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君の名はマリウス・後
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「このガキ共、化け物かよ……」
「や、やっぱり墓所で悪さしちゃなんねえって……」
青年達に躍り掛かった者達が悉く打ちのめされていく状況に、とうとう傭兵達の口から不安が言葉となって漏れ出した。空気の変化に気付いたムーシュは、怒鳴り声で彼等の言葉を否定する。
「ここには死体は無いだろうが! なにビビってんだ!」
バハルクーヴ島では遺髪等、身体の一部のみを墓所に埋葬する。遺骸は南の断崖絶壁に棺を吊し、やがて大地に還すのが、この土地での古くからの慣習だ。旧文明時代から土葬が主流である、海都に程近い島で生まれ育ったムーシュからすれば、ここはただの偽物だ。恐れる理由など、あるはずもない。
「お、俺ぁ降りるぜ! あばよ!」
「あいつらみてえに腕だの脚だの潰されちゃ、しょ、商売になんねえからな!」
「おい!? 待て!!」
しかしムーシュの発破は、仲間達が次々と戦闘不能に陥る様に心が折れた傭兵には、いまいち効果を発揮しなかったようだ。先の煙幕により負ったダメージから幾分回復した傭兵達も、我先にとこの場から逃げ出す。
「この、役立たず共が……!」
「うるせえ! だったらテメエでなんとかしやがれ!!」
忌ま忌ましげに捨て台詞を吐いたムーシュに、逃げ出す傭兵は捨て台詞を吐き返す。形勢不利と見るや恥も外聞もなく逃げ出せる性根こそが、故郷では箸にも棒にもかからなかった彼等を、過酷な傭兵暮らしの中で生き存えさせてきたのかもしれない。
やがて、傭兵達に伝搬した恐慌の空気は、身動きができる者達をすっかりと墓所から退かせた。
(……弓なり弩なり遣う野郎を飼えなかった、俺の落ち度か)
手駒を全て失ったムーシュは、ここに来て冷静さを取り戻した。自身を追い詰めたのは、想定外の強さを発揮する青年達でもムーシュを裏切った子飼いの者達でもなく、明日にも狩られるかもしれないという焦りにより濁った自身の思考そのものだと、ムーシュは自覚した。
「残ってるのは、テメエだけだな」
「覚悟しやがれ! このクソッタレ野郎!」
ヤノはムーシュを鋭い視線で睨め付け、アルミロは鎚の頭をムーシュに向ける。警戒を解かない一団に両手を挙げて近づいたムーシュは、どっかりと地面に胡座をかいた。
「俺の負けだ。煮るなり焼くなり……好きにしな」
「わかった」
ムーシュの腹が据わったような言葉を聞くなり、カメリオはムーシュの顎先を強かに蹴り飛ばした。これには、アルミロが慌ててカメリオの肩を掴む。
「おいっ! そいつは俺の獲物だぞ!?」
「だってこいつ、懐に何か隠してる」
全く悪びれた様子がないカメリオの言葉を受けて、ヤノは失神したムーシュの懐を漁る。程なくして、蝋燭にも似た形態の不気味な金属筒が見つかった。ヤノにはこれが何かはわからなかったが、形容しがたい禍禍しさがぞわりと背を伝う。
「こいつは……なんだ?」
「その紐を引けば直ちに炸裂し――近くに居る者を巻き込んで、殺傷する道具だ」
「チッ……ろくでもねえ」
トゥルースの答えは、ヤノの脳裏に悍ましい光景を描かせたようだ。舌打ちするヤノに、トゥルースは同感の意を込めて頷く。
ムーシュが懐に隠し持っていたそれは、群雄割拠時代の海都では確実性が高い暗殺の道具として多用されていたが、もう何年も前に製造及び使用を連合の議会により禁止された代物だ。クーロシュは定めを冒し、手下の命と引き換えにしても、トゥルースを屠りたかったらしい。トゥルースは自らの油断に苦い心地を覚えつつ、カメリオに向き直った。
「カメリオ、また君に命を助けられたな……どうして気付けたんだ?」
「こいつが一瞬、自分の腹のとこ見て笑ったから……何か、あると思って」
トゥルースの問いに、カメリオは面映ゆげに答える。身体能力に加えて、動体視力も優れているようだ。カメリオの言葉と愛らしい照れ顔は、トゥルースの心を慰めた。
「くそっ! 俺が先に気付いてりゃあの野郎をボッコボコにしてやったのによ!」
「今そんな話をしていないでしょう。お馬鹿」
「お馬鹿じゃねえ! 俺ぁアルミロだ!」
カメリオの言葉に悔しさを隠さないアルミロを、ズバイルはやれやれと窘める。気絶したムーシュを縛り上げ、辺りに漂う空気がやや緩んだところで、タルズがぼそりと呟いた。
「あのチビは、まだ戻ってこねえでやすな」
タルズの言葉に、エリコの事は心配ではありながらも目的――ムーシュの確保――を完遂するまでは、敢えて頭の隅に追いやっていたらしいヤノは、眉間の皺を深くした。
「ヤノ、エリコの救援に向かってくれるか? 彼を追った傭兵は少なくない人数だったはずだ」
「了解」
ヤノはトゥルースの注文に短く応え、視線でヤノを慮るカメリオには、ぎこちない笑顔を向けた。
「……心配すんな。あいつはそう簡単にくたばるタマじゃねえよ」
