6 / 83
第一章 ジャンヌ・クレモルンの結婚
05 ペチュニア
しおりを挟む一時間半にわたる結婚式が終わった。
いずれ自分を裏切る相手と二度目の結婚を挙げるというのは、とても奇妙な感覚だった。他人からすれば正気の沙汰ではないだろう。私だって出来ることならば遠慮したい。
しかし、このイベントは回避出来なかった。
はっきりと破談を申し出たが、金銭的な問題は我がクレモルン家にとっての最大の弱点であり、アマンダもまた亡き母キャサリンに託された彼女の姪なので、私も父も無碍には出来ない。
「綺麗だよ、ジャンヌ………」
うっとりとしたようにそう言うイーサンに、私は控えめな笑顔を返した。ならば、他の女に心移りなどせずに大切にしてほしい。そう言えたら、どんなに良いだろう。
イーサンはいつから浮気をしていたのか。
義母は気付いていたようだったので、私が相当鈍かったか、イーサンが上手く隠していたということ。心当たりは正直まったくない。彼自身、誰にでも愛想は良い人柄で、男女問わず友人は多かったと記憶している。今日だって、初めて会ったイーサンの友達を名乗る人たちから私は何度も祝福の言葉を受けた。あの中に、彼の未来の浮気相手が居る可能性だってある。
「ジャンヌ!」
飛んで来た大きな声に私の心臓は縮んだ。
あぁ、いよいよ彼女と対面するときが来たのだ。
「お義母様………」
「いったい式の前は何処に居たの?貴女ったら探しても探しても見つからなかったわ。私たちがどれだけ心配したことか。昨日の今日ですもの、また心変わりしたんじゃないかって……」
「母さん、ジャンヌに失礼だよ。今日こうして来てくれたんだから、良いじゃないか」
憤る母親を落ち着かせようと割って入るイーサンの背中を見つめながら、今後の流れを考える。
式を終えて食事会に入った参加者たちの面々の中に、父の姿を探してみる。案の定、父ダフマンは上司であるイーサンの父親と赤い顔で話し込んでいた。
「アンタがそう言うなら良いけど…… ヘルゼンにはヘルゼンのマナーがあるから。そういうのは家長の妻である私が直接教えることなのよ」
「ジャンヌは真面目な女性なんだよ。きっと母さんも気に入る。昨日はちょっと……女性特有の気分の沈みがあったんだ。そうだろう?」
「え?あ………ええ、そうみたいです」
ご迷惑をお掛けしてすみません、と頭を下げると、ヘルゼン伯爵夫人はフンッと鼻を鳴らした。
「分かってるなら良いのよ。貴女は今日からうちの娘なんだから、しっかり前を向いて生きなさい」
「はい、お義母様」
やっと機嫌が治ったのか、義母はそれっきり私に話し掛けては来なかった。参加者たちの間を縫うように歩きながら、時折嬉しそうに顔を寄せて話している。
この食事会が終わったら、いよいよヘルゼンの屋敷へ移動する。私は自室を与えられて、夜になるとイーサンと結婚後初めての夜を共にする。考えただけで吐き気がした。
(回避したいけど無理よね………)
夫婦になる以上、諸々の面倒ごとは避けて通れない。だからといって、また五年もの年月を彼と過ごすのは精神的に耐え難い。今だって、イーサンと触れ合っている右半身がなんだかピリピリするというのに。
「ごめんなさい、少し外に出て様子を見てくるわ。お父様やアマンダにも会いたいから」
「分かった。だけど僕との時間も大切にね」
「………ええ、もちろん」
笑顔を浮かべてすぐに踵を返して立ち去った。
一刻も早くこのドレスを脱ぎ捨てたい。薬指にはめた指輪が締め付けるように苦しい。騙されていたのは私なのに、どうしてこんな気持ちになるのか。
「しっかりして、これからなのよ……」
自分に言い聞かせるように呟いて、顔を上げると、大きな花束を抱えてよたよたと歩く男が目に入った。慌てて近寄って声を掛ける。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、いえ、大丈夫………!」
答えた瞬間に男は派手にひっくり返って尻餅をついた。私はドレスを引っ張り上げてその傍にしゃがみ込む。
額に粒汗を浮かべた丸顔の男は、困った様子で手足をばたつかせているが、どうやら抱えたままの巨大な花束が立ち上がる邪魔をしているようだった。
「私が代わりに持ちますから、立ってください」
「あぁっ、すみません!」
「急がなくて良いですよ」
男はやっとのことで上体を起こして、両手で身体を支えて立ち上がった。人の良さそうな顔に芝生が付いていたので、私は持っていたハンカチでそれを拭う。
「いやぁ、本当に申し訳ない。今日式に参列出来ない上長からの命令で花束を持参したのですが、いかんせん大きくて……」
「転んでしまっては危険です。このまま一緒に運びましょう」
「助かります、いやはや……」
ほっとしたように息を吐いたのも束の間、男は私の服装を二度見して青褪めた。
「花嫁殿でいらっしゃいますかっ!?」
「え?あぁ、まぁ……」
