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エピローグ 聖霊界再び
お母さんと再開
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「······六······星、起き······て、南斗六星」
我輩の顔を、湿ったものが這い回る。そのくすぐったさに、虚空へ飛んでいた我輩の意識が呼び戻される。
「······起きなさい、南斗六星」
懐かしい声が我輩の意識に流れてくる。意識を失う前に、どこかで微かに聴こえていたそれだ。我輩はゆっくりと瞼を開けた。
昼の明るい光線が大量に瞳へ入り込んで、視界を白く飛ばしてしまう。目は見えないが、顔を這う湿った感触と、毛並みをそよがせる薫風、それに、鳥の美しい鳴き声を感じることはできた。
「······やっと気付いたわね。お帰りなさい、南斗六星」
徐々に目が明るさに慣れてきた。我輩の視界に犬の顔が映っている。我輩と同様、真珠のような艶のある毛並みをしている。耳はレトリバーのように垂れていた。
視界に映っているこの犬が、我輩の顔に湿った感触を与えていた。どうやら、我輩を起こそうとして顔を舐めていたようだった。我輩が目を開けると舐めるのを止めた。
「······随分と長く眠っていたわね」
「······あ、あなたは、一体、どなた······ですか?」
「あら、もう忘れたの? あなたを生んだ金霊でしょう。と言っても、あなたが仔犬だった時に離れてしまったから良く覚えていないかしら?」
「金······霊? あっ!、お、お母さんだ!」
1500年前の異界で、娘娘様に教えられたことを思い出した。確か、西王母様の元へ使いに行ったきり、仙境が夢幻仙様に乗っ取られて戻れなくなったとか言っていたっけ。
「西王母様の元にいるはずでは?」
「事情は知っているのね。そうなのよ、夢幻に乗っ取られて戻れなくなったけれど、娘娘様達がお戻りになられたので、こうして、私も無事に帰ってこれたのよ。」
そう言えば、ここは一体どこだ?
我輩は周囲を見渡した。明るくて暖かい陽射しが照っている。地面を覆う草木は柔らかく、甘い薫りを放っている。空は鮮やかに青く、綿のように柔らかそうな雲が、絹のような光沢を帯びて、草花の薫り溶け込む涼風に身を遊ばせていた。
遠く霞む高山の周りでは、何体もの龍神様が風に舞っている。森から極彩色に包まれた鳥たちが、美しい音楽を奏でるような声で歌いながら、紺碧の空へ羽ばたいていった。
「フフフ、ここはあなたが生まれた娘娘洞よ。あなたの場合は、夢幻洞と言った方がわかるかしら」
ポカンと辺りを見回している我輩を見て、金霊が言った。
「夢幻洞?······それでは、私は帰って来たのですか?」
「ええ、そうです。あなたのことは娘娘様からお聞きしました。良く頑張りましたね。母親として、とても嬉しいわ」
「私など、何もしておりません」
「フフ、そんなことありませんよ。あなたのおかげで、娘娘様達は自由にお成り遊ばしました。これで、夢幻も好き勝手はできなくなります」
夢幻という言葉に、我輩は首輪の瓢箪を見た。しかし、瓢箪は無かった。
「お友達の狐ちゃんが、あなたの瓢箪を抱えて娘娘様の元へ行きましたよ。あの瓢箪の中に夢幻を閉じ込めたんですってね」
「夢幻仙様はこれからどうなるのですか?」
「2度と人間界に悪戯できないよう、娘娘様によって幽閉されるようです。でも、それだけでは済まないでしょうね。娘娘様を封じて悪用してきたみたいですから、最悪の場合、存在を消去されるでしょう。今、旦那······あなたのお父さんのことですけど、夢幻の素行を閻魔様に判じてもらっているところなの。その結果によりきりね」
「あそこが娘娘様がたの御殿ですか?」
我輩のいた洞に、これまで見られなかった新しいお宮が、桃色の彩雲に取り巻かれながら輝いていた。柔らかい曲線が多様された美しい宮殿だった。
「そう、再生された娘娘洞のシンボルよ。娘娘様は、天宮に登録された夢幻洞のままにするようですけど、私にとってここは娘娘洞よ。殺伐としてしまったけれど、また、かつてのような霊妙で幽玄な仙境に戻して見せるわ」
「えっ! これで殺伐······?」
我輩は空にたなびく色とりどりの彩雲や、神々しくも猛々しい霊獣達、馥郁たる薫りに満ちた大地を眺めやった。
「そう、夢幻が横着して人間界に手を出してばかりいたから、随分と荒れ果ててしまっているわ。それはそうと、あなたも娘娘様の新しいお宮をご覧になっておいで。娘娘様もお待ちになっておいででしょうから」
