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薄幸の少女と森の賢者達

06-1:初めての街

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 右を見ても左を見ても、常に人とすれ違う。皆が皆、綺麗で解れ一つない装いに身を包み、明るい表情で通りを行き交っている。
 人が数人手を広げて立ってもまだ届かないほど広く、凹凸が均等にならされた歩きやすい道が、何処までも続いているように見える。その先に見える大きな家は、誰のものなのか想像もつかない。
 左右を見れば、柱に布の屋根の変わった建物がずらりと並び、色とりどりで様々な種類の何かが、所狭しと置かれている。通りを行き交う人たちはそこに向かい、建物の中にいる人と何か言葉を交わし、並べられた何かを受け取っている。

 シェラはただ只管に、その光景に圧倒される。
 人のいるところに来たのは初めてではない。かつて父のもとにいた頃に、食べ物を得るため、『さけだい』を得るために、家から蹴り出されて向かわされたことがある。
 しかし、ここはその時向かった場所とは比べ物にならなかった。人の数も広さも、何倍も何十倍も大きかった。

「ひとがたくさん…」
「でしょ? 腹が立つけど、このあたりの国で一番経済が潤ってんのがここなんだよね。あっちこっちから商人が来るし、売っても売っても足りなくなるから、あたしんところの薬も結構売れるんだよ」

 苦笑するアザミに手を引かれ、半ば放心しながら歩くシェラ。
 耳を澄ますと、聞こえてくる声はわかるものもあれば、全く分からないものもある。そしてそれを口にしている人々も、肌の色が少し違ったり、顔立ちがかなり異なっていたり、見慣れない衣装の者達の姿もある。
 自分の知らないどこか遠くからきているのだということは、シェラにもわかった。

「…あれはなに?」
「ん? どれ?」
「あれ…あのキレイなの。まえにもみた」

 シェラはふと、並べられた商品の代わりに渡されている、小さくてきらきら光る平たいもの―――貨幣に指を差す。
 アザミは一度立ち止まり、何のことを言っているのかと目を凝らし、訝しげな表情で首を傾げる。

「……ひょっとしてお金の事かな? え? あれの事を言ってるの?」
「…まえに、おとうさんにとってくるようにいわれてたの。あれをわたしたら、おとうさん、どこかからおさけをもってきてたの。おかねっていうの?」

 不思議そうにシェラが問うと、アザミはなぜか引き攣った表情になり、シェラの目をじっと見つめだす。
 彼女は不意にシェラの手を引っ張り、大通りの端にまで連れていくと、何もない隙間にしゃがみ込み、シェラと目線を合わせて問いかけた。

「……えっとさ、それ、どうやって取ってきたの?」
「おうちからちょっとあるいたところの……ひとがたくさんいる、くに? まち? にいって、おちてるのをさがしてたの。みちのはしっことか、どろのなかとか」
「…それ見てた人に、何か言われなかった?」
「…きたないからちかづくなっていわれたよ。あと…せっかくあつめたのをとるひともいたの。だからなるべく、ひとにみられないようにさがしてた」

 当時の思い出を、特に、父に命じられて役目を果たしに行った際、最も辛かった時のことを思い出し、シェラは目を伏せながら語る。

 思えば、あの場所に行った時、周りの人々から向けられる視線は、父に向けられる目とほとんど同じだった。そしてかけられる言葉も、胸に突き刺さるくらい厳しいもので、思い出すだけで苦しくなる。
 せっかく袋に詰めた綺麗な小さいあれを、知らない誰かに奪われた時は、しばらく泣きじゃくって動けなくなるほどだった。
 そう語り終えると、アザミはなぜか顔を手のひらで覆い、俯いて黙り込んでしまった。

「アザミ…?」

 心配になったシェラが話しかけるも、アザミは顔を隠したまま動かない。ぶるぶる肩を震わせているのが分かって、何かあったのかと不安になる。
 やがてアザミは顔を上げ、ガバッとシェラに抱き着いてきた。

「…? なに、どうしたの…?」
「……うん、大丈夫。お姉ちゃんなんともないから。もうしばらくこうさせて…」

 大きくて柔らかい胸に抱き寄せられ、しかし息苦しさを感じて目を白黒させるシェラだが、余りにもアザミが必死な姿を見せるため、されるがままになる。背後から、何故かぐすぐすと変な音まで聞こえてくるが、何の音か分からず戸惑うばかりだった。
 しばらくひと固まりになっていた二人は、やがてアザミが顔を上げて離れる。

「よっしゃ! じゃあ、さっさと商品売りにいって、美味しいもんでも買っていくか! ね!」

 目を真っ赤にしたアザミが、鼻水を垂らしてシェラの肩を叩く。
 キョトンと目を丸くするシェラの頭を撫でた彼女は、シェラの手を引いて大通りに戻る。そして先ほどよりも早く、ずんずんと力を込めた足取りで、さらに通りの向こうへと進んでいく。
 シェラはその背中に、不思議なものを見たように眉を寄せ、首を傾げていた。

 その時、シェラの視線がある物を捉え、彼女の足を止めさせる。
 ピタリと固まってしまった妹分に、アザミは鼻水を拭きながら、訝しげに振り向く。

「…? どうかし―――」

 何を見ているのか、とシェラが見ている方に目をやったアザミは、即座にぐっと息を呑み、その身を強張らせる。そしてハッと我に返ると、シェラの目を逸らさせた。

「……見なくていいから、ね?」
「う、うん…」

 感情を堪えた様子で、有無を言わせずそう告げるアザミに、シェラはやや怯えた様子を見せながら頷く。
 少し速足になったアザミに手を引かれながら、シェラはもう一度ちらりとそれに視線を向け、小さく息を呑んで黙り込む。

 そこにあったのは、大きな檻に自分とそう変わらない年頃の子供達が入れられているという光景。ボロボロの衣服を身に纏った、獣の耳を生やした彼らの首には太い鉄の輪がかけられ、虚ろな目で座り込んでいたのだ。

 何よりも恐ろしかったのは、そんな彼らを人間の大人達が引っ張り出し、あの綺麗に輝く丸いものと交換している光景だった。
 まるで、そこらに並べられている物と同じように扱われている様を見て、シェラは酷く、恐ろしさを抱いていた。
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