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2.妻からの書簡
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クラウスの執務室の横には、簡易的な私室が設けられている。
執務の間に休憩を、との配慮から設置されたものだが、入室が許されるのは、クラウスに近しい者だけに限られている。
侍従を伴い、執務室から私室へ移ったクラウスは、眉間に皺を寄せて、目をぎゅっと瞑った。
この部屋に執務室の文官たちは入れない。表の気を張る仕事の空気から一時解放されて、クラウスは大きく息を吐いた。
「お呼びと伺いました」
3度のノックの後、一人の男の声が静かにそう告げた。
「入ってくれ」
クラウスの許可と同時に、執務室に続く扉とは反対の小さな扉から一人の男が入ってきた。
男の名は、ギルバート・ラッセン。
ラッセン侯爵家の次男で、クラウスが王位に就くと同時に宰相位に就いている。
クラウスとは同い年で、アンジェリカと同じく幼少期から国を支える一角になるべく育てられた側近中の側近である。
ギルバートは、クラウスの私室に入ると、向かいのソファに腰を下ろした。
本来なら王たるクラウスの許可なく座ることは許されないが、この私室では、ギルバートはクラウスの友人として扱われている。この所作はいつもの事だった。
「王妃宮からの通達、こちらにも届いたよ。クラウスも聞いたんだろう?」
「……ああ」
「事前に話はあったのか?」
「いや、昨晩、逢った時は特に変わりなかった。ただ」
クラウスは、一度言葉を切って、まだ封を解いていない先ほど受け取った書簡を机の上に置いた。
「……アンジェリカからの書簡か」
クラウスの名が表に書かれているのを見て、ギルバートが低く呟く。
アンジェリカとも接点の多いギルバートには、その字は見慣れたものだった。
「まだ中は見ていない。何が書かれているかと思うと怖くてな」
「まあ、そうだな。彼女のことだ。口頭で伝えられることなら、昨日お前に話しているだろうしな」
「そうだ。書簡なのが怖いだろう?」
「で、俺を呼んだのか」
「ああ。一人で見るのは勇気が要る。書かれているのは恐らくあの事だろうしな」
クラウスは小さく溜息を吐いた。
机の上の封書には、整った字で『クラウス・ベルアート・クラウゼン様』と書かれている。
国王の文字を含まないのは、アンジェリカが王妃として書いたのではなく、妻として書いた私信だからだと分かる。
王妃宮から、王妃としてのアンジェリカの意志表明はすでにされている。
そしてそれはギルバートも宰相として受け取ったのだ。
「先ほど届いた王妃宮からの通達は、実に簡素なものだった。クラウスの執務室に届いたものも同じだろう?」
「おそらく。こちらは、王妃宮を閉鎖することと、公務については滞りなく参加するということだ。その他の接触については、しばらくの間全て断つ、と」
「概ね同じだな。宰相府には、王妃宮との連絡係に指名があったが」
「そうなのか?」
「ああ。宰相府の文官の一人に、コールマン家の派閥の子爵令嬢がいるんだ。その令嬢が指名されている。彼女以外の者は、王妃宮に近づくことすら禁じられた」
ギルバートの言葉に、クラウスは顎に手をやって、するりと撫でた。考え事をするときの癖だ。
「こちらにはそういう通達はなかった。しかし、いつもアンジェリカとの連絡係を務めていた者が王妃宮へ訪ねたが、門前払いだったらしい。
ただ、この書簡を持って帰ってきた」
そういうと、クラウスは机の上の封筒を指で示した。
封を切られていない手紙は、さほど厚くはないのに、とても重々しくクラウスとギルバートには感じられた。
執務の間に休憩を、との配慮から設置されたものだが、入室が許されるのは、クラウスに近しい者だけに限られている。
侍従を伴い、執務室から私室へ移ったクラウスは、眉間に皺を寄せて、目をぎゅっと瞑った。
この部屋に執務室の文官たちは入れない。表の気を張る仕事の空気から一時解放されて、クラウスは大きく息を吐いた。
「お呼びと伺いました」
3度のノックの後、一人の男の声が静かにそう告げた。
「入ってくれ」
クラウスの許可と同時に、執務室に続く扉とは反対の小さな扉から一人の男が入ってきた。
男の名は、ギルバート・ラッセン。
ラッセン侯爵家の次男で、クラウスが王位に就くと同時に宰相位に就いている。
クラウスとは同い年で、アンジェリカと同じく幼少期から国を支える一角になるべく育てられた側近中の側近である。
ギルバートは、クラウスの私室に入ると、向かいのソファに腰を下ろした。
本来なら王たるクラウスの許可なく座ることは許されないが、この私室では、ギルバートはクラウスの友人として扱われている。この所作はいつもの事だった。
「王妃宮からの通達、こちらにも届いたよ。クラウスも聞いたんだろう?」
「……ああ」
「事前に話はあったのか?」
「いや、昨晩、逢った時は特に変わりなかった。ただ」
クラウスは、一度言葉を切って、まだ封を解いていない先ほど受け取った書簡を机の上に置いた。
「……アンジェリカからの書簡か」
クラウスの名が表に書かれているのを見て、ギルバートが低く呟く。
アンジェリカとも接点の多いギルバートには、その字は見慣れたものだった。
「まだ中は見ていない。何が書かれているかと思うと怖くてな」
「まあ、そうだな。彼女のことだ。口頭で伝えられることなら、昨日お前に話しているだろうしな」
「そうだ。書簡なのが怖いだろう?」
「で、俺を呼んだのか」
「ああ。一人で見るのは勇気が要る。書かれているのは恐らくあの事だろうしな」
クラウスは小さく溜息を吐いた。
机の上の封書には、整った字で『クラウス・ベルアート・クラウゼン様』と書かれている。
国王の文字を含まないのは、アンジェリカが王妃として書いたのではなく、妻として書いた私信だからだと分かる。
王妃宮から、王妃としてのアンジェリカの意志表明はすでにされている。
そしてそれはギルバートも宰相として受け取ったのだ。
「先ほど届いた王妃宮からの通達は、実に簡素なものだった。クラウスの執務室に届いたものも同じだろう?」
「おそらく。こちらは、王妃宮を閉鎖することと、公務については滞りなく参加するということだ。その他の接触については、しばらくの間全て断つ、と」
「概ね同じだな。宰相府には、王妃宮との連絡係に指名があったが」
「そうなのか?」
「ああ。宰相府の文官の一人に、コールマン家の派閥の子爵令嬢がいるんだ。その令嬢が指名されている。彼女以外の者は、王妃宮に近づくことすら禁じられた」
ギルバートの言葉に、クラウスは顎に手をやって、するりと撫でた。考え事をするときの癖だ。
「こちらにはそういう通達はなかった。しかし、いつもアンジェリカとの連絡係を務めていた者が王妃宮へ訪ねたが、門前払いだったらしい。
ただ、この書簡を持って帰ってきた」
そういうと、クラウスは机の上の封筒を指で示した。
封を切られていない手紙は、さほど厚くはないのに、とても重々しくクラウスとギルバートには感じられた。
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