国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第二章 王子王女 襲来

12、豪華絢爛 艶姿

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 ディオファーンに各国の王子王女が集まってから五日目のこと。

 アンローダー国王女コンディータは広げた扇の上から目をのぞかせて会場を見渡した。

 ディオファーン城の中心にある大広間。二階まで吹き抜けになっていて、天井からつり下げられている大きなシャンデリアが放つ光を、青灰色の壁が反射してさらに光を増す。外はもう暗いのに、ここは真昼のような明るさだった。

その大広間は、今は着飾った男女でひしめき合っている。
 今宵は、待ちに待った各国王子王女の歓迎会だ。

 属国の王子王女たちの訪問は前々から決まっていたことだ。
なのに何故歓迎会が五日も経ってから行われることになったかというと、ソルバイト陛下の婚約者とやらの衣装ができあがらなかったからだというからふざけている。

 ディオファーンの民でなければ、この世界のどこの国の者でもないという謎の婚約者。

 ディオファーンに到着してすぐその婚約者のもとを訪問したのに、コンディータは一度もその姿を見たことがない。
 部屋を訪問すればいつも不在で、初日に会った無礼な侍女が「いませーん」と慇懃無礼に返事をする。
女性護衛官長でもあるというテルミットという侍女は、「貴女方の振る舞いに怯えてしまわれて、陛下のお部屋に隠れておいでです」と責めてくる。婚約者の部屋に入ったのはあの無礼な侍女が招き入れたからだし、破廉恥な衣装が破れたのはあの侍女が引っ張ったからだ。そう訴えても、テルミットという侍女はまともに取り合ってくれない。ディオファーン王家に連なる者だと聞いているからしぶしぶ引き下がっているけれど、王女であるコンディータに対して侍女ごときがしていい振る舞いではない。

 ディオファーン王のお近づきになれたら、それとなくこの二人の侍女の態度の悪さを訴えるつもりだった。

 けれど、この五日の間、ソルバイト陛下の顔を見ることはできても、一言も言葉を交わすことができなかった。
 何しろ、十数もの国から王子王女がこぞって集まってきているのだ。そして誰もがソルバイト陛下のお近づきになりたいと思っている。コンディータも負けじと陛下に近寄ろうとするが、そのたびに邪魔が入ったり陛下がコンディータの反対のほうへ行ってしまったりと、なかなか機会に恵まれなかった。

 今も、ソルバイト陛下を他国の王子王女が取り囲んで近寄ることができない。
 それはコンディータが親しくしているフェロー王女、カーリン王女も同じだった。そんな彼女たちと一緒に、コンディータは大広間の奥にある階段の真下にさりげなく立っていた。

 支度に手間取り遅れている婚約者とやらは、ここから入ってくるはずだ。真っ先に対峙することができれば、陛下を取り巻く王女たちに先んじることができるかもしれない。
 逃げ隠れするような臆病者など、コンディータたちの敵ではない。三人の美貌と、社交界で磨き抜いた話術を前にすれば、敗北を悟って逃げ出すだろう。そんな者に、あまたの属国を従えるソルバイト陛下の隣はふさわしくない。
 三人で協力して婚約者とやらを追い落としたらこっちのものだ。フェロー、カーリンもソルバイト陛下を狙っているだろうが、三人の中でコンディータが一番美人で、母国も力がある。

 他の国の王女たちにも引けを取らないと思うのに、何故ソルバイト陛下はコンディータに声をかけてくださらないのだろう。
 思うように事が運ばず、コンディータはいらだちを募らせていた。

 イライラが頂点に達しようとしたそのとき、陛下が不意にコンディータのほうを見る。
 光り輝く銀の髪。切れ長の目の奥にある、青く澄む怜悧な瞳。その瞳に見つめられたと思うと、コンディータはいらだちを忘れてぼうっとしてしまう。

 が、陛下の視線をコンディータの前を通り過ぎただけだった。陛下はすっと顔を上げ、階段の上に目を留める。
 そして周囲にいる者たちに話しかけた。
「話の途中ですまないが、我が婚約者の支度がすんだようだ」
 陛下の口元にうっすらと笑みが宿る。

 人々は陛下につられて首を回す。
 コンディータも、待ちに待った対決の時を前に、気分を高揚させながら仰ぎ見る。
 その瞬間、コンディータは息を呑んだ。

 最初、目に飛び込んできたのは、金銀他、色とりどりの刺繍で見事に咲き誇った大輪の花々。
 そんな刺繍の施された幅広の帯を抱えるようにして立つ、一人の女性。真っ赤に彩られた小さな唇。黒髪は前髪を上げて扇型結われた髪が後頭部に大きく広がる。そこに柄のかなり長い金銀の髪飾りが放射線状に差し込まれ、光を受けてきらきらと輝く。
 目尻に切れ長に入った朱。細く力強い眉。今までに見たことのない化粧。でも帯の豪華さと相まって、可憐で不思議な美しさがあった。

 陛下はその女性の側まで階段を上がると、離れたところから左手を差し伸べる。すると女性は、帯の下から右手を出してまっすぐ伸ばした。
 コンディータはまたもや息を呑む。
 帯のように下に垂れ下がった帯にも刺繍が施されていた。驚くほど長い尾羽を持った、極彩色の鳥と、その背景にも色鮮やかな模様が描かれている。

