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第一章 ジャンヌ・クレモルンの結婚
04 結婚式
しおりを挟む楕円の鏡の中に映る、自分を見つめていた。
長い黒髪は綺麗にまとめ上げられ、柔らかな白いヴェールを被っている。忘れていた二十歳の頃の自分と鏡越しに対面するのは不思議な気分だった。
十月十日、土曜日。
空模様は雲ひとつない快晴。
「ジャンヌ、おめでとう。誰よりも先に今日は貴女に言っておきたかったの。結婚祝いを渡したいんだけど、良いかしら?」
そう言って待合室に入って来たのはアマンダだった。ハニーレモン色のドレスをふんわりと広げて、私の隣に腰掛ける。
「お父様に聞いたわ。学校に行くんですって?」
アマンダは私の声を聞いてすぐに顔を上げた。
分かりやすい戸惑いの表情。
「小父様が……?あぁ、ジャンヌ!ごめんなさい、気にしないでほしいの。誰かにどうにかしてほしいなんて思ってないわ。自分の問題よ」
「だけど、私たちは家族よ」
「クレモルン家には、迎え入れてくれただけで感謝してる。小父様に聞いたかもしれないけど私……看護師になりたくて。お父様やお母様みたいな悲惨な状況に陥った患者さんたちを、助けたいって思っているの」
母キャサリンの妹、つまりアマンダの母親にあたる女性は、アマンダが十歳のときに火事で死亡した。寝室からの出火だったらしく、夫とともに病院で命を引き取ったと聞いている。
たった十歳の少女だったのに、静かな部屋でもう動かない両親と対面したときのアマンダはいったいどんな心境だったか。そんなの想像しなくても理解出来た。だから私たちは彼女を本当の家族のように大切にして来たし、これからもそうする。
家族の夢を応援したい。
それは、天秤に掛けて自分で出した回答。
「素敵な看護師になってね。貴女ならきっと大丈夫だと思う。お金のことなら心配しないで」
「ジャンヌ……!ごめんなさい、絶対に卒業したら返すから。小父様と貴女がしてくれたことは忘れない。私、忘れないわ……!」
「じゃあ、素敵なお医者様と結婚しないとね」
私が笑ってアマンダの腕を突くと、アマンダは恥ずかしそうに肩をすくめた。
「本当はね、もう一つ別の理由もあるの」
「別の理由?」
「去年の夏、私が体調を崩して入院したことがあったでしょう。あのときに寄り添ってくれた病院の方達を見て、私もこうなりたいって思ったのよ」
「あぁ……手術をしたのよね?大変だったと思うわ」
昨年の夏にアマンダはひどい腹痛を訴えて、一週間ほど病院に入院をした。医師の説明では小さな腫瘍があったとのことだが、退院後は特に変わった様子はないので順調に回復しているのだと思う。
心配を掛けたくない、と頑なに面会を拒否されたので私も父も病院へは行けなかった。もう家族同然なのに、アマンダは未だに私たちに気を遣っている気がする。
(大丈夫……なんとかなるわ)
イーサンとの結婚生活はこれから自分の行動で変えていくことが出来るはず。義母との関係が形作られる前に、対策を取れば良い。なるべくストレスなくヘルゼンの屋敷で生活するために、何をすべきか考えないと。
アマンダはお祝いと称して、私の手に小さな正方形の箱を置いた。アクセサリーを収納するケースみたいだ。そういえば、私は前回も結婚式の日に彼女からこんな箱をもらっていた気がする。中身は何だったっけ?
「これは?」
「幸運のお守り。貴女が人生の壁に遭遇して挫けそうになったときに開けて。きっと貴女を助けてくれるはず。それまでは開けちゃダメよ、約束!」
「ありがとう。なるべく開けないで終えたいけど」
答えながら、私は思い出した。
そうだ、私はこの箱を開けないまま一度目の人生を終えた。箱をもらったことは確かに覚えているし、言われた説明もまったく同じ。だけど、五年にわたる結婚生活でアマンダから贈られた箱は何処かへ行方をくらまして、存在すら忘れていた。挫けそうな場面は、多々あったというのに。
「もうすぐ始まるわよね?私は席に戻るわ」
「ええ。また後でね、アマンダ」
美しく微笑んで従姉妹は部屋を去った。
結婚を破談にする。ただそれだけのことだったけれど、私は成し遂げられなかった。父親からあんな風に説得されたら、断ることも出来ない。以前の人生では、アマンダが医療学校に通うなんて事実はなかったと記憶しているが、今回は少し違うのだろうか。いずれにせよ、目標を持って頑張ることを否定は出来ない。
(さて、どうしたものかしら………)
ヘルゼン伯爵夫人にはきっとすでに「挙式前日に断りを入れてきた非常識な娘」というイメージを持たれているだろう。それは言い訳出来ない。
一度目と同じ流れならば、挙式が終わったら私は自分の身の回りのものをまとめてヘルゼン伯爵家に向かうはず。あの窮屈な部屋を私室として与えられることになるのだ。
それからは毎日同じ。
平日の間は騎士として召集されている夫イーサンの帰りを待ちながら、義母による地獄の嫁教育が始まる。もう一度通してあれらを学ぶのかと思うと、すでに胃痛がした。
「あんなに頑張っても、悪妻呼ばわりなのにね……」
子供は生まれず、家事も出来ない、夫の気も引けない私に下された評価は辛辣だった。いくら努力しても押されたのは「悪妻」の烙印。
どうすれば正解だったのだろうか。
涙を流しながら何度も考えた。
真面目に聞いて、精一杯努力したつもりだ。ヘルゼン伯爵家の一員として落ち度のないように。夫イーサンを支える良き妻であるために。
「新婦様、ご準備は出来ましたか?」
「はい。今行きます」
私は最後にもう一度鏡を見て、立ち上がった。
廊下を抜けると、私とイーサンが式を挙げる会場に辿り着く。私たちは用意された指輪を交換して、神父の前で永遠の愛を誓う。
私は、私を裏切った夫と、二度目の結婚をする。
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