54 / 105
第二章 夏の宴と死者の森
50 赤い森7
しおりを挟む前傾気味のだらっとした姿勢のままで、ソロニカは取り出した金槌のようなものを投げ飛ばす。耳をつん裂く金切り声を上げて巨大なカラスは横転した。
「レオン、状況を説明しろ。五秒だ」
「リンレイは悪魔で、魔力を吸い取ることが可能です。アーベルはすでに敗れて、黒の魔導書の保管場所に関する情報が漏れました」
「やはり力は筋肉ではなく、頭に宿るんだな。僕は脳筋とは昔から分かり合えないんだ。君もか?」
「どうでしょう。友達が少ないので」
王太子がこの場に居ることを当然のように受け入れて淡々と会話するソロニカに驚愕しつつ、コレットは小屋の方へと退がる。自分が共闘したところでまったくもって役に立たないことは分かっていた。それはもう、十分過ぎるぐらい。
「しかし妙だな…… 悪魔の魔力であれば校内で感知出来たはずだが。この顔、臨時講師をしていた男だろう?」
「リンレイは魔力を消すことが出来ます。俺は十年ほど前に彼と会ったことがある」
「知り合いなのか。こんな場所までわざわざ待たなくても、さっさとプリンシパルで潰しておいてくれれば良かったものを」
「事情があったんです。それに、以前会った時は彼の顔まで見ていなかった。ソロニカ先生、貴方は俺が生徒に紛れていたことに気付いていたでしょう?見えていたはずです、魔力が」
「べつに僕は自分の授業を遂行するだけさ。出席する生徒にレオン・カールトンが混じってようが何だろうが、どうだって良い」
「じゃあ、これも見過ごしてください」
レオンは再び両手を合わせて近くの木の幹に触れる。ボゴッと土の中から露出した根が細かな粉塵を周囲に飛ばした。
確実に彼の体重より数十倍はあるであろう大木を、王子は軽々と持ち上げている。土人形の時と同様に六芒星を空中に描くと、乾いた樹皮に押し付けた。
「昔からツリーハウスに住むのが夢だったんです。子供らしい夢でしょう?」
「プッチ副校長あたりが聞いたらキレるだろうね」
「隷属……檻、」
ガキンガキンッとまるで本物の金属が触れ合うような音が響き、大木は檻の形となってリンレイを閉じ込めた。赤い目が不快そうに細められる。
「レオン、魔法使いとしてのプライドは無いのですか?魔術を使っている時の君はどの魔術師よりも生き生きしているように見えます」
「そうだな。楽しいよ、実際」
「………ッ、これは!」
鉄格子に手を掛けたリンレイは何か異変を感じ取ってすぐに手を引っ込めた。涼しげな目元に憎しみが宿る。
「この檻はただの木製じゃない。バカデカいカラスに焼き壊されたら困るし、念のため砂利を混ぜて硬化しておいた。加えて魔力で捻じ曲げようとしたら更に強度が上がるように細工してある。俺が作ったお前のためのオーダーメイドだから、鍵なんて概念もない」
「レオン・カールトン……!!」
「十年ほど前になるか?前回聞けなかったことを聞きたい。極地会についてと、お前ら悪魔が隠したイリアスの──」
レオンは言葉を中断して後ろへと飛び退く。
先ほどまで立っていた場所には、巨大な穴が空いていた。その縁から這い上がるように、白い手がニュッと伸びる。
「リンレイ!間抜け面ねっ!ざまぁなさい、私たちのことをバカにするからこうなるのよ!」
「チッ、いらっしゃいましたか」
「当たり前でしょう~ マゼンタスは私の管轄なのよ!それに此処に来たら王子に会えると思ったのっ!」
「………?」
面識が無いのかレオンは不思議そうな顔をする。
現れたのは肩まで伸びた白髪を可愛らしくカールさせた若い女。発展した現代のセレスティアではあまり見掛けない、旧貴族が好むドレスを着込んで、顔には仮面舞踏会よろしく面を付けていた。
「丁度良い。私を檻ごと森の外へ運び出してください。レオンだけではなく、プリンシパルのソロニカが来ている。報告のため引きましょう」
「ダメよ~ダメダメ!今日はツーショット撮るまで帰らないんだから。顔ファン舐めんじゃないわよ」
レオンの方を向くと、首から下げた大きなカメラを持ち上げて女は何度かシャッターを切る。ベロンと出て来たフィルムを眺めると、うっとりしたように目を細めた。
「ん~素敵!非公式会報の近影が更新されない今、過激派のファンは自分で撮りに行くに限るわ」
「話を聞きなさい。貴女も組織の一員ならば分かるはずです!私たちは盤上の駒、最後にゲームに勝つために此処で散るわけにはいかない」
使える手札が減りますから、と続けると、女はプクッと頬を膨らませる。コロコロと表情を変える女を眺めていたら、水色の瞳がコレットを捉えた。
「待って……女が居るんだけど」
「彼女はプリンシパルの教師ですが、実質の魔力はゼロです。私たちの敵ではない」
「そういう問題じゃないのよ。最推しの王子の半径三メートルに女が居るの……どういう意味か分かる?」
「さっきから何を貴女は!」
リンレイが腹立たしげに声を荒げたその時、若い女はコレットに向けてシャッターを切った。
「貴女の顔、覚えておくから。王子に指一本でも触れてみなさい……殺すわよ」
「………っ!」
女の顔は冗談や脅しではなく本気で、ゾッとした悪寒が背中を駆け上がる。この人と私は今日初めて会ったような仲で完全に他人です、と丁寧に説明しておくべきかコレットは頭を悩ませた。
しかし、そんな時間もすぐに終わる。
ソロニカの銃弾が女の腕を掠めたのだ。
「ッあぁー!!痛い!!痛いってば……!なんでレオンでもないオッサンに撃たれなきゃいけないのよ、このドレス高かったのよ!?」
