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33 帝都と安宿
しおりを挟む「………うん、だからもう暫くは帰れないと思う。大丈夫だよ、みんなとっても優しいし、友達も助けてくれるから。また戻る日が決まったら私から連絡するね」
まだ何か言いたそうな母の雰囲気には気付いたけれど、オリヴィアは黙って電話を切った。
王宮を出て三日目。
帝都の安い宿に辿り着いて、なんとか有り金を食い潰しながら生活している。安宿と言ってもタダではないし、着実に残金は減っていた。
だけど、今の状態で家に戻ることなんて出来ない。クビになったと二人に伝えるのは心苦しいし、戻るとしても新しい仕事を見つけてからでないと。
ふぅっと長い溜め息を吐いて、オリヴィアは机の上のパンの袋を手に取った。一つのパンを三つに分けるのは食費の節約にはなるけれど、気分を憂鬱にする。
(………早く仕事を始めなきゃ、)
一日目、帝都の繁華街で気になるお店には手当たり次第声を掛けてみたけれど、あいにく職を得ることは出来なかった。帝都は、田舎の方から夢を胸に流れ着いた若者で溢れていて、人手に困ることはないのだ。
王宮で働いていたことを伝えれば、もしかすると何か効果があるかもしれないけれど、色々と詮索されることを恐れて黙っていた。
しっかりした職歴のない若い女に、都会の人々の風当たりは強い。
「バレットさん、また延長?これで四日目になるけれど、貴女支払う能力はあるの?」
宿の受付の女は不信感を露わに眉を顰める。
オリヴィアは財布を開いて紙幣を数枚トレイに置いた。
「前払いしておきます。来週までには仕事を見つけるので、どうかもう少しここに居させてください」
「まぁ、払えるならウチは良いけど……」
「すみません。ありがとうございます」
頭を下げて通り過ぎ、宿の外へと踏み出した。
少し湿った雨上がりの空気が頬を撫でる。ここのところ天気は崩れ気味で、朝から夜まで重たい雲に覆われた空からはシトシトと雨が降り続いていた。
小さな田舎町に戻るためには、ゴシップの種になるようなことがあってはならない。華々しく王宮に入って料理人をしていた娘が突然クビを切られて出戻って来たなんて、両親には顔向け出来ないから。
下を向いて足を進めていると、ふいに誰かに呼び止められた。目を遣ると、縮れた赤毛を背中まで伸ばした女がこちらを見ている。
「あんた、仕事を探してるの?」
「え?」
オリヴィアは驚いて聞き返す。
女は歯の欠けた口を開けてニヤッと笑った。
「いんや、あたしも同じ宿に泊まっててね。会話が耳に入ったもんだからさぁ」
「………そうですか」
「選ばないんだったら紹介出来るよ。帝都で紹介もなく仕事を見つけるなんて難しい話だ。あたしはこのあたりじゃ顔が利いてね、自分で言うのも何だけどちょっとした有名人なんだ」
「まぁ、本当ですか?どんな仕事を?」
「見たところまだ若い。いくらでも選択肢はあるよ。客商売は好きかい?人を笑顔にする仕事だ」
「大好きです!やり甲斐があって──」
オリヴィアは食い気味に返事を返す。
頭の中では自分の作った料理を食べた両親の顔、美味しいと言ってくれたネロの笑顔を思い浮かべていた。あの時作ったオムライスが彼に提供した最後の食事になるなんて。
「辛いことがあったんだねぇ」
「………っ!」
「顔を見たら分かるよ。金はあたしらを裏切らない。あんたのお陰で笑顔になる人も居るから、物は試しだ。やってみないかい?」
差し出された手を少し迷った末に取った。
何があろうと金銭の価値が変わらないというのは全くもってその通りで、オリヴィアが今ギリギリ食い繋げていけているのはネロとの時間に対する報酬のお陰。
割り切らないといけない関係だったのに、うっかりその泥濘に足を取られてしまった自分が悪いのだ。きっと。
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