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閑話2 フィーナのお嫁入り
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王城内で騒ぎを起こしたのだから、叱られるのも覚悟の上だった。
でも、まさか国王みずから叱責を賜るとは思わなかった。
国王の私室に通されたカチュアとデインが並んで立つと、目の前のテーブルに着いているシグルドは、顔に静かな怒りをたたえて、おもむろかつ淡々と話し出した。
「ケヴィンとヘリオットに指示して、先ほどの騒ぎはおまえたち二人のおふざけだということにして収めさせることにした。王城内での無許可場所における飲酒には罰則があるが、今回は処罰しきれない人数がかかわったということで不問にし、その代り結婚式について言いふらさないよう厳命した。だが、どんなに口止めしたところで、練兵場からあふれかえるほどの人間がかかわったからには、そのうち王城外にも噂は漏れるだろう。そうして二人の実家や貴族たちの間に今回のことが知れ渡ったらどのようなことになるのか、わかっているのか?」
直立不動の姿勢を保っていたデインは、顔を上方にそらして、一兵卒が上官に報告する時のようにはきはきと答える。
「ジェイクとフィーナの親は結婚を認めざるを得なくなり、二人はしあわせになれると思いました」
シグルドはテーブルに肘をつき、額を抑える。
「他には?」
「二人のしあわせを考えてやらない二親に、一矢報いてやれると思いました」
今度はカチュアが答えると、シグルドの隣の席に座るシュエラが悲しそうに表情を歪めた。その表情に、フィーナのためにできることをやったという自信がなえてくる。
シグルドが、カチュアとデインに厳しい表情を向けて言った。
「今回みたいな強引な方法で両家に結婚を認めてられても、二人はしあわせになれないと思わなかったのか? 罠に陥れるような形で両家に結婚を認めさせることになり、そのことが人々の間に広まれば、当人たちが画策したことでなくとも子どもたちにしてやられたということで両家は笑いものになる。人は悪い噂ほど好むものだから、両家に対する嘲笑はなかなか消えることはないだろう。笑いものにされ続けた両家の者たちは、その原因となった二人をまず間違いなく憎む。二人もおまえたちに嵌められたのだと言い訳しても、矜持を傷つけられた者たちには通用しない。おまえたちのことももちろん憎むだろうが、身近にいる二人にこそ彼らの憎しみの矛先は向けられる。日々の暮らしの中や家族親類の集まり……事あるごとに二人は責められ、恨みのはけ口にされるかもしれない。そうなったら、おまえたちは二人にどう責任を取るつもりだったんだ?」
「そうなったときは駆け落ちをすれば」
「本人たちがそれを望んでないのにか!?」
食い下がったデインに、シグルドは一喝する。デインとカチュアが怯んだところで、シグルドは声を極力落ち着けて言った。
「おまえたちがしたことは、二人をしあわせにするどころか、逆に取り返しのつかない不幸に陥れるところだったことを理解しろ。……おまえたちの両親にも連絡して謝りに行ってもらえば、悪い噂が広まったとしても両家の面目は多少保つことができ、二人に対する風当たりも弱くなるだろう。親に尻拭いをさせるような行いは、以後慎むように」
「はい。申し訳ありませんでした……」
ここまで言われてしまっては、謝るしかない。
シグルドの言う通り、取り返しのつかないことをしてしまうところだった。とんでもなく浅はかなことをしてしまうところだったことに、言われるまで気付かなかったことに、カチュアは大きなショックを受けていた。両親どころか、シグルドたちにまで尻拭いをさせてしまって、そのことが恥ずかしすぎて誰の顔も見られなかった。
「おまえたちに、後日相応の罰を与える。行ってよし」
カチュアはシュエラの顔も見れないまま、頭を下げて国王の私室から下がった。
