お望み通り、悪妻になりましょう

おのまとぺ

文字の大きさ
13 / 31

12 天使みたいな悪魔

しおりを挟む


 それからの団長室は混沌としていた。

 土下座する勢いで謝罪するクリストフの前で、ニコニコと笑顔を続ける騎士団長ユーリの対比は私の心臓にも負担を掛けた。元はと言えば能天気に話を振った私のせいなので、責任は重い。

 一通りの謝罪を聞き終えて「会議がある」と言って立ち上がったユーリは、私の前で立ち止まり、変わらぬ笑顔のままで「結婚おめでとう」と祝辞を述べた。目を見れなかったことは言うまでもない。


「…………ごめんなさい、クリストフさん」

 私は管理人室の前で肩を落とすクリストフに声を掛ける。道案内役を命じられた彼は、団長室からここまで一言も言葉を発しなかった。

 小さな身体がより一層縮んでいるような気がする。まさか、クリストフの鬼上司が男だったなんて。近頃は女の入隊希望者も多いと聞いていたので、てっきり女王様気質の女上司なのかと思っていた。

「ジャンヌさん酷いです……死ぬまで恨みます」
「えぇっ、」
「冗談です。だけどあんまりですよ!ユーリさんの愚痴はまだしも、飲み過ぎたことまで言うなんて!」
「ごめんなさい、配慮が足りず………」
「一週間は外出禁止だそうです……もう酒場には行けません……」

 悲しそうに目をしょぼしょぼさせながらそう言うから、私は申し訳なさで消えてしまいたくなる。しかし、クリストフは勢いよく顔を上げて片手でピースサインを掲げた。

「こんなこともあろうかと、本棚の引き出しに秘蔵のウイスキーを隠してあります!ふぅ、やはり策士たるもの常に備えておかねば……!!」

 備えあれば憂いなしとはこのことですね、と安堵の息を吐きながら言うので、私はしばらく閉口した後に吹き出した。団長室ではずっと緊張しっぱなしだったから、気が緩んだのかもしれない。

「ジャンヌさん?」
「ふふっ、ごめんなさい。問題なさそうで安心しました。団長様は確かに厳しそうな方ですね」

 クリストフは何か言おうとしたが、すぐにキョロキョロと周囲を確認する。人が居ないことを確かめた上で口元を手で覆って話し出した。

「そんな優しいものではありません!僕は同期だからあの人の性格を理解していますが、きっと新入りの団員なんか震え上がっていますよ。四月から随分と宿舎の雰囲気も変わりました」
「あら、団長様は最近交代されたのですか?」
「はい。この春から」

 イーサンからそんな話は聞いていない。
 以前、つまり、私が亡くなる頃に団長を務めていた男はもっと年配だったはずなので、知らないうちに何人か入れ替わっているのかもしれない。

 先ほどのユーリの立ち居振る舞いを思い返す。
 なるほど確かにハッとするほど美しい顔立ちではあるが、ここは騎士団だ。男だらけのこの宿舎で顔が良いことはあまりプラスには働かないだろう。舐められる可能性だってある。だからこその、あの態度なのだろうか。

(まぁ良いわ、私には関係ないし)

 考えなければいけないのは、自分のことだ。
 お弁当を届けるという名目で週に何度か騎士団を訪問するつもりだったのに、さっそく失敗してしまった。イーサンにとっては良い迷惑なのだろう。

 私はどうしても、イーサンの浮気相手を確かめたい。そして願わくば、その証拠を掴んでヘルゼン伯爵家に離縁を叩き付けたい。もちろん現時点で彼に懇ろな関係の女が居るのかは不明だ。

 だから、探る必要がある。


「あの~………」

 様子を伺うような声に顔を上げると、クリストフがチラチラと私の手元を見ていた。性格に言うと、手に持ったバスケットを。

「どうしましたか?」
「いや……中身は何なのかなと」
「え?」
「サーモンですよね?少しレモンの香りもする……あとは玉ねぎに、卵の………」

 ぽかんと呆気に取られた後、私は彼がバスケットの中身を当てようとしているのだと気付いた。匂いが漏れているのだろうか、と慌てて頭を下げる。

「すみません!走ったり担がれたりしたので、汁が溢れてしまったのかもしれません。夫に昼食を作って来たのですが、生憎もう済ませたようで……」
「それは残念ですね………」

