国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第三章 ディオファーン王侯貴族の複雑な事情

20、雷小僧が現れた!

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 陛下は自分のお茶会のほうが大変になってきたのか、いつの間にかいなくなっていた。

 あたしの話を聞いて目をまん丸にしていたコークスさんは、フラックスさんの笑い声を聞いて驚きから覚めたらしい。賞賛の笑みをあたしに向けて言った。

「舞花はすごいね。故郷の衣装で度肝を抜いて主導権を握ってしまうし、君自身は王子王女たちとの交流を避けているけど、ディオファーンと友好国たちとの交流の手助けができてしまうんだから」

「どちらもあたしのいた世界では普通に使われている手法なんで、あたしはその知識を利用しただけですよ」

 とはいえ、褒められたら悪い気はしない。ちょっと照れてしまう。
 視線を泳がせながらにまにましていると、ウェルティのキツい視線に気付いた。コークスさんがあたしを褒めたもんだから、機嫌が悪くなったんだろう。目が合うと、憎まれ口を叩いてきた。

「悪知恵が働くだけよ」

 そう言ったところまでは強気だったのに、あたしの隣を見たかと思うと、びくっと震えてコークスさんにすり寄ろうとする。怖いものから身を守ろうとして反射的に動いたんだろうけど、ウェルティはぐっとこらえてコークスさんとの距離を保った。そう、隣同士ではあるけれど、いつもコークスさんと腕を組んでべったりくっついていたウェルティが、ここ最近普通の距離をとってるの。

 それはひとまず置いておくことにして、ちらりと隣を見る。フォージは悲しげに微笑んでる。他人に受け入れてもらえないことに慣れきったような顔。こういう顔させたくないんだけどなと思いながら、あたしはフォージの手を握って笑いかけた。

「フォージは許可なく他人の心を読んだりしないわよ。ねー?」

 こんなふうに元気よく問いかければ、フォージもにっこり笑って応えてくれる。相変わらずほとんどしゃべらないけれど、以前よりずっと表情は明るい。
 ウェルティはというと、ものすごーく警戒した目をあたしたちに向けて、おっかなびっくり口を開いた。

「……それって信用できるの?」

「ウェルティ、失礼だよ。フォージにも舞花にも」

 コークスさんはお兄ちゃんらしく、ウェルティをたしなめようとする。でもウェルティはコークスさん相手に珍しく反抗的で、唇をとがらせて素直に言うことを聞く態度じゃない。
 まあ、「信用しろ」と言われただけで信用できるようになるものでもないし、信用できないのに我慢して信用したフリされても嫌なものだしね。
 あたしは少し考えてから話しかけた。

「コークスさん、この件についてはウェルティのことそっとしておいてあげてください。よっぽど他人に知られたくない秘密を抱えてるんですよ、きっと」

「あんた何でたらめなこと言ってるのよ!?」

 がたんと音を立てて椅子から立ち上がって、ウェルティが怒鳴る。すごく焦ってる様子からして、どうやら図星のようだ。そして、ウェルティが必死に隠したがっている秘密に、あたしは心当たりがある。

 それはコークスさんへの恋心だ。
 複雑な生い立ちを持つせいで悪く言ってくる人たちから、身体を張るようにして守ってくれるお兄さん。王子様的な美貌の持ち主で兄妹としての血のつながりはないとくれば、好きにならないでいるほうが難しいよね。でも表向きは異母兄妹となっている以上、結婚はありえない。(血を濃く保とうとしてるのに、きょうだい間の結婚はタブーになってるみたいなのよね、この国)それ以前に、コークスさんはウェルティのことを妹としか見ていなくて、恋愛に発展する気配がまったくない。
 そんなだから、ウェルティは恋の成就を目指すどころか、告白することもできないでいる。ウェルティに告白されたら、コークスさんはきっと困った末にやんわりと断るだろう。それをきっかけに二人の関係がぎくしゃくするかもしれない。
 ウェルティもきっとそう考えたのだろう。だから超ブラコンのふりをしてコークスさんに甘え、彼に恋人ができないよう他の女の子たちを牽制せずにはいられなかったんだ。あたしもやきもち焼かれて、お城の下働きにされたもんね、ははは……。

 あたしに悪口を吹き込もうとしていた女の子たちが言っていた。ヘマータサマが「ウェルティが結婚するまでのことです」って言ったって。さすがにウェルティも結婚するころにはコークスさんのことをあきらめてるだろうって意味だと思うけど。それはともかく、ヘマータサマも女の子たちも、ウェルティの気持ちに気付いてるんだと思う。短い付き合いのあたしにだってわかってしまったんだから、ヘマータサマたちだけでなく、もっとたくさんの人たちも気付いてるかもしれない。下手をしたら、気付いてないのは鈍感なコークスさんだけだったりして。

 とはいえ、同情の余地はあっても、フォージへの暴言は許せない。だからといって他人の秘密を暴露するほど底意地が悪いわけでもないので、あたしは素知らぬふりでウェルティをスルーしてコークスさんに言った。

「フォージが勝手に他人の心を読んだりしないのはもちろん、他人の秘密を言いふらしたりなんかしないことは、フォージを見ていればそのうちウェルティもわかるようになると思います。わかってくれるようになれば、ウェルティならさっきのことも謝ってくれると思いますから」

