お望み通り、悪妻になりましょう

おのまとぺ

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09 副メイド長

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 月曜日がやって来た。

 朝食後すぐにイーサンは父親とともに家を出た。私は義母ペチュニアとともにその様子を玄関で見送り、さっそく弁当作りに取り掛かった。

 はっきり言って、料理は得意ではない。
 だけど、得意にならざるを得なかった。クレモルン男爵家は決して裕福ではなかったから、使用人は清掃と夕食の支度をしてくれるメイドが一人だけ。アマンダは忙しいと台所に立つことを嫌がったし、父だって仕事人間なので余裕がない。

 となれば、アカデミーを卒業後は不定期で家庭教師の仕事をしていた私がするのが当然だろう。本当は学校の先生になりたかったけれど、その頃はすでにイーサンからプロポーズを受けていたので、すぐ辞められるように家庭教師の道を選択した。時間がもっと巻き戻っていたら、迷わず教師になったと思う。


「ジャンヌ様………?」

 不安そうな声に私はハッと我に帰る。
 厨房では周囲のメイドたちがこちらを見ていた。

「あ、ごめんなさい。ええっと、お弁当ですね。卵や魚を多く入れてタンパク質が摂れる内容にしたいの。野菜は何がありますか?」
「にんじんとラディッシュがあります」
「ラペにしたら美味しそう。白身のお魚があれば、マリネにしても良いわね。卵はどうしましょう?」
「オムレツはいかがですか?」
「良いわね、名案!」

 伯爵夫人が曲者なだけであって、メイドたちをはじめとする使用人は決して悪人ではない。ヘルゼン伯爵家での生活はつまり、義母ペチュニアとの関係の構築に左右される。

 幸いペチュニアは今日友人との予定があるらしく、私が厨房でせっせと準備をしている間に家を出て行った。心なしかメイドたちの顔から力が抜けたような気もする。


「あの、実は………」

 目を泳がせた後でメイドの一人が話し始めた。

「ジャンヌ様はイーサン様が迎え入れられたご令嬢なので、もう少し気難しい方かと思っていました。みんな身構えていたから、硬い態度で接してしまってすみません……」
「気難しい……?」
「はい。ジャンヌ様のお父様はヘルゼン伯爵様のお仕事仲間と伺っています。ということはつまりヘルゼン商会で働かれているのですよね?」
「ええ、まぁ……そうですね」

 旦那様もまた実力主義な方なので、と言い添えるとメイドたちが暗い顔で俯いた。

 記憶を辿るとそういえば、ヘルゼン伯爵家ではよく使用人が辞めていた。自分のことで精一杯だったからそれぞれの理由は追求しなかったけれど、何か不満や悩みがあったのかもしれない。

 以前の私は、メイドたちはもちろん、イーサンやペチュニアといったヘルゼンの人間以外との関係をことごとく絶っていた。とにかく自分の時間がなかったし、たまに屋敷を訪れてくれる父やアマンダを除けば、友人らしい存在も居なかった。

 だからだろう。
 義母に強く当たられる最中に私がメイドたちを見ても、彼らは怯えた目で視線を逸らした。無論、お互いペチュニアの恐ろしさは分かっていたので、出来ることなんて無いのだけれど。


「皆さんが警戒される気持ちも分かります。でも私は……助け合っていきたいんです。お屋敷のことは何も分かりません。だけど、お義母様の前で失態を見せることは避けたい。協力していただけませんか……?」
「ジャンヌ様、」
「私はイーサンの、良妻になりたいのです」

 結婚を避けられなかった以上、対策を考えていくしかない。不慣れなことも二度目なら前よりは上手く出来るはず。幸い、怒られるポイントは頭に入っている。

 一人では難しいだろう。
 義母から求められるハードルは高いし、イーサンの浮気関係を調べ上げる必要もあるから、家だけのことに構ってられない。協力者が必要だ。それぞれの分野に精通した、聡い協力者が。


「ジャンヌ様、お忘れでしょうか?」

 飛んで来た鋭い声に私はハッとした。
 この声には聞き覚えがある。

「奥様はジャンヌ様に家事を習っていただきたいとお考えなのです。床の汚れからお皿のひび割れまで、すべて把握していてこそ女主人の器だと」
「………副メイド長」

 忘れていた。
 ヘルゼン伯爵家の副メイド長、イボンヌ。

 イボンヌ・イワノフは屋敷で長く働く女だ。年齢が近いこともあってペチュニアと非常に仲が良く、彼女の腹心同然の存在。通常お屋敷にはメイド長と副メイド長が揃っているが、今日はメイド長が休みを取っている関係で彼女が屋敷を管理する立場にある。

「すみません、ただ私は挨拶をと……」
「使用人は所詮使用人。私とてその線引きを弁えております。イーサン様に昼食を用意されると伺っていますが、私たちは手は出しませんので」
「え?」
「愛妻弁当なのでしょう?愛する妻が自分で作ってこそ、そう呼ばれるのです。ジャンヌ様の面子を守るためにも私どもは見守らせていただきます」

 そう言ってスッと奥へと引っ込んだイボンヌを見て、若いメイドたちは困ったように顔を見合わせる。しかしじきに、一人、また一人と申し訳なさそうな顔で頭を下げて部屋を出て行ってしまった。


「そう簡単にはいかないってことね……」

 私は短く息を吐き、シンクの上に置かれたエプロンを掴んで作業に取り掛かった。


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