国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第一章 フォージ・ヒーレンス

6、応用利きすぎるフォージの能力

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 話がまとまったところで、あたしはさっそく切り出した。
「さてと。フォージはあたしと同じ部屋でいいんじゃないかな? フォージはどう、あたしと一緒の部屋でもいい?」
 フォージの顔を覗き込んでみると、あ、ちょっと嬉しそう。はにかむ様子がかわいい。

 が、陛下のわめき声がそこに水を差す。
「余と同じ部屋を使ってくれないのに、何故フォージはいいんだ!?」
 あーもううっとおしい。聞かなくてもわかりそうなことを、なんでわざわざ聞いてくるんだか。──聞いても理解しないから、毎晩ベッドに潜り込んでくるのか。

 あ、そうか。

「あ、陛下避けになって一石二鳥だわ」
 フォージも一緒に寝てるベッドには、さすがの陛下も潜り込みにくいだろう。宰相サマも、娘が寝てるベッドに陛下が潜り込むことは許さないに違いない。

 あたしはにこにこしながらフォージに言った。
「ね、フォージ、毎晩一緒のベッドで寝ない? 広いから二人でも伸び伸び寝られるわよ」

「舞花~!」
 陛下が情けない泣き声を上げる。
 また陛下をいじめてしまった。やっぱりあたしSに目覚めた気がするわ。


 あんまりいじめてもかわいそうなので、フォージは隣の客室に滞在することで話がまとまった。
 隣の客室はすぐに使えるそうで、宰相サマはフォージの着替えや身の回りのものを持ってくるよう屋敷に使いを出しに行く。
 陛下もロットさんに引きずられて仕事に戻った。


 騒々しい人(陛下のこと)が出て行って静かになったところで、あたしはテルミットさんに頼んだ。
「食事室で書き物してもいい?」
「はい、それはかまいませんけど、いつもの文机ではだめなのですか?」
「うん。フォージに字を教えてもらいたいから」
 あたしはにこにこしながら答えた。

 この世界にトリップしたときから、あたしは話し言葉に不自由することはあまりなかったの。
 口の動きからしても、どう考えても日本語を話してるとは思えないこの国の人たちの話し声が何故日本語に聞こえるかというと、あたしにもわかんないんだけどさ、あはは。ともかく、その謎の現象のことを、あたしはそのまんま自動翻訳と呼んでる。

 この自動翻訳にはすごく助けられたんだけど、この国に存在しないものについては訳してくれない。当たり前か。でもそのおかげでとんでもない目に遭ったことがある。
 似たようなものが存在すればそれに訳してくれるみたいだけど、まったく類似のものがない場合は音がそのまま伝わるの。で、偶然同名のものが存在するとそれのことだと勘違いされちゃう。
 あのときのことは思い出すだけでも恐ろしい。この国には「薔薇」がないらしく、「バラ」という音だけが伝わった。それだけで済むならまだしも、この国には「バラ」と呼ぶものが存在して、それがあのおぞましい花束になってあたしの目の前に突き出されたのよ。そういうとき、絶叫の一つも上げるよね? けどそのせいで、ヒロインとしては大変残念な絶叫を上げることが、あたしのお約束になっちゃたのよ~(号泣)

 話がまたそれてしまった。
 ええっと、なんの話してたかな。そうそう。話し言葉は(おおむね)問題なく通じるんだけど、書き文字はさっぱりなの。

 この国の幾何学模様みたいな文字は、漢字みたいに膨大な数が存在する。
 毎日ちまちま勉強してるんだけど、なかなか覚えられない。
 忙しいテルミットさんに教えてもらうのも気が引けて、なかなか勉強が進まなかったんだけど、フォージに教われば仲良くなるきっかけになるだろうし、あたしも一人で黙々勉強してるより覚えやすいかもしれないしで、一石三鳥(←こんな四字熟語はない・笑)を狙おうってわけ。


 というわけで、いつも使ってる文机から筆記用具を移動させて、食事室に二人分の席を作った。

 インク壷は一つで、フォージには予備(新品)のペンを渡す。
「まずはフォージの名前をどうやって書くか教えてくれる?」
 フォージはこくんとうなずいて、自分の名前を書き始めた。書き順を少しも見逃すまいと見つめるけど、ダメだ、複雑すぎてよくわかんない。

 フォージがペンを置くと、あたしはフォージに謝った。
「ごめん。もう一回書いてもらっていい? 今度は一筆ずつゆーっくりと」

 あたしもペンを持ってフォージの書く字を真似ようとすると、それだけでフォージはあたしが何をしようとしてるか察してくれた。一筆書くたびに手を止めて、あたしが追いつくのを待ってくれる。

 そうして時間をかけてフォージの名前を自力で書ききると、あたしはその下にカタカナで「フォルゼーリ・ヒーレンス」と書き足した。

 カタカナなんて初めて見るのだろう。フォージは興奮したようにあたしの服の袖をくいくい引っ張り、カタカナを指さす。
 こんなふうに驚いてもらうと、何故だか嬉しくなっちゃう。