 豪華絢爛な女性の姿に目を奪われ、誰もが言葉を失う。

 静けさの中、女性はゆっくりと階段を下りてきた。
 そのときになって、女性の衣装が、袖や化粧、髪型だけでなく、何から何まで今まで見たことのないものだということに気付いた。
 ガウンを幾重にも重ねたような襟ぐり。スカート部分は膝辺りから左右に割れ、後ろは階段に引きずるほどに長い。足首まであるアンダードレスは、足にまといつくほどに細い。どこの国でもふわりと広がったスカートが流行している中、ほっそりしたそのドレスは奇妙に見えた。だが、足下に視線を注ぎ、歩きづらそうなドレスを優雅にさばき階段を下りてくる姿は、たおやかで色気さえも感じさせる。

 女性が最後の一段を下りて顔を上げると、王子王女たちは我に返って、一斉に陛下と女性を取り囲んだ。

「なんとお美しい……お名前をお伺いしてもよろしいですか?」
 王子の一人が声をかけると、女性は目を伏せる。
「……舞花と申します」
 人々のざわめきの中、かろうじて聞き取れる程度のか細い声で答える。

 王女の一人が、好奇心を隠しきれずに訊ねた。
「見事なお衣装ですけど、今までに見たことのない形をしていますわ。どちらのものですの?」

「祖国のものでございます……」
 大きな袖を持ち上げて口元を隠す仕草は、妙に色っぽい。王子の中にはぼうっと見とれる者までいる。

「抱えてらっしゃるものはなんですの?」
「それにしても大変お若いご様子ですが、お歳をお伺いしても?」

 次々質問を浴びせられた婚約者は、袖で口元を隠したまま陛下の肩口に顔を寄せる仕草をした。
そんな婚約者を、陛下は守るように抱き寄せる。
「そう質問責めにしてくれるな。我が婚約者は奥ゆかしいのだ。このように注目されて怯えてしまったようだ」

 王子王女たちが動揺して押し黙る中、ソルバイト陛下は甘い笑みを浮かべ婚約者の顔をのぞき込んで声をかけた。
「ここにいる者たちは我が国と永久の和平を結ぶ国々の王子王女たちだ。そなたの敵ではない。安心するが良い」
 女性はかすかにうなずく。

 その仲むつまじい様子に、何人かがうっとりとため息をついた。


 ──・──・──


 あたし(舞花)はうなずく振りして顔を伏せながら、身体を小刻みに震わせていた。
 気障~!
 陛下のダダ漏れの色気に中てられてしまいそうだ。

 それはともかくとして、王子王女たちを驚かせるという作戦はまずまず成功したようだ。
 大勢の人の力を借りて作ったものだから、そうでなくちゃ困る。

 ──五日前、バカ姫たちへの報復を誓ったあたしは、バカ姫たちの度肝を抜くためにこの世界にない装いをすることを思い立った。

 だって、この世界の価値観の中で勝負しようとしたって、負けは目に見えてるもん。
 この世界の美的感覚からすると、あたしは美人じゃないし子どもっぽく見える。この世界の女性は総じて「ボンッキュッボーン」で、どんなに詰め物をしたところで、あたしじゃ到底敵わない。

 そんな時は、相手と同じ土俵に立っちゃダメ。
 ならどの土俵に立てばいいか。
 自分の土俵に立って、相手を自分の土俵に引きずり込むの。

 そこで思いついたのが、子どものころ、テーマパークで見た花魁道中。その華やかさに魅せられて、花魁(に扮した役者さん)を関係者以外立ち入り区域に入っていくまで追いかけたっけ。しまいには、お小遣いを前借りしてまで花魁について書かれたガイドブックまで買ってしまった。
 あのときのガイドブックはいつの間にかどこかにいってしまったし、それ以前にこの世界に持ってこられたわけがないんだけど、あたしにはつよーい味方がいたの。

 それがフォージ。

 フォージはあたしの記憶を読み取って、それをホログラムのように空中に投影してくれたの。

 その鮮明さにはびっくりしたわ。
 あたしはおぼろげにしか思い出せなかったんだけど、フォージの能力にかかると眠っていた記憶まで探し当てて、たった今目の前で見てるんじゃないかってくらいに克明に再現できちゃうのね。

 おかげで花魁衣装の魅力はこの世界の人たちにも通用することが確認できて、花魁道中やガイドブックの記憶を見た各プロフェッショナルに人たちが総力を上げて、たった五日で必要なものをすべて作り上げてくれた。
 着物なんて、染めじゃ間に合わないからって総刺繍なんだよ。何人ものお針子さんたちが刺繍してくれたんだろうけど、この五日間不眠不休だったんじゃないだろうかと心配。

 総刺繍だと刺繍糸がたっぷり使われてる分重いんだけど、皆が頑張ってくれたからにはあたしも頑張ります。
 少しでも気を抜くとぐらっと倒れそうになるので、か弱さの演出ついでに、陛下に寄りかかってみたりしてごまかしながらだけど。
 陛下を無駄に喜ばせてしまっていることには、あとで「気を持たせちゃってゴメン。そんなつもりなかったんだ」と謝っておこう、うん。

 さて。
 そんなあたしを睨んでくる三対の目があります。
 あなたたちのことは忘れてないわよ。
 今こそ、ブラウスの恨みを思い知れ。
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