カチュアだけでなく、デインも猛烈に反省して力なく退室していくのを、シュエラは駆け寄ってなぐさめてやりたいのを我慢しながら見送った。
何を言っても聞かないデインにはいい薬になったと思うが、カチュアに関してはシュエラにも責任があるように感じていた。カチュアの行きすぎた言動のほとんどを容認し続けてしまったことが、今回のような行動に走らせる原因になってしまったのではないかと。
「すまなかったな。おまえの大事な弟と、お気に入りの侍女を叱りつけたりして」
シュエラは物思いから我に返り、弱々しい笑みを浮かべるシグルドに慌てて言った。
「いいえ。本当ならわたしがしなければならないことでしたのに、二人を叱ってくださってありがとうございます」
「厳し過ぎはしなかったか?」
心配そうに尋ねてくるシグルドに、シュエラは微笑んだ。
「そんなことはございませんわ。あれくらいは言われても仕方のないことをしてしまったんですもの。できるだけ穏便に済む方法を考えてくださってありがとうございました」
「義理の弟と、もしかすると義理の妹になるかもしれない者のことだからな」
そう言ったシグルドは、ちょっと照れくさそうだった。
義理とはいえ、家族のためになることができて嬉しいのだろう。家族とのつながりに飢えているシグルドにとって、できの悪い弟であるデインは面倒を起こしてくれる厄介な相手であると同時に、関わりやすくて飢えを満たしてくれる貴重な存在だ。そのデインが想いを寄せるカチュアも、シグルドの中ではすでに家族の一人なのかもしれない。
でも、さっきのはちょっと……。
不意に笑いがこみあげてきて、シュエラは指先で口元を押さえる。
「どうした?」
「先ほどのシグルド様は、兄というより父親のようでしたわ」
「そうか?」
自覚がないらしく、少し悩むように眉間にしわを寄せる。シュエラはそんなシグルドを微笑ましく見つめた。
「ええ。威厳を持って教え諭す様子は、頼もしくてとても素敵でした」
忌憚なくほめると、シグルドは目元を少し赤くする。
「こんなに頼もしい父さまがいて、この子はしあわせね」
シュエラはシグルドの手を取り、自分のお腹に押し当てた。
シュエラの体型はまだそんなに変化がなく、コルセットをつけなければいつものドレスも着られるくらいだ。
だが、シュエラのお腹の中では、間違いなくシグルドとの愛の結晶が育ちつつある。
この子はシグルドの飢えをさらに満たし、シグルドはこの子に惜しみない愛情を注ぐだろう。
その日が来るのが、待ち遠しくて仕方ない。
シグルドも同じ気持ちなのだろう。シュエラのお腹を包み込むように大きな手のひらをそっと押しあて、しばらく無言でしあわせをかみしめていた。
国王の私室から憔悴した面持ちで出てきたカチュアとデインを待っていたのは、フィーナとジェイクの二人だった。
少し離れた廊下の壁際に立っていたフィーナは、カチュアの姿を見ると早足で近寄った。
「カチュア……」
「……ごめん。何か余計なことしちゃったみたい」
自分の過ちを認めるのはツラい。でも、謝らないわけにはいかない。
ツラすぎてちょっと茶化すように苦笑すると、フィーナは泣き笑いを浮かべカチュアの首に腕を回した。
「わたしのほうこそごめんなさい。カチュアにそんなにも心配かけてるなんて思ってなくて。カチュアは人のことを自分のこと以上に心配してくれるから、だから好きなの」
「……フィーナだからよ。あたしだってそんなに暇じゃないんだから、誰彼構わず心配して回ることなんてできないわ」
「そういうところも好き」
カチュアとフィーナが友情を確かめ合っているそばで、フィーナの言葉に意を得てデインはジェイクに言った。
「そうだぞ。心配したんだからな」
そう言って肘で小突こうとすると、ジェイクはデインの頭に手を置いて腕を突っ張り、それを遮る。
「おまえは調子に乗るな」
「……ごめん」
さすがのデインも謝る。
ジェイクは年長者らしい優しい目でデインを見た。
「いいよもう。それより、手伝ってほしいことがあるんだ」
仕事があったため、四人は国王の私室の前で別れた。
でも、まさか国王みずから叱責を賜るとは思わなかった。
国王の私室に通されたカチュアとデインが並んで立つと、目の前のテーブルに着いているシグルドは、顔に静かな怒りをたたえて、おもむろかつ淡々と話し出した。
「ケヴィンとヘリオットに指示して、先ほどの騒ぎはおまえたち二人のおふざけだということにして収めさせることにした。王城内での無許可場所における飲酒には罰則があるが、今回は処罰しきれない人数がかかわったということで不問にし、その代り結婚式について言いふらさないよう厳命した。だが、どんなに口止めしたところで、練兵場からあふれかえるほどの人間がかかわったからには、そのうち王城外にも噂は漏れるだろう。そうして二人の実家や貴族たちの間に今回のことが知れ渡ったらどのようなことになるのか、わかっているのか?」
直立不動の姿勢を保っていたデインは、顔を上方にそらして、一兵卒が上官に報告する時のようにはきはきと答える。
「ジェイクとフィーナの親は結婚を認めざるを得なくなり、二人はしあわせになれると思いました」
シグルドはテーブルに肘をつき、額を抑える。
「他には?」
「二人のしあわせを考えてやらない二親に、一矢報いてやれると思いました」
今度はカチュアが答えると、シグルドの隣の席に座るシュエラが悲しそうに表情を歪めた。その表情に、フィーナのためにできることをやったという自信がなえてくる。
シグルドが、カチュアとデインに厳しい表情を向けて言った。
「今回みたいな強引な方法で両家に結婚を認めてられても、二人はしあわせになれないと思わなかったのか? 罠に陥れるような形で両家に結婚を認めさせることになり、そのことが人々の間に広まれば、当人たちが画策したことでなくとも子どもたちにしてやられたということで両家は笑いものになる。人は悪い噂ほど好むものだから、両家に対する嘲笑はなかなか消えることはないだろう。笑いものにされ続けた両家の者たちは、その原因となった二人をまず間違いなく憎む。二人もおまえたちに嵌められたのだと言い訳しても、矜持を傷つけられた者たちには通用しない。おまえたちのことももちろん憎むだろうが、身近にいる二人にこそ彼らの憎しみの矛先は向けられる。日々の暮らしの中や家族親類の集まり……事あるごとに二人は責められ、恨みのはけ口にされるかもしれない。そうなったら、おまえたちは二人にどう責任を取るつもりだったんだ?」
「そうなったときは駆け落ちをすれば」
「本人たちがそれを望んでないのにか!?」
食い下がったデインに、シグルドは一喝する。デインとカチュアが怯んだところで、シグルドは声を極力落ち着けて言った。
「おまえたちがしたことは、二人をしあわせにするどころか、逆に取り返しのつかない不幸に陥れるところだったことを理解しろ。……おまえたちの両親にも連絡して謝りに行ってもらえば、悪い噂が広まったとしても両家の面目は多少保つことができ、二人に対する風当たりも弱くなるだろう。親に尻拭いをさせるような行いは、以後慎むように」
「はい。申し訳ありませんでした……」
ここまで言われてしまっては、謝るしかない。
シグルドの言う通り、取り返しのつかないことをしてしまうところだった。とんでもなく浅はかなことをしてしまうところだったことに、言われるまで気付かなかったことに、カチュアは大きなショックを受けていた。両親どころか、シグルドたちにまで尻拭いをさせてしまって、そのことが恥ずかしすぎて誰の顔も見られなかった。
「おまえたちに、後日相応の罰を与える。行ってよし」
カチュアはシュエラの顔も見れないまま、頭を下げて国王の私室から下がった。
カチュアだけでなく、デインも猛烈に反省して力なく退室していくのを、シュエラは駆け寄ってなぐさめてやりたいのを我慢しながら見送った。
