国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第一章 フォージ・ヒーレンス

9、幕間 陛下と(痴話?)喧嘩

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 数日後の軽食の直前、あたしはフォージを隣の部屋に送って戻ってきた。
 フォージはこれから、待ちに待ったお父さんとの時間だ。

 初めてモリブデン様にノックをしたとき、約束したんだって。時間を作るから、フォージの能力を教えて欲しいって。

 あのとき、あたしが見守るところでフォージは気配を飛ばしたんだけど、お父さんと初めてまともにコミュニケーションが取れて、フォージは夢見心地でその喜びに浸ってた。そんな喜ばれかたをすると、二人の橋渡しをして本当によかったって思う。

 父娘の関係をよりよくするためにも、二人の時間のお邪魔虫にはなりたくない。早々に退散させてもらいましたよ。


 それから以前のように陛下とフラックスさん、テルミットさんとロットさんもまざってにぎやかに軽食を取る。
 軽食が終わるとあたしは陛下をとっとと追い出した。ロットさんは陛下についていく。フラックスさんも用があるからといって去っていくと、部屋にはあたしとテルミットさんだけになった。

 さて。この時間を使わない手はない。

 時間ができたらやりたいことがあったのよね。一番やりたいのは日本に帰る方法を探すことだけど、今手詰まりなので、二番目にやりたいことを。

 あたしはテルミットさんに訊ねた。
「テルミットさん、縄をもらってもいい?」
「え? 縄ですか?」
「そう縄。紐って言うかもしれないけど、ちょっと重みのあるしっかりしたのがいいの。長さはあたしの腰丈くらい、ううん、胸下の倍くらいあるといいかな。で、太さは七、八ミリくらい──こんなもんね」
 あたしは親指と人差し指をちょっとだけ離して見せる。自動翻訳が、長さの単位まで正確に訳してくれるとは限らないからね。

 テルミットさんはちょっと考えたあと、寝室に行って縄を持ってきた。
 糸が縄状に編まれて、頼んだよりちょっと太いけど、長さもあるししっかりした重みがある。

「うん、これで大丈夫。汚しちゃってもいい?」
「はい、どうぞ」
「……ところで、これが何で寝室にあったの?」
「マンネリにならないよう、お使いいただければと思いまして」
 そう言ってにっこり笑うけど、何にどう使うと思ってたのよ、テルミットさん。

 それは忘れることにして。
 あたしは自分を見下ろした。
 この恰好だとやりにくいかな。

 服も頼もうか迷っていると、ふと思い付いたようにテルミットさんが言った。
「申し訳ありません。しばらくの間、舞花様をお一人にしてもよろしいでしょうか?」
「え? もちろんいいけど、何か用事を思い出したの?」
「はい、ここ最近用事が立て込んでおりまして、人手が足らないのですわ」
「あたしも手伝おうか?」
「それには及びませんわ」
 テルミットさんはにっこり笑って手伝いを断る。

 雑用だったらあたしにもできることあるかもしれないのに。テルミットさんにとってあたしは陛下の婚約者だから、人手に数ええてくれないんだろうな。……久しぶりに憂鬱なこと思い出しちゃった。フォージのことでいろいろあったから、すっかり忘れてられたのに。

 それはともかく、せっかく縄を手に入れたけど、ふわっと広がったスカートはあたしが今からやりたいことには不向きだ。

 悩んだ末、あたしは鍵付き戸棚から自分の服を取り出した。
 コークスさんからもらったドレスじゃないよ。正真正銘あたしの服。日本で働いて買った通勤服。膝丈のセミタイトなスカートに、白のブラウスにジャケット。ジャケットは必要ないけど、ブラとキャミソールは着たのがいいかな。

 ブラするの久しぶりだ。この世界って厚手のドレスを重ね着するから、ブラをするっていう習慣がないのよね。慣れるまで恥ずかしかったけど、慣れてしまえば締め付けがなくてらくちん。でも薄手のブラウスを着るのにブラがないのもな……。

 パンプスより、今履いてるブーツのが安定いいよね。ブーツがひざ下まであるから、ストッキングはなくていいか。──と一通り準備を整えると。あたしはテルミットさんからもらった縄をもらって外に出た。

 お城で働く人たちに行きあうと、あたしは必ず挨拶する。
「こんにちは~」
 挨拶はコミュニケーションの第一歩だもんね。「わたしは敵ではありません。あなたと仲良くなりたいです」っていう意思表示。一時的にご厄介になってるだけだけど、その間気持ちよく過ごしたいし、お城の人たちから警戒の目で見られたくない。明らかに怪しそうな人にはさすがに挨拶しないけど、このお城にはそんな人いないし、みんな挨拶を返してくれるから嬉しい。

