野生児少女の生存日記

花見酒

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一章 森の少女と獣

英雄について

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 あれから数日が経ち、ついに【魔王】来訪の日がやって来た。街は何時もよりも活気な溢れていた。街中がお祭り状態で、大通りには大勢の人が集まり、その姿を拝もうと必死になっている。
 
「凄いね…【魔王】って…王様より人気なんじゃ…」

 城の誰も居ない会議室の窓から街を眺めながらローニャが呟く。

「まぁ…滅多に来ないしな…」
 
 今回も保護者役として付いてきたカーバッツが暇そうにしながら呟く。
 静かに窓から街を眺めていると、集まっていた人々が更に騒がしくなり、そして歓声が聞こえて来た。街に【魔王】がやって来たのだ。途端に大通りはパレード状態、人々が【魔王】に向かって大きく手を振る。それに答えるように【魔王】も手を振り返す。中にはそれによって卒倒する者も居る程、【魔王】は人気だった。
 魔王の乗る馬車が城に入って行く。それを見てローニャは少し緊張が高まった。その緊張を紛らわす為、窓から遠くを眺めた。
 数時間後、座って待っていると、会議室の扉がノックされる。二人が立ち上がり、そして扉から国王と魔王が入ってきた。二人に一斉に頭を下げる。
 
「ああ、結構、ここでは対等に話がしたいからね、楽にしてくれ。」
 
 魔王にそう言われ二人が着席すると国王が口を開く。

「まずは来てくれた事に感謝しよう。そして次に知らぬ者の為に【魔王】殿を紹介をしよう。」

「初めまして私の名は【アーノルド・ルーデウス】【魔族国】の現魔王である。」

 と挨拶をし席に着いた。そして国王がローニャに呼び出した理由を話し始めた。

「では本題を話そう。ローニャよ手紙を読んでくれたか?」
「はい…依頼が有るん…ですよね?」
「うむ、いかにも。文に書いた通り、其方に依頼を出したいと思ってな。してその内容だが。其方に【暗い森】の案内役をして貰いたいのだ。」
「案内…ですか…」
「うむ…というのも。以前其方がオルガに話したという【何か】について、調査をしたいと思ってな。その為にそこまでの道程を騎士達に案内して貰いたいのだ。その際、案内はその場所の手前までで良い。其処からは帰ってもらって構わない。当然報酬は弾もう。だが何も無理にとは言わない、其方次第だ。」
「あの…私が作った地図を渡すのでは駄目ですか?」
「ん?地図が有るならそれでも構わないぞ?情報を提供して貰えるのなら勿論報酬は支払おう。」

 ローニャは考えた。【あの場所】はローニャに取っては決して近付いてはいけない場所。行きたく無い。地図を渡すだけで良いならそうしたい。が自分で書いた拙い地図で理解してくれるだろうか。自分しか知らない動物達の対処法を言葉だけで理解できるだろうか。他にも沢山の不安が湧き出てくる。そこで試しにローニャは質問をしてみる。

「あの…その調査は…しないという選択肢はありますか?」
「ふむ…不安なのだな…確かにしなくなも良い事かも知れん。だがもしその場所に人の…いや生物を脅かす存在が居たとしたら、それこそ放置する訳にはいかん。故にいずれは調査をしなければならないのだ。」

 国王の言葉を聞いてローニャは決意を固めた。

「そうですか…分かりました…案内役…やらせて頂きます。」
「感謝する。そして、脅迫のような事をしてしまったな。済まない。」
「いえ…大丈夫です…」

 話が決ったと思った時とカーバッツが口を開いた。

「嬢ちゃん、その調査に俺も付いてって良いか?」

 突然の申し出に少し驚く。

「え?」
「調査は騎士がするのなら帰りに付き添う奴が必要だろう。」
「私は…慣れてるから付き添いとかは…」
「いくら慣れてるからと言っても危険が無いわけじゃないだろう。これは俺の気持ちの問題なんだ。それに、俺も森には興味あるしな。」

 おちゃらけた言い終わりではあるものの、カーバッツのその目は真剣だった。

「はぁ…まぁいいと思うけど…」
「そうかじゃあ、俺も同行させて貰おう。宜しいですよね陛下」
「ローニャが良いと言うので有れば問題ないだろう。」

 そうしてローニャはカーバッツと共に森に行く事なった。しかし了承をしたは良いものの、ローニャはやはり不安を感じていた。

依頼の話を終えた後、国王が次の話を始めた。

「さてローニャよ依頼の話は一先ず解決した。次に其方が森で見付けた物について教えてくれ。」

 国王にそう言われるとローニャは森で見付けた家、それから家の中にあった物、先輩の手帳の事、そして先輩の話をした。

「成る程…すまないがローニャよ、今持っている物で、その家にあった物を見せてはくれぬか?」

 と言われローニャは持っていた鞄と剣を机の上に置いた。
 
「まずこれは、【マジックバッグ】です。そんなに大きくは有りませんが…それなりに物は入ります。」
「見せて良いか??」
「はい…」

 ローニャの了承を得ると国王と魔王が鞄を手に取り観察する。

「中には私の私物もありますが…数冊の本が有ります…それは貰った物はです。」
「成る程…感謝するでは、次はその剣を。」

 と言うと国王はローニャの剣を取り、じっくりと観察する。

「ふむ…私は専門家では無いから詳しい事は分からんが…確かにただの剣では無いことは分かる。相当良い素材を使っていると見えるな。」

 国王は魔王に剣を渡すと、魔王も剣をじっくりと観察した後ローニャに返却した。
 
「してローニャよ先程の其方が話していた手帳とやらは今は持っているか?」

 国王の言葉に少し申し訳無さそうに話す。

「ごめんなさい…あれは…先輩の大事な物の様な気がして…持って来ませんでした…無くしたら怖いので…」
「ふむ…そうか…先程の其方は殆ど読めなかったと言っていたが、最後のページ以外で読めた箇所はあるか?」

 そう言われローニャは必死に思い出す。そこで、ふと手帳の表示に書いてあったら文字を思い出した。

「一箇所だけだ…読める文字で書いてありました…」
「ほう…それは?」
「手帳の表示…多分名前だと思います…たしか…【アキト】と書いてありました…」

 そこでローニャの言葉を聞いた魔王が突然、不敵に笑い始めた。

「ふっふっふ」
「どうした?」
「いや、申し訳無い…少し懐かしいと思ってしまってね…」
「懐かしい?」

 その場の全員が首を傾げる。すると魔王が立ち上がり窓を眺めながら話し始める。

「アキト…その名前はよく覚えている。と言っても私が知っている訳では無い。よく祖父に自慢話をされた時、聞いた名前だ。やれ自分は英雄と共に戦ったとか、やれ自分は英雄と友であったとかな…会うたび自慢されていた。丁度いい機会だ、少しだけ英雄について話そうか。まずは【魔族国改正の逸話】について話そう」

 と魔王は語り出した。

『これは五百年程前の話。その時代、この大陸では【魔族】と【人族】との間で争いが起こっていた。理由は魔王の世界征服による物だった。
 人族は持ちうる限りの戦力で人々を守り、そして魔王もまた、持ちうる戦力でを進攻した。だが戦況は常に均衡していた、理由は魔族側が人族との争いを否定するものが多く、魔王は戦士を多く持てなかった。その為戦争は全く進まなかった。
 そんな状況に痺れを切らした魔王が、ある作戦を決行する事にした。それは全面戦争だ。己が持ちうる全ての戦力と時間を使い、一気に攻めようと考えた。魔王はあらゆる魔族の戦士を掻き集めて訓練し、あらゆる技術者を集め兵器を作った。そうして、魔王は力を蓄えた。
 そして五年が経ち、ようやく作戦決行が目前になる頃には国の住人は大反対、反乱を起こす者も居た。しかし魔王は聞く耳を持たず、作戦の日が近付いた。
 そんな時、一人の魔族の男が立ち上がった。魔族は【反乱軍】を結成し、魔王に挑むつもりだった。しかしただの寄せ集めの集団に魔王が負ける訳が無い。反乱軍のリーダーがそう考え踏み出せずに居ると、そこに三人の【人間】現れた。三人の内の一人は植物の魔法を使う魔術師であると告げた後、こう話す

「私はこれより起こりうる大戦争を止める為【神】より遣わされた【使者】である」

と、もう一人は複数の適性を持つ魔術師の女性、もう一人は王国の【勇者】であると告げた。反乱軍のリーダーは三人を軍に引き入れ、その後、十分な戦力が集まると反乱軍は魔王の城に攻め込んだ。
 内戦は一日中続き、そして最後には、植物の魔術師と魔王による一騎打ちの末、魔王は打ち倒された。
 そうして悪しき魔王は居なくなり、魔族国は反乱軍のリーダーが納め、人族と和解し、晴れて魔族も人族として数えられるようになり、平和な世が生まれた。そして三人の人間は大陸中で【英雄】として讃えられた。』

