絶砂の恋椿

ヤネコ

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病の功名

13―2

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『俺達は狩りに命を懸ける。けどよ、それは俺達が――島の皆が生き残るためだ。おめえら、命は絶対粗末にするんじゃねえぞ』
 砦の親分ガイオが事あるごとに砦の男達へ言い聞かせてきた言葉を、カメリオは思い出していた。鎚持ちたちが命を燃やすのは、その鎚で砕いた砂蟲の命で自らの、島に生きる者たちの明日を繋ぐためだ。
 砦の男達の生き様を目の当たりにしてきたカメリオは、トゥルースから話の序でのように明かされた、彼自身の命を砂蟲避けの油薬の有用性を証明するための賭け金としたという事実に、もどかしさを感じていた。
(命を懸けるのに偉いも偉くないも無い……けど、番頭さんは自分の命を軽く思いすぎだよ)
 トゥルースの船旅を助けたという油薬は、確かに素晴らしい代物だ。実用化されれば多くの旅人の命を救い、カームビズ商会にも莫大な利益をもたらすことだろう。商会内では敵ばかりで、後ろ盾を持たないというトゥルースの強力な武器にもなるのだろう。
 頭では理解していても、トゥルースの命を助けたその効能に感謝はしていても、トゥルース自身がその命よりも商いを当たり前のように優先していることを思い知らされたのが、カメリオには悲しかった。
(ううん。番頭さんがまた自分の命を軽く扱ったって――俺が、守ってみせる)
 商いのためには自らを軽んじることがトゥルースの根底に染み付いた考え方ならば、彼が放り投げる命の幸を自分が拾い集めて彼に返すのだと、カメリオは弱気な心を振り払う。そのためにはもっと、トゥルースの心の内を理解しなければならないと、カメリオは決心した。
(別に、番頭さんのこと……好き、だからとかじゃないから。これは、俺の仕事だから)
 自分自身に対しての言い訳に、却って頬を染めたカメリオは、自らの心の内を誤魔化すように盥に浸していた手拭いを絞る。手拭いを置く前にトゥルースの額に触れれば、熱は大分下がっているようだ。昼間に飲ませた熱冷ましが効力を発揮したらしい。
「よかった……」
 ぽそりと呟いたカメリオは、口元に安堵の笑みを浮かべる。カメリオ自身は気付いていないが、寝入るトゥルースを見つめるその瞳には、あたたかな愛情が籠もっていた。
「……夜中まで、俺の看病をしてくれていたのか」
 一日中眠っていたせいで真夜中に目を覚ましたトゥルースは、寝台の脇に突っ伏している気配に、愛しさを感じずにはいられなかった。
「起きてくれ、マリウス。君まで風邪を引いてしまう」
「んん……」
 すうすうと規則正しい寝息を立てるカメリオを起こすのはトゥルースとしても罪悪感を覚えたが、乾季の肌寒さの中で羽織るものも無しに寝かせたままにするわけにはいかない。
 トゥルースが優しく肩を揺り動かせば、カメリオは寝ぼけた様子で顔を上げた。
「ばんとうさん……? 寝てないと、だめ……ですよ?」
「今さっき、目が覚めたんだ。君も自分の部屋で休……マリウス?」
 話の途中で船を漕ぐカメリオに、トゥルースは可愛らしさを感じつつ苦笑いをする。何時もトゥルースより早くに起き出して活動しているカメリオだが、意外にも寝起きに弱いらしい。
「そんなに眠いのなら、今日のところは俺の寝所で休むか?」
「ぅん……わかりました……」
 半分夢の中に居るのか、普段ならまず受け容れないであろうトゥルースの提案に素直に頷いたカメリオは、もそもそとトゥルースの隣に潜り込むと、再び寝息を立て始めた。
「……この子の寝惚け姿を、他の男に見せるわけにはいかないな」
 思い掛けずカメリオとの共寝の機会を得てしまったトゥルースは、しみじみと呟いた。あまりにも無防備でいとけない仕草は、美しいこの青年に対して悪戯心を抱く不埒者には過分な程に甘い蜜だ。カメリオの腕が立つとは言え、一服盛られでもしたらひとたまりも無い。
 そこまで思考を巡らせてから、トゥルースは夜の闇に慣れてきた目でカメリオの寝顔を眺める。窓から差す星明かりに淡く輝く肌も、端整な角度を描く鼻梁も、柔らかそうな唇から漏れる寝息も愛らしい寝顔は、今この時間はトゥルースだけのものだ。
(どんな夢を、見ているのだろうな……)
 穏やかな寝顔に自らの頬が緩むのを感じながら、トゥルースはカメリオが懸命に看病をしてくれた今日の一日を、愛しむように反芻していた。
 熱が下がらぬうちから商いの話に夢中になったせいで、目を回してしまった自身を心配してくれたカメリオの泣きそうな表情には、思い出す今も胸がくすぐったい温かさを覚える。
(どうやら俺は、この子に心配をしてもらうのが嬉しいようだ)
 自身の欲でに引き込んでしまったカメリオに対して、トゥルースは自身が持つものは惜しみ無く捧げているが、大切に慈しみたいという想いと共に、甘ったれていたい感情も育っていく。年少のカメリオに対して抱くようなものではない感情は、気不味いような快さをトゥルースにもたらしていた。
「……もし起きたなら、俺をうんと叱ってくれ」
 言い訳のように呟いて、トゥルースはカメリオの額に口付ける。あどけない寝顔に惹き付けられたからと、約束を交わした仲でもないのに口付けるなど、カメリオが知れば不潔だと怒るかもしれない。
 だが、トゥルースはそうしたかった。カメリオに対して最大限に尊重したいという気持ちがありながらも、子供じみた悪戯をしてやりたいと思う矛盾は、不思議とトゥルースの胸の内で調和している。
 数え切れないほどに恋をしてきたというのに、まるで初恋の熱に浮かされているようだとトゥルースは感じていた。
「君のお陰で、俺は自分が世界一強欲な男だと気付いてしまったよ」
 もう眠り飽きたはずなのに、傍らの愛しい存在の温もりから融け出したような眠気がトゥルースの瞼を重たくする。もっとカメリオの寝顔を眺めていたい気持ちと、愛らしい寝息を聴きながら眠りに就きたい気持ちを一度に味わえるのは、夢の中より幸せだ。
 夜が明けて、目を覚ましたカメリオがどんな表情を見せてくれるのかを楽しみに思い浮かべながら、トゥルースは重たくなった瞼を閉じた。
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