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第五章 侯爵と薔薇の園編
40.領主の品格
しおりを挟む帰り道、馬車の中は凄まじい熱気だった。
ギルモント・ロスを見つけたイシスは彼が手に持つ大きな植木鉢を見るや否や、一緒に馬車で帰ることを提案した。そんなに大きな荷物を持って馬車を探すなんて云々と彼を誘って、御者を見つけ、交渉の末に馬車に乗るまでおそらく5分も掛かっていない。
イシスと私が隣り合って並び、ギルモントと植木鉢が反対側のシートに座っている。
「ああ、夢のようです。ロス侯爵様と同じ馬車に乗れるだなんて…!」
キャサリンのことを注意できないぐらいイシスもかなり前のめり気味にギルモントに目を輝かせている。少し日に焼けた茶色い肌に青い瞳といった彼の風貌は、確かに異国情緒があるかもしれない。
「こちらこそ。素敵な女性と同席できて嬉しいよ」
「そんな…!素敵だなんて…!」
私はイシスが興奮し過ぎて倒れたりしないか心配だった。
彼女は馬車に乗ってからずっと熱に浮かされたようにギルモントを見つめている。その目には薄ら涙すら浮かんでいて、興奮状態を伝えるには十分だった。
そう言えば、とギルモントが私の方を向く。
「選挙の日取りが来週に決まったんだ。アーサーくんに伝えておいて貰えるかな?」
「はい、分かりました」
「領主選挙ですか?私は必ずロス侯爵様にこの一票を捧げますから……!」
「ありがとう。助かるよ」
微笑むギルモントを観察する。
社交界の人気を我が物にしていたのに、どうして西の領地に越してきたのだろうか。それも、レクター家だなんて。確かに大きな屋敷だけれど私だったら一人で住むのは怖い。
「あの…どうして西の領地に?」
レクター家のことは私の口からは聞き辛いので、ぼんやりとした質問になってしまった。ギルモントの青い瞳が私を捉える。
「実は今までセントラルで開業医をしていたんだけど、飽きてしまってね。あそこは都会だから医者も飽和状態だ。それならば、と思ってまだ未開の地だった西の領地に来たわけ」
「すばらしいお考えです……!」
「……未開の地?」
「言い方が悪かったね。セントラルほど発展はしていないだろう?だから需要はあると思ったんだ」
もっともらしい理由を述べられたので私は黙り込む。
「レクターの屋敷であった事件のことは新聞で見たよ。だからあの悲しい場所に花を植えた。少しでも亡くなった人の魂が安らかに眠れるようにね」
「……そうですか、」
ぐるりと薔薇で囲まれた庭園を思い出す。屋敷の中も外も目に付く場所には植物が置かれていた。ベルモントがそんな意図で置いていたなんて。
事実、意外とまともそうな考えを持つ彼に拍子抜けする。
「では…どうして領主に立候補を?」
ギルモントの青い目が私を見つめ返して、暫くの間視線が絡んだ。息が詰まるような沈黙。
「………僕は本物だから」
「え…?」
「本物の領主になれると思ったんだ。メアリー・レクターのような紛い物ではなく、ね」
たしかにメアリーは領主としての権限を私利私欲のために使っていたようだから、あまり良い領主ではなかったかもしれない。しかし、ギルモントの言った“本物”という言葉が私の中でずっと引っ掛かっていた。
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