「はい······」
我輩は美しい娘娘様の新宮殿へ歩いていった······
我輩の顔を、湿ったものが這い回る。そのくすぐったさに、虚空へ飛んでいた我輩の意識が呼び戻される。
「······起きなさい、南斗六星」
懐かしい声が我輩の意識に流れてくる。意識を失う前に、どこかで微かに聴こえていたそれだ。我輩はゆっくりと瞼を開けた。
昼の明るい光線が大量に瞳へ入り込んで、視界を白く飛ばしてしまう。目は見えないが、顔を這う湿った感触と、毛並みをそよがせる薫風、それに、鳥の美しい鳴き声を感じることはできた。
「······やっと気付いたわね。お帰りなさい、南斗六星」
徐々に目が明るさに慣れてきた。我輩の視界に犬の顔が映っている。我輩と同様、真珠のような艶のある毛並みをしている。耳はレトリバーのように垂れていた。
視界に映っているこの犬が、我輩の顔に湿った感触を与えていた。どうやら、我輩を起こそうとして顔を舐めていたようだった。我輩が目を開けると舐めるのを止めた。
「······随分と長く眠っていたわね」
「······あ、あなたは、一体、どなた······ですか?」
「あら、もう忘れたの? あなたを生んだ金霊でしょう。と言っても、あなたが仔犬だった時に離れてしまったから良く覚えていないかしら?」
「金······霊? あっ!、お、お母さんだ!」
1500年前の異界で、娘娘様に教えられたことを思い出した。確か、西王母様の元へ使いに行ったきり、仙境が夢幻仙様に乗っ取られて戻れなくなったとか言っていたっけ。
「西王母様の元にいるはずでは?」
「事情は知っているのね。そうなのよ、夢幻に乗っ取られて戻れなくなったけれど、娘娘様達がお戻りになられたので、こうして、私も無事に帰ってこれたのよ。」
そう言えば、ここは一体どこだ?
我輩は周囲を見渡した。明るくて暖かい陽射しが照っている。地面を覆う草木は柔らかく、甘い薫りを放っている。空は鮮やかに青く、綿のように柔らかそうな雲が、絹のような光沢を帯びて、草花の薫り溶け込む涼風に身を遊ばせていた。
遠く霞む高山の周りでは、何体もの龍神様が風に舞っている。森から極彩色に包まれた鳥たちが、美しい音楽を奏でるような声で歌いながら、紺碧の空へ羽ばたいていった。
「フフフ、ここはあなたが生まれた娘娘洞よ。あなたの場合は、夢幻洞と言った方がわかるかしら」
ポカンと辺りを見回している我輩を見て、金霊が言った。
「夢幻洞?······それでは、私は帰って来たのですか?」
「ええ、そうです。あなたのことは娘娘様からお聞きしました。良く頑張りましたね。母親として、とても嬉しいわ」
「私など、何もしておりません」
「フフ、そんなことありませんよ。あなたのおかげで、娘娘様達は自由にお成り遊ばしました。これで、夢幻も好き勝手はできなくなります」
夢幻という言葉に、我輩は首輪の瓢箪を見た。しかし、瓢箪は無かった。
「お友達の狐ちゃんが、あなたの瓢箪を抱えて娘娘様の元へ行きましたよ。あの瓢箪の中に夢幻を閉じ込めたんですってね」
「夢幻仙様はこれからどうなるのですか?」
「2度と人間界に悪戯できないよう、娘娘様によって幽閉されるようです。でも、それだけでは済まないでしょうね。娘娘様を封じて悪用してきたみたいですから、最悪の場合、存在を消去されるでしょう。今、旦那······あなたのお父さんのことですけど、夢幻の素行を閻魔様に判じてもらっているところなの。その結果によりきりね」
「あそこが娘娘様がたの御殿ですか?」
我輩のいた洞に、これまで見られなかった新しいお宮が、桃色の彩雲に取り巻かれながら輝いていた。柔らかい曲線が多様された美しい宮殿だった。
「そう、再生された娘娘洞のシンボルよ。娘娘様は、天宮に登録された夢幻洞のままにするようですけど、私にとってここは娘娘洞よ。殺伐としてしまったけれど、また、かつてのような霊妙で幽玄な仙境に戻して見せるわ」
「えっ! これで殺伐······?」
我輩は空にたなびく色とりどりの彩雲や、神々しくも猛々しい霊獣達、馥郁たる薫りに満ちた大地を眺めやった。
「そう、夢幻が横着して人間界に手を出してばかりいたから、随分と荒れ果ててしまっているわ。それはそうと、あなたも娘娘様の新しいお宮をご覧になっておいで。娘娘様もお待ちになっておいででしょうから」
「はい······」
我輩は美しい娘娘様の新宮殿へ歩いていった······
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