 言いながら尚もクリストフの双眼はバスケットに釘付けだ。私は少し迷った挙句、言葉を切り出した。

「よかったら、食べますか?」
「良いんですか!」

 さすがに失礼だったかもしれないと思ったのは一瞬で、食い気味に帰ってきた返事に私は面食らった。目を輝かせるクリストフの前で恐る恐るバスケットを開けてみる。そこまで崩れてはいなさそうだ。

「あの、お口に合わなかったら捨ててください。宿舎の食堂のお料理の方がはるかに美味しいと思いますし……」
「いえいえいえ!喜んでいただきます!」
「なんだか、すみません……」
「何を仰いますか!」

 見たところクリストフは本心からそう言ってくれているようで、今すぐにでも食べ始めそうな勢いだった。

 私はバスケットの中から琺瑯の保存容器とパンを取り出して、クリストフに手渡す。ずしりと重たいそれらを幸せそうに抱えて、男は元気良く見送ってくれた。

 はたしてこれで良かったのだろうか?
 帰りのバスに揺られながら、私はゆっくりと目を閉じる。目的は達成出来なかったけれど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。せっかくの努力が無駄にならなかったことが、嬉しかったのかもしれない。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*) 表紙絵は猫絵師さんより(⁠。⁠・⁠ω⁠・⁠。⁠)⁠ノ⁠♡

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、そして政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に行動する勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、そして試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私が、 魔王討伐の旅路の中で、“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※「小説家になろう」にも掲載。(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

公爵令嬢は逃げ出すことにした【完結済】

佐原香奈
恋愛
公爵家の跡取りとして厳しい教育を受けるエリー。 異母妹のアリーはエリーとは逆に甘やかされて育てられていた。 幼い頃からの婚約者であるヘンリーはアリーに惚れている。 その事実を1番隣でいつも見ていた。 一度目の人生と同じ光景をまた繰り返す。 25歳の冬、たった1人で終わらせた人生の繰り返しに嫌気がさし、エリーは逃げ出すことにした。 これからもずっと続く苦痛を知っているのに、耐えることはできなかった。 何も持たず公爵家の門をくぐるエリーが向かった先にいたのは… 完結済ですが、気が向いた時に話を追加しています。

【完結】婚約者様、嫌気がさしたので逃げさせて頂きます

高瀬船
恋愛
ブリジット・アルテンバークとルーカス・ラスフィールドは幼い頃にお互いの婚約が決まり、まるで兄妹のように過ごして来た。 年頃になるとブリジットは婚約者であるルーカスを意識するようになる。 そしてルーカスに対して淡い恋心を抱いていたが、当の本人・ルーカスはブリジットを諌めるばかりで女性扱いをしてくれない。 顔を合わせれば少しは淑女らしくしたら、とか。この年頃の貴族令嬢とは…、とか小言ばかり。 ちっとも婚約者扱いをしてくれないルーカスに悶々と苛立ちを感じていたブリジットだったが、近衛騎士団に所属して騎士として働く事になったルーカスは王族警護にもあたるようになり、そこで面識を持つようになったこの国の王女殿下の事を頻繁に引き合いに出すようになり… その日もいつものように「王女殿下を少しは見習って」と口にした婚約者・ルーカスの言葉にブリジットも我慢の限界が訪れた──。

遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言

夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので…… 短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。 このお話は小説家になろう様にも掲載しています。

お姉さまが家を出て行き、婚約者を譲られました

さこの
恋愛
姉は優しく美しい。姉の名前はアリシア私の名前はフェリシア 姉の婚約者は第三王子 お茶会をすると一緒に来てと言われる アリシアは何かとフェリシアと第三王子を二人にしたがる ある日姉が父に言った。 アリシアでもフェリシアでも婚約者がクリスタル伯爵家の娘ならどちらでも良いですよね? バカな事を言うなと怒る父、次の日に姉が家を、出た

あなたが残した世界で

天海月
恋愛
「ロザリア様、あなたは俺が生涯をかけてお守りすると誓いましょう」王女であるロザリアに、そう約束した初恋の騎士アーロンは、ある事件の後、彼女との誓いを破り突然その姿を消してしまう。 八年後、生贄に選ばれてしまったロザリアは、最期に彼に一目会いたいとアーロンを探し、彼と再会を果たすが・・・。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...