呪法師のススメ 〜呪に偏見を抱くのは勝手だが、俺をそこらの素人と一緒にされては困る〜

春風駘蕩

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第三章:労働編

025:窮地(暁の旅団視点)

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「わぁああぁあぁぁああぁああぁあ!!!」


 凄まじい悲鳴をあげて、アレスは森の中を疾走していた。
 顔を涙と汗に塗れさせ、恥も外聞も打ち棄て、ただひたすらに草花や木の根が邪魔をする中を必死に走り続けていた。

 全ては……自身の背後から迫る、巨大な怪物から逃れる為に。


「ーーーグォオオオ!!」


 響き渡る咆哮、草木を薙ぎ倒す分厚い鱗に覆われた黒い巨体、地を割き踏み潰す巨腕と爪、唾液に塗れた短剣のような牙。
 森の中に暮らす全ての獣が恐れ戦く主、重地竜グランドランと呼ばれる地を這う竜が、爛々と目を輝かせてアレス達四人を追いかけていた。


「ちくしょうっ! この馬鹿野郎め! よりによって森の主を怒らせやがったな!?」


 アレスの前を走るレッカが吐き捨て、冷や汗を垂らして目を吊り上げる。
 すぐそばを走るリリィとナナハに目をやりながら、最も遅れているアレスに向けて声を張り上げる。

 よたよたと情けなく、すでに息も絶え絶えになりながら必死に後をついてくる……いや、レッカの服の裾にしがみつきながら最早引き摺られるだけの有様を見せつける。


「こいつめ! 自分の失態で死にかけたくせに、あたしらまで巻き込みやがって! ……いい加減自分で走りなよ!!」
「ひぃっ……ひぃいいい!!」


 何度も後ろを確認しながら、荷物に成り果てているアレスの頭を叩く。
 だが、火事場の馬鹿力というべきか、走る気力はとうになくしているはずなのに、アレスの手は一向に離れる様子を見せない。


「何なんだこいつ……何なんだよぉ!?」


 自分の体液で顔をぐちゃぐちゃにしつつ、アレスは背後に迫る地竜を振り返りながら泣き叫ぶ。


 大した事はしていなかった。依頼達成のために森の中を進み、目的地までもう少しという地点まで来て、一旦休憩を挟もうと提案しただけだった。

 レッカ達はあともう少しなのだからと渋ったが、アレスは自分が疲れ切っていて、足が痛みを訴えていた為に無理矢理全員の足を止めさせた。
 依頼の完遂を前に、一度心身を整える必要があると最もらしい事を騙り、レッカ達を言いくるめたのだ。

 渋々頷いた彼女達に内心でほくそ笑みながら、アレスはそこらで見つけた適当な岩に腰を下ろし、だらりと存分に寝転がった。
 五分と言わず何十分でも休んでしまおう、そんな甘い考えで、数多の獣が蔓延る森の中で寛いでいた。


 ーーーそして、その行為が彼を、眠りについていた地竜を怒らせた。
 硬い鱗で覆われた自慢の背中を岩だと思い込み、寛ぐのに丁度いいと好き勝手に寝転がっていた愚かな人間に向けて、地竜は怒り暴れ出した。

 吹っ飛ばされたアレスはレッカ達の元へ転がり、訳もわからず呆然とするばかり。
 レッカ達も驚愕しながら、アレスに向けて猛然と突進してくる地竜を目の当たりにし、慌ててアレスの首根っこを掴んで走り出した。

 そうして、森で無敵と恐れられる怪物との地獄の鬼ごっこが開催されたのである。


「……ったく! 昨日からまるでついてねぇ! こいつの所為でずっと面倒事に巻き込まれてばっかりだ! ふざけやがって畜生!!」
「これも神の思し召し……はっ、とは、思いたくありません、ね……!」
「……うざい」


 レッカは盛大な舌打ちをこぼし、しがみつくアレスを脇に抱えて走り易くする。好き好んで荷物を抱える事などしたくないが、背に腹は変えられないと険しい顔で耐える。

 ナナハとリリィも悪態を吐きつつ、背後から迫る巨大な鋼鉄の怪物から必死に距離を取ろうとしていた。


「リリィ! 上に飛ぶ! 準備しろ!」
「ん、わかった」
「ナナハ! 目眩しだ! 今から十秒後に仕掛けろ!!」
「っ……仕方ありませんね」


 走りづらい森の中を、勝手知ったる我が家の庭のように軽やかに駆け抜けていたリリィが、突如跳躍し傍の大樹の上に登る。

 枝と枝の間を跳び、先に前方に向かうリリィの背を見送ってから、レッカはナナハの元へ近づき、アレスを抱える方とは逆の腕で抱え上げる。

 走る必要がなくなったナナハは、レッカの肩の上で杖を構え、ぶつぶつと祝詞を口遊み始める。


「……神の奇跡をここに、闇に閉ざされし我らが道を照らし出せーーー〝聖灯ホーリーライト〟!!」


 レッカの肩の上で唱え、待つ事十秒ぴったり。
 かっ!と眩い光がナナハの錫杖から迸り、光の刃となって森の主の眼球にそれぞれ突き刺さる。


「~~~~~~~~!!?」


 森の主は強烈な光で目をやられ、たまらずきつく目を閉じて悶え苦しむ。
 しかし走る速度はすぐには緩まらず、地面に乱れた足跡を刻みながら、しばらく滅茶苦茶に暴走する羽目になる。

 荒れ狂う巨体の突進が、仲間二人を抱えて流石に減速したレッカの背中に激突しようとしたその刹那。


「……間に合った」
「よし、頼む!」


 しゃっ、と彼女達の頭上から縄にしがみついたリリィが飛び降り、レッカ達三人の体に縄を巻きつけ、一気に空中へ引き上げてみせる。
 折れた大樹の枝と無事な枝を利用した滑車の力で、《暁の旅団》の面々は森の主の脅威から瞬時に逃れる事に成功する。

 森の主は徐々に蘇ってきた視界の中に縄張りを荒らした余所者達を捉えようとして、一匹も見当たらない事に困惑の唸り声を漏らす。
 怒りのぶつけどころを失った主はしばらくその場で足を踏み鳴らし、荒れた様子を見せていたが、やがて興味を失ったように踵を返し、森の奥の自分の住まい住まいへと戻っていく。


「……はぁ、危機一髪ってところかい」


 巨大な鋼鉄の怪物の姿が遠くなり、見えなくなったところで、ようやく《暁の旅団》の四人は安堵の溜息を吐いたのだった。
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