「そんなことは知らん」
「もう目的は果たしましたから、この場に残るメリットはありません。移動してください」
「………指図しないでよ、偉そうに」
女は不服そうにそう吐き捨てて、リンレイの檻を乱暴に掴む。そうしてそのままベッと舌を出すと一瞬にして姿を消した。
「俺が追います」
「待て!」
すぐに動いたレオンに向けてソロニカが叫ぶ。
「アイツらは下っ端だ。僕たちだってミドルセンに報告する義務がある……面倒だが。それにレオン、君はやるべきことがあるはずだ」
「…………」
王子は閉口するとソロニカの目を見据える。
灰色の瞳は納得のいかない様子。
「アーベルと生徒は僕たちに任せて、一度本来居るべき場所に戻れ。立場を考えた行動をしろ」
「変わりましたね、ソロニカ大尉。貴方に立場を説かれる日が来るとは思わなかった。きっとまた会うことになるでしょうから、よろしくお願いします」
「ああ」
「コレット先生、これは返します」
真っ直ぐに近付いて来たレオンが、顔を上げたコレットの額にそっと触れる。指先から何かあたたかなものが流れ込む感覚があった。
しかし、詳しいことを聞こうと口を開いたその時、王子はすでにそこには居らず、コレットはただ薙ぎ倒された木々の中でこちらを見るソロニカの姿を確認しただけだった。
51
あなたにおすすめの小説
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。
はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
Re:Monster(リモンスター)――怪物転生鬼――
金斬 児狐
ファンタジー
ある日、優秀だけど肝心な所が抜けている主人公は同僚と飲みに行った。酔っぱらった同僚を仕方無く家に運び、自分は飲みたらない酒を買い求めに行ったその帰り道、街灯の下に静かに佇む妹的存在兼ストーカーな少女と出逢い、そして、満月の夜に主人公は殺される事となった。どうしようもないバッド・エンドだ。
しかしこの話はそこから始まりを告げる。殺された主人公がなんと、ゴブリンに転生してしまったのだ。普通ならパニックになる所だろうがしかし切り替えが非常に早い主人公はそれでも生きていく事を決意。そして何故か持ち越してしまった能力と知識を駆使し、弱肉強食な世界で力強く生きていくのであった。
しかし彼はまだ知らない。全てはとある存在によって監視されているという事を……。
◆ ◆ ◆
今回は召喚から転生モノに挑戦。普通とはちょっと違った物語を目指します。主人公の能力は基本チート性能ですが、前作程では無いと思われます。
あと日記帳風? で気楽に書かせてもらうので、説明不足な所も多々あるでしょうが納得して下さい。
不定期更新、更新遅進です。
話数は少ないですが、その割には文量が多いので暇なら読んでやって下さい。
※ダイジェ禁止に伴いなろうでは本編を削除し、外伝を掲載しています。
異世界亜人熟女ハーレム製作者
†真・筋坊主 しんなるきんちゃん†
ファンタジー
異世界転生して亜人の熟女ハーレムを作る話です
【注意】この作品は全てフィクションであり実在、歴史上の人物、場所、概念とは異なります。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。
カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。
母は何処? 父はだぁれ?
穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。
産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。
妹も、実妹なのか不明だ。
そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。
父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。
母は、どこへ行ってしまったんだろう!
というところからスタートする、
さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。
変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、
家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。
意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。
前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。
もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。
単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。
また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。
「小説家になろう」で連載していたものです。
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる