67 / 83
第三章 公爵家の真実
66 閉幕1
しおりを挟む「団長様………!」
階段を降りて行く背中に、どんな言葉を掛ければ良いのか分からなかった。
すべてのことを理解するには時間はあまりに短く、私の心の余裕もない。取り乱した様子もなく、いつもの顔で前を歩くユーリの頭の中を覗いてみたいと、初めて思った。
夫の上司である鬼の騎士団長ユーリ・バレンタインは、公爵家の跡継ぎ。それだけでも既に十分な驚きに値するのだが、彼が最後に言っていた言葉を私なりに紐解けば新たな事実が見えてくる。
「あの、アマンダは……従姉妹は、何か他の罪も隠しているのですか?」
賑やかな部屋の中に入る寸前、ユーリはくるりと振り向いた。碧眼が私を静かに射抜く。
「調べてみて分かったことだが、彼女の両親が焼死した際、不可解な点があったらしい」
「不可解?」
「出火原因は蝋燭の火の消し忘れとされていたが、燭台の燃えかすは廊下で見つかっている。それに隣の部屋で大火事が起こったにも関わらず、生き残った彼らの娘はほぼ無傷だった」
「………それは、」
私は思わず口元を押さえた。
考えたくない可能性が浮かんで心臓が痛い。
クレモルン男爵家に迎え入れた際、アマンダはまだたったの十歳だった。あどけなさの残る顔立ちで、私たちは姉妹のように同じ時間を過ごした。
十年もの間、一緒に居た。
母も父も、もちろん私だってアマンダを家族だと思って共に生活していた。母が死んだ後、この五年間何も疑わずに。
「理解しなくて良い」
静かな声で、しかしはっきりとユーリは言う。
私は俯いたままで小さく頷いた。
「他人のことを完全に理解することなんて出来ないんだ。自分を貶めようとする奴らに理由を尋ねたところで、納得なんて出来るはずがない」
「………はい」
「だが、知りたいと思う気持ちは分かる」
そう言って黙ったユーリの視線の先には、セドリック・マホーンに腕を握られたメイド長イボンヌの姿があった。その両面は大きく見開かれて、口元はワナワナと震えている。楽しそうな会場の中で、そこだけが異質だった。
セドリックの姉は公爵家に嫁いでいた。
公爵家にはすでに幼い息子が居て、彼女はその子供を命の危険に晒した罪悪感から自死を選んだと聞いている。
今までの話からすると、その子供は……
「私ではありません……!あの女は勝手に屋敷を出て行ったのです。きっと新しい生活に慣れなかったのでしょう!若い女でしたから、子供の世話に疲れて殺そうとしたんだわ!!」
「当時働いていたメイドに聞いたが、姉さんはひどい虐めに遭っていたそうだ。公爵の目を掻い潜って陰湿な虐めを行っていた主犯は誰なんだろうな」
「虐めではなくて教育です!女主人としての在り方を教えて差し上げただけですわ。私にはメイド長としての責任がありました……!」
セドリックと言い合うペチュニアの方へと近付いたユーリは、顔を寄せて口を開いた。
「随分と責任感が強いんだな、感心するよ」
「も、もちろんですとも!私は何年もいろいろなお屋敷で勤めて来ましたから。そうだわ、ヘルゼン伯爵夫人にも聞いてみてくださいませ!私の働きぶりときたら、」
「もうすぐ父がここへ来る。中央裁判所の所長は父の友人なんだ。俺には分からないから、あとは大人たちで話を進めてくれ」
そう言って笑うと、ユーリは姿勢を正してこちらへと戻って来た。
セドリックが頷くのを確認して、ユーリはまた歩き出す。私はその場に留まるべきか、それとも彼の後を追うべきか悩んで、とりあえず足を動かせた。
「団長様!」
黒いスーツを着た背中がスイスイと人並みを縫って進むのを、私は片手を伸ばして追い掛ける。開かれた玄関の向こうに、屋敷を取り囲むように列を組んで並ぶ男たちの姿を見た。
「この方たちは……?」
「同僚や部下をリンクス兄弟によって失った隊員たちだ。兄のアルディンは第三部隊の隊長と負傷した兵士の管理を担当していたから、相当な数の兵士が影響を受けている。俺が赴任する前の騎士団長は黙認していたんだろうな」
金でも握らせていたんだろう、と呟くとユーリは男たちのうちの一人に近付いた。短い会話をしてこちらへと戻って来る。
「騎士団のことは騎士団で処理する。伯爵家のことは証拠を元に裁判所が判断を下すはずだ」
「分かりました……私は家に帰って父と話し合います。私たちは商会を離れる必要がありますから」
「その件だが、」
言葉を切って黙り込むユーリを見上げる。
太陽を背に、碧眼は私を見つめていた。
いったいこれ以上何を言われるのだろう。
ユーリが厳しい意見を言う人間であるということは重々承知しているものの、今の私の心理状態では受け止め切れる自信がない。出来れば日を改めて場を設けていただいた方がありがたい。
「そんな顔をするな。困らせたいわけじゃない」
「え?」
私は慌てて自分の頬を引っ張る。
鬼の騎士団長は少し笑って目を細めた。
「クレモルン男爵と君には、しばらく南部に滞在することを勧めたいんだ」
「南部に……ですか?」
「あぁ。広くはないが空き家があるから、好きに使ってくれ。使用人も一緒に来てくれたら良い」
「王都の家は?」
「必要なものだけ持って出てほしい。ヘルゼンはこれから荒れる。君たちに影響が及ぶ可能性だって考えられる」
分かりました、と私は答えて瞬きをした。
これから家はどうなるのだろう。
アマンダとイーサンの件は、揃っている証拠があれば離縁へと無事に運べるはずだ。父ダフマンにもユーリの提案を伝える必要がある。
「あの………」
不思議そうにこちらを見るユーリの目を見据えて私はおずおずと口を開く。ずっと気になっている質問が胸の内にあった。
「何故こんなに手を貸してくださるのですか?団長様にはお世話になりっぱなしで、後から命でも要求されるのではないかと怖いです……」
ユーリは目を丸くして驚いた顔を見せる。
私は怯えながら彼からの返事を待った。
「君の下手な悪妻の芝居が気に入ったんだ」
「へ……?」
「こんな見掛け倒しの化粧で悪妻を気取るから」
「み、見掛け倒しでは、」
恥ずかしさからカッとなって睨むと、手袋をはめたユーリの手が私の頬に添えられた。突然のことに身体が硬直して動かない。
「何も変わってない。初めて宿舎で見た時から君はずっと、正直で、一人でやたらと何でも抱えたがる大馬鹿だ」
「ば……え?」