「そんな、本日の主役に雑用を手伝わせることなど出来ません!私が一人で運ぶので大丈夫です!!」
「だけど足元が……!」
言い終わらないうちに男は再度足をもつれさせてすっ転んだ。このままでは花も可哀想だ。ひっくり返ったままで途方に暮れる小柄な男を覗き込む。
「私たちへの花束ですよね?自分のものを自分で運ぶのは、当然のことです」
「………すみません」
申し訳なさそうに項垂れる男と協力して私は花束を会場まで運び入れる。慌ただしく動き回っていた係員に声を掛けて、適当な場所へ飾るようにお願いした。
男は額から垂れる大粒の汗をポケットから出したハンカチで拭いつつ、自分は騎士団に所属するクリストフ・ピボットだと名乗った。
182
あなたにおすすめの小説
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
恋した殿下、愛のない婚約は今日で終わりです
百門一新
恋愛
旧題:恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。
※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載
【完結】優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さん、カクヨムさんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
『悪役令嬢は、二度目の人生で無言を貫く。~処刑回避のために黙っていただけなのに、なぜか冷徹宰相様から「君こそ運命の人だ」と溺愛さています~』
放浪人
恋愛
「もう、余計なことは喋りません(処刑されたくないので!)」
王太子の婚約者エリスは、無実の罪を着せられた際、必死に弁解しようと叫び散らした結果「見苦しい」と断罪され、処刑されてしまった。 死に戻った彼女は悟る。「口は災いの元。二度目の人生は、何があっても口を閉ざして生き延びよう」と。
しかし、断罪の場で恐怖のあまり沈黙を貫いた結果、その姿は「弁解せず耐え忍ぶ高潔な令嬢」として称賛されてしまう。 さらに、人間嫌いの冷徹宰相クラウスに「私の静寂を理解する唯一の女性」と盛大な勘違いをされ、求婚されてしまい……!?
「君の沈黙は、愛の肯定だね?」(違います、怖くて固まっているだけです!) 「この国の危機を、一目で見抜くとは」(ただ臭かったから鼻を押さえただけです!)
怯えて黙っているだけの元悪役令嬢と、彼女の沈黙を「深遠な知性」と解釈して溺愛する最強宰相。 転生ヒロインの妨害も、隣国の陰謀も、全て「無言」で解決(?)していく、すれ違いロマンティック・コメディ! 最後はちゃんと言葉で愛を伝えて、最高のハッピーエンドを迎えます。
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
全てがどうでもよくなった私は理想郷へ旅立つ
霜月満月
恋愛
「ああ、やっぱりあなたはまたそうして私を責めるのね‥‥」
ジュリア・タリアヴィーニは公爵令嬢。そして、婚約者は自国の王太子。
でも私が殿下と結婚することはない。だってあなたは他の人を選んだのだもの。『前』と変わらず━━
これはとある能力を持つ一族に産まれた令嬢と自身に掛けられた封印に縛られる王太子の遠回りな物語。
※なろう様で投稿済みの作品です。
※画像はジュリアの婚約披露の時のイメージです。
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
とある虐げられた侯爵令嬢の華麗なる後ろ楯~拾い人したら溺愛された件
紅位碧子 kurenaiaoko
恋愛
侯爵令嬢リリアーヌは、10歳で母が他界し、その後義母と義妹に虐げられ、
屋敷ではメイド仕事をして過ごす日々。
そんな中で、このままでは一生虐げられたままだと思い、一念発起。
母の遺言を受け、自分で自分を幸せにするために行動を起こすことに。
そんな中、偶然訳ありの男性を拾ってしまう。
しかし、その男性がリリアーヌの未来を作る救世主でーーーー。
メイド仕事の傍らで隠れて淑女教育を完璧に終了させ、語学、経営、経済を学び、
財産を築くために屋敷のメイド姿で見聞きした貴族社会のことを小説に書いて出版し、それが大ヒット御礼!
学んだことを生かし、商会を設立。
孤児院から人材を引き取り育成もスタート。
出版部門、観劇部門、版権部門、商品部門など次々と商いを展開。
そこに隣国の王子も参戦してきて?!
本作品は虐げられた環境の中でも懸命に前を向いて頑張る
とある侯爵令嬢が幸せを掴むまでの溺愛×サクセスストーリーです♡
*誤字脱字多数あるかと思います。
*初心者につき表現稚拙ですので温かく見守ってくださいませ
*ゆるふわ設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる