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第四章:謝罪編
044:追跡
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「忙しねぇなぁ……あいつ」
受付台の上で頬杖をつき、宿屋の主人が独り言ちる。
度々宿を利用し、その上長期の宿泊で多くの金を渡してくれた上客の旅立ちに、何とも言えない寂寥感を抱いていた。
もう二度とこの宿を使う事はないのではないか……そんな漠然とした予感がしていたからだ。
男の事情は少しではあるが知っていた……いや、街で聞く噂や伝聞から察したと言うべきか。
現代では世に二つと無い〝天職〟の持ち主で、名の印象の悪さとは裏腹に優れた能力の持ち主。
冒険者に属していた頃は、本人の目立ちたがらない、そして怠惰な性格も相まって前に出ず味方の支援に徹した役割を担っていた。
だが、世間の人間の大半はそれに気付かない。
影で支えられていた事も知らず、ただ突っ立っているだけで何をしているかもわからない不気味な男。偶に何かしたとしても、【呪い】などという気味の悪い力を使って他者を苦しめる、関わりも持ちたくない存在としか認識できない。
そうして理不尽に嫌われ、理不尽に追い出された悲しい男。そういう風に宿屋の主人は受け止めていた。
「餓鬼の頃からの付き合いだが、あいつが気を楽にしてるところなんざ見た事ねぇしな……他所に行って、もうちっと落ち着いた暮らしができりゃいいがな」
友人とまではいかなくとも、それなりに親しみがあると自負している知り合いとの別れ。
今後二度と会う事が叶わなくとも、遠く離れた知人の平穏を願わずにはいられない。
連れの三人が何かいい仕事でもしてくれればいいのに、とそんな事を考えつつ、次なる客が来る事を待って椅子に腰掛け寛いでいた時だった。
「ーーーおい、お前。ここにラグナって名前の不細工が来なかったか」
不意に、そんな乱暴な口調で話しかけてくる者の姿を視界に捉え、宿屋の主人は眉間にしわを寄せて視線を上げる。
そこにいたのは、全身真っ黒の人影だった。
艶やかに光る、刺々しい見た目の漆黒の鎧を身に纏い、がしゃがしゃと耳障りな音を響かせる男。顔まで面に覆われ、実際の身長や年齢や正確な声の若さやすら把握できないほど隠されている。
ただ、面の奥から覗く強い視線だけはよく見えて、宿屋の主人は胡乱げな顔で鎧姿の男を見やった。
「何だお前、いきなり来て随分偉そうに……もうちっと年上に対する礼儀を学んでから尋ねやがれ。胸糞悪い」
「うるせぇ! ……もう一度だけ聞くぞ、ラグナはどこだ」
億劫そうに主人が答えると、鎧の男は一瞬声を荒げ、すぐに体裁を気にするかのように抑揚のない口調に戻る。
顔が見えないため判別できないが、間違いなく初対面だというのに、あまりにも礼儀を欠いた無礼な話し方。
客にはなるべく穏やかに対応する事を心がけている宿屋の主人だが、鎧の男の態度はそれでも気に入らず、ちっと舌打ちをこぼしてから視線を逸らす。
「……知らねぇな、そんな奴は。知ってたとしてもここは宿屋だ、客の情報を簡単にてめぇのような礼儀知らずに明かすわけねぇだろうが。わかったらさっさと失せーーー」
しっ、しっ、と手を振って退出を促した宿屋の主人。
だが不意に、彼は猛烈な息苦しさと浮遊感に襲われる。
突如ぐっと距離を詰めてきた鎧の男に首を強力に掴まれ、狩った獲物か何かのように空中に持ち上げられたからだ。
宿屋の主人はいきなりの事態に困惑し、自分の首を掴む手を外そうと四苦八苦しながら、鎧の男を睨みつけた。
「がっ……!? て、てめぇ! 何のつもりで……ぐぅぅ!」
「俺の質問に答えろ、屑。ラグナはどこだって聞いてんだよ……この汚ったねぇ宿に泊まった事はわかってんだよ、さっさと吐け!」
「だ、だから客のことを俺が話すわけ……がはっ!」
拒否しようとすると、万力のように首を掴む力が強くなる。骨が軋むような音が聞こえてきて、宿屋の店主の思考は恐慌状態に陥り出す。
もがき苦しむ主人を見上げ、鎧の男は平然としたまま声も出さない。その姿は、まるで路傍の石でも手にして掲げているかのような、冷徹で無関心な目を向けているように見える。
話すまいと抗う宿屋の主人であったが、やがて意識がふっと遠くなりかけると、観念したように叫び出す。
「こ、ここにはもういねぇ! 旅立ったよ! ど……どこに行ったかまでは知らねぇ! 離してくれぇ!!」
宿屋の主人がそう叫んだ直後、鎧の男はやっと手を離し、主人を塵でも捨てるようにそこらに投げ捨てる。がしゃん、と受付代の向こうの小物が破壊されようと、全く構う様子を見せない。
げほごほと咳き込む宿屋の主人を背にし、歩き出した鎧の男は一人、虚空を見据えながらくつくつと声を漏らしてみせる。
兜の奥から覗く、不気味な目の光を揺蕩わせながら。