 あたしは文字を指さしながら言った。
「これはね、あたしの国の文字で『フォルゼーリ・ヒーレンス』って書いたの」

 フォージは目を輝かせ、あたしを指さしてくる。
「あたしの名前はどんなふうに書くかって?」
 大きくうなずくフォージを見て、わかりやすいジェスチャーだなと思うのと同時に、どうしたもんかと思案する。

 心を読む能力を持っているからこそ、フォージには口頭を使ったコミュニケーションを使ってほしい。
 でも、フォージは生まれてこのかた、ろくに他人とコミュニケーションを取ってこなかったみたいだから、急には無理かな。
 まずは仲良くなって、信頼関係を築かないと。

 あたしはカタカナから順に書いていった。
「これがカタカナ表記。フォージの名前を書いたのと同じ文字ね。こっちはひらがな。で、これが漢字ね。あたしの国では、自分の名前をいろんな形で表記できるの。あとローマ字っていうのもあるよ」
 ローマ字でも書いてみせると、フォージの目はますます大きくなった。
 ふふふ、驚いてる驚いてる。反応が素直でホントかわいいわ。

 にまにましながらフォージを見てると、頭の上のほうから声が降ってきた。
 ──ほう、舞花の国にはいろんな文字があるのだな。
 来たな、ス○ーカー野郎。

「陛下、サボってんじゃない!」
 バチッとやってやろうとしたんだけど、陛下はひょいと避けてしまう。あ、フォージと同じ技を身につけたな。

 もう一度やってやろうと、気配のある方向を向いて身構えると、陛下の焦ったような声が聞こえてきた。
 ──サボってはおらぬぞ。余の本体は、しっかり執務を行っている。
 気配のする空間を、あたしはじとっとにらんだ。
「ホントに~?」

 疑ってかかると、またフォージにくいくいと袖を引っ張られた。
「何? フォージ」
 フォージのほうを向いたとたん、ここにはない光景が脳裏に映し出される。

 陛下が大きな執務机に着いて、三、四十代くらいの男性が話しているのを真剣な顔をして聞いている。話が終わると、陛下は手元にあった紙をざっと見て、一番下にさらっと何かを書いた。きっとサインだ。それをうやうやしく受け取った男性は、ほっとした様子で退室していく。陛下は脇に避けてあった紙を手元に引き寄せて読み始める。

 あたしが滅多に見られない(あたしがいると、陛下はおかしな人になっちゃうから)、陛下の真面目な一面。
 すぐまた誰かがやってきて、陛下は顔を上げて相手の話に聞き入る。
 あたしの話も、そのくらい真剣に聞いてくれたらいいんだけどねー──というのはさておいて。

 この光景って……。
「見せてくれているのは、今の陛下の執務室の様子? 陛下はここにいてもちゃんとお仕事してるよって教えてくれてるの?」
 わかってもらえてほっとしたのか、フォージは微笑んでこくんとうなずく。

 あたし、感覚が鈍くなってるのかな。不思議な力を新しく知っても「すっごーい!」としか思えない。ま、心を読まれるのと、心の中に光景を映し出されるのとでは、話が別だからね。

「フォージも、陛下のように気配を飛ばせるものね。気配が見てる光景を、あたしに見せてくれてるのかな?」
 するとフォージはまたこくんとうなずく。おお、心を読む能力と気配を飛ばす能力の応用? 応用利きすぎ、フォージの能力ってば。あ、便利は便利なんだけどね。

 フォージのおかげで濡れ衣(?)晴らせたというのに、陛下は得意げに語る。
 ──執務をしている余とここにいる余は、言うなれば別人であるからな。意識の一部を切り離して独立させているのだ。

 ちゃんとお仕事してるなら、気配を飛ばしてくんなと言う理由がない。
「しょうがないな。フォージに免じて、ここにいてもいいよ」
 あたしが仕方なしにそう言うと、陛下の嬉々とした気配を感じる。

 ──ところで、舞花の国にはいろんな文字があるのだな。
「ううん、日本の文字だけじゃないわ。ひらがなとカタカナは日本で生まれたけど、漢字は近くの国から入ってきたものだし、ローマ字はすごく遠くの国から伝わってきたの。──てか、近くにいてもいいけど、あたしはフォージに文字を教わってるんだから邪魔しないで」
 ──舞花~!
 陛下がまた泣きついてくる。もううっとおしい!

 バチッとやってやろうかとも思ったそのとき、フォージにくいくいと袖を引っ張られた。この方法が定着しつつあるな、どうしたもんかな……。

 そのことは頭の隅に追いやって、あたしはフォージを見た。
 フォージが訴えるようにあたしをている。陛下を追い払わないでと言っているようだ。
 陛下はあたしとばっかり話してて、フォージに注意を向けるわけでもないのに。

 あたしはフォージの頭を撫でて言った。
「フォージは優しいね」
 ずっとひとりぼっちでいたから、他人の寂しさに敏感なのかもしれない。
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