 ところが、今日は挨拶する人、人、あたしを見てぎょっとする。この世界にない服だから驚かせちゃったのかな。スカートがマズい? この世界の文化レベルからすると、女性は足をみだりに見せちゃいけないっていう風習? 一般常識? そういったものがあってもおかしくなさそう。
 かといって今更断念するのもな……。

 あたしはそそくさと外に出て、庭の中をひとけのなさそうなほうへと歩いていった。

 庭の一角に、人の背より高い庭木に囲まれた小さな庭園を発見する。真ん中に花壇があって色とりどりの花が咲いてるけど、その回りには十分な場所がある。

 ここにしようと決めると、あたしは縄の端を両手に持った。手の甲に縄を巻き付けて長さを調節して……うん、こんなもんかな。

 あたしはまっすぐ立つと、ひゅんと縄を回した。
 そう、縄跳び。いや、縄跳びでなくてもいいんだけど、一人でできて退屈しない運動したかったのよね。ジョギングもいいけど、みんなが忙しく働いてるところを走り回るのもどうかと思うし。

 食べる量は節制してるけど、ついてしまったお肉はそれだけじゃどうしようもない。働いてるときは仕事そのものが運動になって、食べる量も気にしなくてよかったのにな。ああツラい。

 日本にある縄跳びの縄と違うし、久しぶりだしでどうなるかなと思ったけど、すぐに勘を取り戻して、縄にも慣れた。
 軽快にひゅんひゅん飛んでると、身体が軽く感じられるようになってきて楽しい。

 二重跳びできるかな。ふとした思いつきでやってみるけれど、縄が引っかかっちゃって失敗。こうなったら意地でも成功させてやるんだから。
 失敗しては再チャレンジ。繰り返しているうちにあたしは縄跳びに熱中してた。

 だから気付かなかったのよね。たくさんの人が庭木の陰からこわごわとのぞいていたことに。

 気付いたのは陛下のせい(おかげ?)だった。
 ──舞花!
 ぐわんと頭を殴られるような声がしたかと思うと、周囲に突風が吹く。
 そのあわてっぷりは何事!? ──と思っていると、瞬間移動してきた陛下があたしの目の前に現れ、温かい──いや、暑苦しいものに身体をくるまれた。

「なんて恰好をしてるんだ!」
「へ? なんて恰好?」

 そんなにおかしな恰好してただろうか? 暑苦しいものの正体は陛下の上着だった。この国の男性は普段こんな暑いものを着てるのか。いや、あたしが運動して体温上がってるせい?

 別事をつらつら考えるあたしに、陛下は怒鳴りつけた。
「その上衣、ペラペラのスケスケではないか! そんなみだらな恰好をしてどこの男を誘惑しようとしていたのだ!?」

 言いがかりもいいところだ。頭ごなしに怒られて、あたしはかっとなって言い返した。
「このブラウスはペラペラかもしれないけどスケスケじゃないわ! それで言うなら、あたしを寝間着のまま外に連れ出した陛下はなんなのよ!? 寝間着の下にはブラもしてなくてめっちゃ恥ずかしかったんだからね!」
「夜着は厚手で透けてはいなかったではないか!」
「だからって寝起きの婦女子を外に連れ出して許されるっての!? その基準さっぱりわかんない!」

 この世界に来てから数ヶ月経つのに、まだ文化の違いに悩まされるなんて~!

「中にもちゃんと着てて絶対見えないんだから、ほら!」

 そう言って暑苦しい陛下の上着を脱ごうとすると、陛下が慌ててあたしをくるみなおす。
「こんなところで肌をさらそうとするな!」
「ブラウスまで脱ぐつもりじゃないったら!」

 ぎゃんぎゃんやりあってると、不意に風が吹いた。この風は瞬間移動の──っと思った一瞬の間に、フォージとモリブデン様がすぐそばに現れる。

 そういえば、フォージも瞬間移動できたのよね。

 モリブデン様は、軽蔑するような半眼になってあたしを見下ろした。
「騒々しいと思えば、またおまえか」

「あたしだけが悪いんじゃないですけど」
 ぼそっと言うと睨まれる。

 この間の夜に和解できたと思ってたけど、そういうわけじゃないんだな。モリブデン様の中で、陛下は悪くなくて悪いのはあたしってわけだ。

 あたしはムカムカする気持ちを笑顔の下に隠し、腰を屈めてフォージに話しかけた。
「フォージ、お父さんといっぱいお話できた?」

 困ったように首をかしげるフォージの隣で、モリブデン様が目を吊り上げる。
「おまえに中断させられたのだ。まったく……今日を逃せば、次いつまた時間が取れるかわからぬというのに」
「かわいい娘のために時間を取ってあげればいいのに」
「明日からしばらくはそういうわけにもいかぬ。属国の王子王女が、この城に押し寄せてくるからな」
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