「これが【魔族国改正の逸話】だ。」

 その話はこの世界に取って、知っていて当たり前の逸話だ、ローニャも当然少し知っている。がその後語る話はローニャは知らない。

「だがこの話には続きがある、魔族国改正の数年後、植物の魔術師は忽然と姿を表さ無くなったんだ。その後の英雄の動向を知っている者は、英雄の三人か、私の祖父のみで、その後の話はあまりしては貰えなかった。しかし数十年後、元は広大な平原だった場所が、英雄の失踪と共に、広大な森に成ったそうだ。祖父はその森が植物の魔術師の力による物と考え、その場所を神聖な地とした。今では立ち入る事が憚られる邪悪な場所として広まってしまっているが、元々は【英雄の墓】として扱われていたていた。その事を知る一部の者は、あの森の事を【英雄の墓森】と呼んでいる。」

 ローニャは全く知らない事実に驚くと同時に、疑問が生まれた。

「良いんですか?」
「ああ…」
「そんな大事な場所の…しかも本人のかも知れない物を…私なんかが使ってしまって良いんでしょうか?」
 
 その質問に国王が答える

「英雄の墓と言っても別に所有者が居る訳では無い。ただ踏み入り、荒らすのが恐れ多いとして手を付けなかっただけだ。故に最初に見付けた其方が貰っても咎める事は無い。それに、そのお陰で其方は生き延びたのだろ。なら使い方を知っている者が持っていた方が英雄殿も喜ぶというものだ。」

 成る程、と納得し、次にローニャは気なった事を質問する。

「あの…気になったんですけど…英雄を知ってる人って他にも居るんですか?」

 その質問に魔王が窓の外を見ながら答えた。

「確かに逸話や英雄の印象だけを知っている者は少なからず居る。だが、たった一人だけ、英雄“本人”に会った事があるという者が居る。その者は稀に見る大天才にして、世界最強の大賢者であり、王国唯一の学園【ルーデルハイト学園】の学園長…【マリンスベリー・ルーデルハイト】学園長だ。」

 ローニャは学園長である事よりも驚いた事がある、それは“会った事がある”という事、ならばその人物は現時点で四百歳を有に越えている事になる。ローニャはどんな人物なのかと少し興味が湧いて、聞いて見ようとした時、カーバッツがローニャ話し掛ける。

「会って見たいって思ってるんなら、おすすめはしないな…」
「え?」
「あいつは…その…少し…というか、かなり変わってるからな。」

 カーバッツの言葉にローニャ以外の全員がうんうんと頷いた。

「えぇ…」
「まぁその内会えるだろ…」

 結局学園長が変わってる人という事だけが分かっただけで、いまいち分からなかった。

「“彼女”の話は終わりとして、次の話をしよう。ローニャ君、今の話をした直後ではあるが、君が使っていない物で英雄に縁の有りそうな物はあるかな。もしあるのなら良ければ譲って貰いたい。というのも植物の魔術師の遺物が、現在保管されている物が無いんだ。君が持っている物以外はね。だから一つでも遺物を保管しておきたいんだ、勿論タダでは無い、相応の金額を支払って買い取ろう。どうかな?」

 魔王の質問にローニャは思い出そうと考える。何か無かったか、それらしい物は無かったかと。

「あ…あれ…かな…」
「心当たりがあるのか?」
「あ…はい…えっと少し長めな…杖?が二本倉庫に置いてあって…使い道が無かったので放ったらかしになってます…それなら譲れると思います…」
「本当かい?!」

 魔王が机を『バン!』と叩く。
 
「でも…今は持ってないです…家に置いてあるので…」

 とそこで国王が口を開く。

「では森の調査の際、その杖を回収するというのはどうだ?」
「あ…じゃあそうします…」
「では調査隊の案内と杖の回収を頼む。」
「私からも宜しく頼む。」
「分かりました…」
「うむ…話は纏まったな、他に有るものは?」
「…」
「では此度の会議はこれにて終了としよう。では解散とする。」

 全員が立ち上がり礼をする。国王と魔王に別れを告げ、部屋の外に出ようとした時、ローニャが窓の外に気配を感じ振り返った。

「どうした?」

 しかし其処には何も居らず、ローニャは気の所為だという事にし部屋を出た。
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