何を言っても聞かないデインにはいい薬になったと思うが、カチュアに関してはシュエラにも責任があるように感じていた。カチュアの行きすぎた言動のほとんどを容認し続けてしまったことが、今回のような行動に走らせる原因になってしまったのではないかと。
「すまなかったな。おまえの大事な弟と、お気に入りの侍女を叱りつけたりして」
シュエラは物思いから我に返り、弱々しい笑みを浮かべるシグルドに慌てて言った。
「いいえ。本当ならわたしがしなければならないことでしたのに、二人を叱ってくださってありがとうございます」
「厳し過ぎはしなかったか?」
心配そうに尋ねてくるシグルドに、シュエラは微笑んだ。
「そんなことはございませんわ。あれくらいは言われても仕方のないことをしてしまったんですもの。できるだけ穏便に済む方法を考えてくださってありがとうございました」
「義理の弟と、もしかすると義理の妹になるかもしれない者のことだからな」
そう言ったシグルドは、ちょっと照れくさそうだった。
義理とはいえ、家族のためになることができて嬉しいのだろう。家族とのつながりに飢えているシグルドにとって、できの悪い弟であるデインは面倒を起こしてくれる厄介な相手であると同時に、関わりやすくて飢えを満たしてくれる貴重な存在だ。そのデインが想いを寄せるカチュアも、シグルドの中ではすでに家族の一人なのかもしれない。
でも、さっきのはちょっと……。
不意に笑いがこみあげてきて、シュエラは指先で口元を押さえる。
「どうした?」
「先ほどのシグルド様は、兄というより父親のようでしたわ」
「そうか?」
自覚がないらしく、少し悩むように眉間にしわを寄せる。シュエラはそんなシグルドを微笑ましく見つめた。
「ええ。威厳を持って教え諭す様子は、頼もしくてとても素敵でした」
忌憚なくほめると、シグルドは目元を少し赤くする。
「こんなに頼もしい父さまがいて、この子はしあわせね」
シュエラはシグルドの手を取り、自分のお腹に押し当てた。
シュエラの体型はまだそんなに変化がなく、コルセットをつけなければいつものドレスも着られるくらいだ。
だが、シュエラのお腹の中では、間違いなくシグルドとの愛の結晶が育ちつつある。
この子はシグルドの飢えをさらに満たし、シグルドはこの子に惜しみない愛情を注ぐだろう。
その日が来るのが、待ち遠しくて仕方ない。
シグルドも同じ気持ちなのだろう。シュエラのお腹を包み込むように大きな手のひらをそっと押しあて、しばらく無言でしあわせをかみしめていた。
国王の私室から憔悴した面持ちで出てきたカチュアとデインを待っていたのは、フィーナとジェイクの二人だった。
少し離れた廊下の壁際に立っていたフィーナは、カチュアの姿を見ると早足で近寄った。
「カチュア……」
「……ごめん。何か余計なことしちゃったみたい」
自分の過ちを認めるのはツラい。でも、謝らないわけにはいかない。
ツラすぎてちょっと茶化すように苦笑すると、フィーナは泣き笑いを浮かべカチュアの首に腕を回した。
「わたしのほうこそごめんなさい。カチュアにそんなにも心配かけてるなんて思ってなくて。カチュアは人のことを自分のこと以上に心配してくれるから、だから好きなの」
「……フィーナだからよ。あたしだってそんなに暇じゃないんだから、誰彼構わず心配して回ることなんてできないわ」
「そういうところも好き」
カチュアとフィーナが友情を確かめ合っているそばで、フィーナの言葉に意を得てデインはジェイクに言った。
「そうだぞ。心配したんだからな」
そう言って肘で小突こうとすると、ジェイクはデインの頭に手を置いて腕を突っ張り、それを遮る。
「おまえは調子に乗るな」
「……ごめん」
さすがのデインも謝る。
ジェイクは年長者らしい優しい目でデインを見た。
「いいよもう。それより、手伝ってほしいことがあるんだ」
仕事があったため、四人は国王の私室の前で別れた。
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