「待っていろ、ラグナ……この恨みは必ず果たしてやる。精々怯えながら最期の時を待つんだなーーー!!」
受付台の上で頬杖をつき、宿屋の主人が独り言ちる。
度々宿を利用し、その上長期の宿泊で多くの金を渡してくれた上客の旅立ちに、何とも言えない寂寥感を抱いていた。
もう二度とこの宿を使う事はないのではないか……そんな漠然とした予感がしていたからだ。
男の事情は少しではあるが知っていた……いや、街で聞く噂や伝聞から察したと言うべきか。
現代では世に二つと無い〝天職〟の持ち主で、名の印象の悪さとは裏腹に優れた能力の持ち主。
冒険者に属していた頃は、本人の目立ちたがらない、そして怠惰な性格も相まって前に出ず味方の支援に徹した役割を担っていた。
だが、世間の人間の大半はそれに気付かない。
影で支えられていた事も知らず、ただ突っ立っているだけで何をしているかもわからない不気味な男。偶に何かしたとしても、【呪い】などという気味の悪い力を使って他者を苦しめる、関わりも持ちたくない存在としか認識できない。
そうして理不尽に嫌われ、理不尽に追い出された悲しい男。そういう風に宿屋の主人は受け止めていた。
「餓鬼の頃からの付き合いだが、あいつが気を楽にしてるところなんざ見た事ねぇしな……他所に行って、もうちっと落ち着いた暮らしができりゃいいがな」
友人とまではいかなくとも、それなりに親しみがあると自負している知り合いとの別れ。
今後二度と会う事が叶わなくとも、遠く離れた知人の平穏を願わずにはいられない。
連れの三人が何かいい仕事でもしてくれればいいのに、とそんな事を考えつつ、次なる客が来る事を待って椅子に腰掛け寛いでいた時だった。
「ーーーおい、お前。ここにラグナって名前の不細工が来なかったか」
不意に、そんな乱暴な口調で話しかけてくる者の姿を視界に捉え、宿屋の主人は眉間にしわを寄せて視線を上げる。
そこにいたのは、全身真っ黒の人影だった。
艶やかに光る、刺々しい見た目の漆黒の鎧を身に纏い、がしゃがしゃと耳障りな音を響かせる男。顔まで面に覆われ、実際の身長や年齢や正確な声の若さやすら把握できないほど隠されている。
ただ、面の奥から覗く強い視線だけはよく見えて、宿屋の主人は胡乱げな顔で鎧姿の男を見やった。
「何だお前、いきなり来て随分偉そうに……もうちっと年上に対する礼儀を学んでから尋ねやがれ。胸糞悪い」
「うるせぇ! ……もう一度だけ聞くぞ、ラグナはどこだ」
億劫そうに主人が答えると、鎧の男は一瞬声を荒げ、すぐに体裁を気にするかのように抑揚のない口調に戻る。
顔が見えないため判別できないが、間違いなく初対面だというのに、あまりにも礼儀を欠いた無礼な話し方。
客にはなるべく穏やかに対応する事を心がけている宿屋の主人だが、鎧の男の態度はそれでも気に入らず、ちっと舌打ちをこぼしてから視線を逸らす。
「……知らねぇな、そんな奴は。知ってたとしてもここは宿屋だ、客の情報を簡単にてめぇのような礼儀知らずに明かすわけねぇだろうが。わかったらさっさと失せーーー」
しっ、しっ、と手を振って退出を促した宿屋の主人。
だが不意に、彼は猛烈な息苦しさと浮遊感に襲われる。
突如ぐっと距離を詰めてきた鎧の男に首を強力に掴まれ、狩った獲物か何かのように空中に持ち上げられたからだ。
宿屋の主人はいきなりの事態に困惑し、自分の首を掴む手を外そうと四苦八苦しながら、鎧の男を睨みつけた。
「がっ……!? て、てめぇ! 何のつもりで……ぐぅぅ!」
「俺の質問に答えろ、屑。ラグナはどこだって聞いてんだよ……この汚ったねぇ宿に泊まった事はわかってんだよ、さっさと吐け!」
「だ、だから客のことを俺が話すわけ……がはっ!」
拒否しようとすると、万力のように首を掴む力が強くなる。骨が軋むような音が聞こえてきて、宿屋の店主の思考は恐慌状態に陥り出す。
もがき苦しむ主人を見上げ、鎧の男は平然としたまま声も出さない。その姿は、まるで路傍の石でも手にして掲げているかのような、冷徹で無関心な目を向けているように見える。
話すまいと抗う宿屋の主人であったが、やがて意識がふっと遠くなりかけると、観念したように叫び出す。
「こ、ここにはもういねぇ! 旅立ったよ! ど……どこに行ったかまでは知らねぇ! 離してくれぇ!!」
宿屋の主人がそう叫んだ直後、鎧の男はやっと手を離し、主人を塵でも捨てるようにそこらに投げ捨てる。がしゃん、と受付代の向こうの小物が破壊されようと、全く構う様子を見せない。
げほごほと咳き込む宿屋の主人を背にし、歩き出した鎧の男は一人、虚空を見据えながらくつくつと声を漏らしてみせる。
兜の奥から覗く、不気味な目の光を揺蕩わせながら。
「待っていろ、ラグナ……この恨みは必ず果たしてやる。精々怯えながら最期の時を待つんだなーーー!!」
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