「そうだね。舞花の言う通りだ。ぼくはそっと見守ることにするよ」

「お兄様まで、わたくしがここにいないかのような話し方をなさらないでくださいます?」

 ウェルティがむくれて言うと、みんなが笑い出す。フラックスさんは声を上げて笑い、コークスさんは楽しげな笑みを浮かべて。テルミットさんは口元を片手で隠してくすくすと。フォージも両手で口を押さえて笑ってる。
 カップを口元に運びながらヘマータサマがふっと笑みをこぼした。珍しい、ヘマータサマが笑うなんて。
 笑うのを忘れてぽかんとすると、ヘマータサマの笑みに気付いたウェルティが嘆いた。

「ヘマータ様までお笑いになるなんて!」

 すると、ヘマータサマの笑みはさっと消えた。

「わたくしは笑ってはいけないと?」

「い、いえ。そういうわけでは……」

 やけに険のある問い方をされたせいか、ウェルティはしどろもどろになる。
 場の空気がよどんできたそのとき、テルミットさんが話題を戻した。

「舞花様はコークス様がおっしゃったように、本当に優秀でいらっしゃいます。陛下の寵愛を受けていらっしゃるだけでなく、陛下のご伴侶にふさわしい資質もお持ちですわ。舞花様が王妃になられる日が待ち遠しくてしかたありません」

 あたしはがっくりうなだれた。またその話か。

「だーかーら! あたしは陛下と結婚するつもりなんてまっっったくないんですってば!」

 声を大にして否定したのに、フラックスさんがへらへら笑いながらひらひら手を振った。

「またまた~。聞いてるよ。陛下が毎夜、舞花の寝室に忍んでいってるんだって? 朝まで一緒ってことは、舞花もまんざらじゃないんでしょ?」

 あたしはかーっと顔を火照らせる。何で知ってるんだ誰から聞いたんだどこまでその話は広まってるんだ。でもって、それらを追及する前に否定しなくては!

「あたしがぐっすり寝入ってるところに来るから追い返しようがないんです! 念のため言っておきますけど、眠ってるだけで他には一切何もしてません!」

「そんなムキにならなくても。舞花は陛下と婚約者同士なんだから、うるさいことは言わないよ?」

「フラックスさん! 誤解を招くような言い方しないでください! だいたい何度も言ってるように、あたしは陛下の婚約者になったつもりはありませんから!」

 お茶のおかわりを注いで回っていたテルミットさんが、ころころ笑って言う。

「舞花様、何をおっしゃいます。友好国の王子様王女様方に陛下の婚約者であることをあれほど印象付けておきながら、今更陛下の婚約者じゃないと言っても通用いたしませんわ」

「うっっ、それを言われるとイタイけど、あたし陛下の婚約者だなんて一度も言ってないもん。陛下もみんなもしつこいですよ。この際だからはっきりさせておきますけど、あたしは王妃になりたくなければ、陛下と結婚する気もさらさらありません。陛下に言い寄られたせいでいろいろ嫌な思いをさせられて、あたしはすっごく迷惑してるんです! だいたい、こんなに拒否してるのにそれを理解しようとしないなんて、陛下の頭ってどこかイカレてると思うわ──あいたっ」

 あたしはとっさに頭を押える。そのときには、あたしの頭に当たったものがテーブルの上を転がり、お茶のカップを倒したり綺麗に盛り付けられていたお菓子をぐしゃぐしゃにしたりして大変なことになっていた。でも、テーブルの上の大参事より、大参事を引き起こしたものに目を引かれる。

「……小枝?」

 いったいどこからこんなものが落ちてきたんだろう。あたしは空を見上げる。見えるのは抜けるような青い空。近くに高い建物も木もない。この小庭を囲む生垣も、あたしの身長より一メートル弱高い程度で。
 そう考えながら生垣をぐるりと見回すと、生垣の上にしゃがむ人影を目が捉えた。
 生け垣の上を見上げ、あたしはあっけにとられた。綺麗な顔立ちをした男の子だ。刈り込まれた枝の上なんていう不安定な場所に、よくしゃがんでいられるものだ。ってそれはどうでもよくて! 男の子は生け垣の枝を折ると、またあたしに投げつけてきた。
 混乱しながらも、あたしは小枝をひょいとかわした。男の子は悔しそうな顔をして怒鳴る。

「お前みたいなやつ、兄上にふさわしくなんかない!」

「え? 誰? “兄上”?」

 それの何が気にさわったのか、男の子は右手を高く掲げた。

 パリッ…

 そんな音とともに、掲げられた手に静電気みたいな光が集まってくる。するといつもはおとなしいフォージが乱暴に立ち上がって叫んだ。

「ラジアル様! ダメ!!!」

 このとき、あたしは間違いを犯した。あたしが標的なのだからフォージから離れるべきだったのに、守ろうとしてフォージに覆いかぶさってしまったのだ。
 間違えたことに気付いたときにはもう遅かった。

 激しい落雷の音が響き渡る。

 フォージをかばっていたせいで自分の耳をかばえなかったあたしは、耳から入った轟音に脳を揺さぶられてくらんくらんしながら、そっとフォージから離れた。この程度ですんだことはラッキーとしか言いようがない。稲妻の直撃を受けたとしたら、この程度ではすまないのだから。
 よろよろと振り返ったあたしは、男の子からあたしをかばうようにして立つ人の背中を、呆然としながら見つめた。

「陛下……」

 安堵と、認めたくないけどちょっとだけ陛下にときめきを覚える。
 そんな夢見心地を、陛下の低いうなり声が破った。

「ラジアル……か?」

 生け垣の上の男の子は、今にも泣き出しそうな顔をして生け垣の向こうに消える。
 陛下は追おうとはしなかった。
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