どうやら緊張は無駄だったようで、小さく笑うとユーリは私を置いて歩き出す。その先に待機する車を見て、こうなったらせめて家までは送ってもらおうと私は後を追い掛けた。
262
あなたにおすすめの小説
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
【完結】婚約破棄に祝砲を。あら、殿下ったらもうご結婚なさるのね? では、祝辞代わりに花嫁ごと吹き飛ばしに伺いますわ。
猫屋敷むぎ
恋愛
王都最古の大聖堂。
ついに幸せいっぱいの結婚式を迎えた、公女リシェル・クレイモア。
しかし、一年前。同じ場所での結婚式では――
見知らぬ女を連れて現れたセドリック王子が、高らかに宣言した。
「俺は――愛を選ぶ! お前との婚約は……破棄だ!」
確かに愛のない政略結婚だったけれど。
――やがて、仮面の執事クラウスと共に踏み込む、想像もできなかった真実。
「お嬢様、祝砲は芝居の終幕でと、相場は決まっております――」
仮面が落ちるとき、空を裂いて祝砲が鳴り響く。
シリアスもラブも笑いもまとめて撃ち抜く、“婚約破棄から始まる、公女と執事の逆転ロマンス劇場”、ここに開幕!
――ミステリ仕立ての愛と逆転の物語です。スッキリ逆転、ハピエン保証。
※「小説家になろう」にも掲載。
※ アルファポリス完結恋愛13位。応援ありがとうございます。
彼は亡国の令嬢を愛せない
黒猫子猫
恋愛
セシリアの祖国が滅んだ。もはや妻としておく価値もないと、夫から離縁を言い渡されたセシリアは、五年ぶりに祖国の地を踏もうとしている。その先に待つのは、敵国による処刑だ。夫に愛されることも、子を産むことも、祖国で生きることもできなかったセシリアの願いはたった一つ。長年傍に仕えてくれていた人々を守る事だ。その願いは、一人の男の手によって叶えられた。
ただ、男が見返りに求めてきたものは、セシリアの想像をはるかに超えるものだった。
※同一世界観の関連作がありますが、これのみで読めます。本シリーズ初の長編作品です。
※ヒーローはスパダリ時々ポンコツです。口も悪いです。
この婚約は白い結婚に繋がっていたはずですが? 〜深窓の令嬢は赤獅子騎士団長に溺愛される〜
氷雨そら
恋愛
婚約相手のいない婚約式。
通常であれば、この上なく惨めであろうその場所に、辺境伯令嬢ルナシェは、美しいベールをなびかせて、毅然とした姿で立っていた。
ベールから、こぼれ落ちるような髪は白銀にも見える。プラチナブロンドが、日差しに輝いて神々しい。
さすがは、白薔薇姫との呼び名高い辺境伯令嬢だという周囲の感嘆。
けれど、ルナシェの内心は、実はそれどころではなかった。
(まさかのやり直し……?)
先ほど確かに、ルナシェは断頭台に露と消えたのだ。しかし、この場所は確かに、あの日経験した、たった一人の婚約式だった。
ルナシェは、人生を変えるため、婚約式に現れなかった婚約者に、婚約破棄を告げるため、激戦の地へと足を向けるのだった。
小説家になろう様にも投稿しています。
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ
棗
恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。
王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。
長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。
婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。
ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。
濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。
※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています
【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。
しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」
その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。
「了承しました」
ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。
(わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの)
そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。
(それに欲しいものは手に入れたわ)
壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。
(愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?)
エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。
「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」
類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。
だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。
今後は自分の力で頑張ってもらおう。
ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。
ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。
カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*)
表紙絵は猫絵師さんより(。・ω・。)ノ♡
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる