん、ここに集まっているのは、故郷では活計を立てられない傭兵の中でも、食い詰めた落ち零ればかりだ。しかし、相手を殺傷するに躊躇が無い成人の男が武装して大勢集まっているというのは、それだけで充分な脅威だ。ムーシュは多勢に無勢のこの状況に、傭兵達を相手取る青年達はそう長くは持つまいと確信していた。
「がはぁッ!!」
 だが、後方から傭兵達をけしかけるムーシュからは死角に居る傭兵達――カメリオ達と当に交戦中の者達は、自身の認識を圧倒的な力量差に塗り替えさせられていた。人集りに隠された彼等の怯えた表情は、幸か不幸か彼等が蹂躙するはずであった者達からしか見えない。
「チッ……拳の方が闘りやすいぜ」
 迫り来る敵を鎚で跳ね飛ばしながら、ヤノは小声で毒づく。拳闘が趣味であるヤノは、自分の拳ではなく鎚が人の肉を打ち据える感覚に、幾許かの違和感を覚えていた。だが、ヤノは傭兵らに手心を加えるつもりは毛頭無い。自身の手緩さが仲間の危機を招き、この島の未来が双肩にかかったトゥルースを喪うことになりかねないと、ヤノは理解していた。
「おいおいどうした!? てめえらそんなもんかよ!!」
 一方、アルミロは傭兵達の不甲斐ない様子に、腹立たしさを感じていた。そこには、アルミロや彼の友と同様に『良いように遣われた者』である傭兵達が、まるで腑抜けのように感じられることへの青年らしい苛立ちがあった。酒に溺れ、ろくに鍛錬もしていない中年の傭兵達と、日々砂蟲の脅威に向き合い、直向きな鍛錬を重ねる青年達との力量差に対して、当然だと受け止めるほどアルミロは成熟してはいない。
「戦う相手が弱くて逆上するなんて、意味不明が過ぎますね」
「そう言うな。彼には彼の美学があるのだろう」
 トゥルースも、他者には理解され難い美学を持っている。ガイオを慕うアルミロ達から、殴られ、蹴られ、雑魚と呼ばれたトゥルースは、漠然とアルミロの怒りを理解していた。トゥルースの言葉に、ズバイルも思うところがあったのか、顎に手を添えて小さく唸る。
「はーっ、三人ともどえれぇ強さでやすな」
「親分が厳選した精鋭だ。寄せ集めの連中に劣ることは有り得ないさ」
 特等席で激戦を観戦する心地のタルズは、感心した声で青年達を称えた。羽虫のように集り来る傭兵達が、文字通り次々と打ち落とされている。それも、たった三人の青年達によってだ。タルズのはしゃいだ声に応えるトゥルースは、ガイオは部下を捨て石にする男ではないと知っている。この場に送り込まれた彼等は、小勢ではあるものの一人当千の優れた戦闘能力を持つ青年達だ。
「――はっ!? 二人掛かりとは卑怯な!!」
 戦況の不味さに気付いたのか、ようやく戦術らしいものを組み立てだした傭兵達によるカメリオへの攻撃を、ズバイルは生真面目に非難した。だが、攻撃を受けるカメリオは動じていない。左方から迫る敵の手首を砕き、膝を蹴り潰したかと思えば、鎚を持ち替えて右方から迫る敵を跳ね飛ばした。カメリオの目まぐるしくも鮮やかな美技に魅了されるトゥルースの目には、揺れる銀灰色の髪すら神々しく映る。
「やはり、君は……俺の戦神だ」
 思わず呟いた言葉は、トゥルース本人の耳にも陶然とした情熱を含んで聞こえた。タルズが鼻で笑うのが聞こえたような気がしたが、トゥルースは気にしないことにした。
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