倒れ伏す者達の合間を縫うように駆けるヤノの頬に、冷や汗が伝う。傭兵達との交戦中に流した汗とは異なるそれを、ヤノは悪い予感と呼ぶつもりは毛頭無かった。
「や、やっぱり墓所で悪さしちゃなんねえって……」
青年達に躍り掛かった者達が悉く打ちのめされていく状況に、とうとう傭兵達の口から不安が言葉となって漏れ出した。空気の変化に気付いたムーシュは、怒鳴り声で彼等の言葉を否定する。
「ここには死体は無いだろうが! なにビビってんだ!」
バハルクーヴ島では遺髪等、身体の一部のみを墓所に埋葬する。遺骸は南の断崖絶壁に棺を吊し、やがて大地に還すのが、この土地での古くからの慣習だ。旧文明時代から土葬が主流である、海都に程近い島で生まれ育ったムーシュからすれば、ここはただの偽物だ。恐れる理由など、あるはずもない。
「お、俺ぁ降りるぜ! あばよ!」
「あいつらみてえに腕だの脚だの潰されちゃ、しょ、商売になんねえからな!」
「おい!? 待て!!」
しかしムーシュの発破は、仲間達が次々と戦闘不能に陥る様に心が折れた傭兵には、いまいち効果を発揮しなかったようだ。先の煙幕により負ったダメージから幾分回復した傭兵達も、我先にとこの場から逃げ出す。
「この、役立たず共が……!」
「うるせえ! だったらテメエでなんとかしやがれ!!」
忌ま忌ましげに捨て台詞を吐いたムーシュに、逃げ出す傭兵は捨て台詞を吐き返す。形勢不利と見るや恥も外聞もなく逃げ出せる性根こそが、故郷では箸にも棒にもかからなかった彼等を、過酷な傭兵暮らしの中で生き存えさせてきたのかもしれない。
やがて、傭兵達に伝搬した恐慌の空気は、身動きができる者達をすっかりと墓所から退かせた。
(……弓なり弩なり遣う野郎を飼えなかった、俺の落ち度か)
手駒を全て失ったムーシュは、ここに来て冷静さを取り戻した。自身を追い詰めたのは、想定外の強さを発揮する青年達でもムーシュを裏切った子飼いの者達でもなく、明日にも狩られるかもしれないという焦りにより濁った自身の思考そのものだと、ムーシュは自覚した。
「残ってるのは、テメエだけだな」
「覚悟しやがれ! このクソッタレ野郎!」
ヤノはムーシュを鋭い視線で睨め付け、アルミロは鎚の頭をムーシュに向ける。警戒を解かない一団に両手を挙げて近づいたムーシュは、どっかりと地面に胡座をかいた。
「俺の負けだ。煮るなり焼くなり……好きにしな」
「わかった」
ムーシュの腹が据わったような言葉を聞くなり、カメリオはムーシュの顎先を強かに蹴り飛ばした。これには、アルミロが慌ててカメリオの肩を掴む。
「おいっ! そいつは俺の獲物だぞ!?」
「だってこいつ、懐に何か隠してる」
全く悪びれた様子がないカメリオの言葉を受けて、ヤノは失神したムーシュの懐を漁る。程なくして、蝋燭にも似た形態の不気味な金属筒が見つかった。ヤノにはこれが何かはわからなかったが、形容しがたい禍禍しさがぞわりと背を伝う。
「こいつは……なんだ?」
「その紐を引けば直ちに炸裂し――近くに居る者を巻き込んで、殺傷する道具だ」
「チッ……ろくでもねえ」
トゥルースの答えは、ヤノの脳裏に悍ましい光景を描かせたようだ。舌打ちするヤノに、トゥルースは同感の意を込めて頷く。
ムーシュが懐に隠し持っていたそれは、群雄割拠時代の海都では確実性が高い暗殺の道具として多用されていたが、もう何年も前に製造及び使用を連合の議会により禁止された代物だ。クーロシュは定めを冒し、手下の命と引き換えにしても、トゥルースを屠りたかったらしい。トゥルースは自らの油断に苦い心地を覚えつつ、カメリオに向き直った。
「カメリオ、また君に命を助けられたな……どうして気付けたんだ?」
「こいつが一瞬、自分の腹のとこ見て笑ったから……何か、あると思って」
トゥルースの問いに、カメリオは面映ゆげに答える。身体能力に加えて、動体視力も優れているようだ。カメリオの言葉と愛らしい照れ顔は、トゥルースの心を慰めた。
「くそっ! 俺が先に気付いてりゃあの野郎をボッコボコにしてやったのによ!」
「今そんな話をしていないでしょう。お馬鹿」
「お馬鹿じゃねえ! 俺ぁアルミロだ!」
カメリオの言葉に悔しさを隠さないアルミロを、ズバイルはやれやれと窘める。気絶したムーシュを縛り上げ、辺りに漂う空気がやや緩んだところで、タルズがぼそりと呟いた。
「あのチビは、まだ戻ってこねえでやすな」
タルズの言葉に、エリコの事は心配ではありながらも目的――ムーシュの確保――を完遂するまでは、敢えて頭の隅に追いやっていたらしいヤノは、眉間の皺を深くした。
「ヤノ、エリコの救援に向かってくれるか? 彼を追った傭兵は少なくない人数だったはずだ」
「了解」
ヤノはトゥルースの注文に短く応え、視線でヤノを慮るカメリオには、ぎこちない笑顔を向けた。
「……心配すんな。あいつはそう簡単にくたばるタマじゃねえよ」
倒れ伏す者達の合間を縫うように駆けるヤノの頬に、冷や汗が伝う。傭兵達との交戦中に流した汗とは異なるそれを、ヤノは悪い予感と呼ぶつもりは毛頭無かった。
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